2008/06/28

新・文學入門と…

 木曜日、昼すぎに起きて丸善丸の内店(オアゾ内)に行く。この店、検索の機械がつかいやすく、数も多い。これに慣れると、昔みたいな一列ずつ棚を見るのが面倒くさくなる。いいことなのかどうか。以前、三階にあった漫画コーナーが二階になった。これまで三階には、文庫、新書と漫画、その他、人文書、科学関係などがあって、たまにレジが大行列ができていたのだが、これですこしは解消されるのではないか。
 岡崎武志、山本善行著『新・文學入門』(工作舎)も並んでいた。

 小説と詩、あるいは随筆といったところの垣根をとっぱらって、ほんとうにいい本にとりあげている。
 ずっと探していていまだに入手できていない本が、次々と出てくるから、「うう」と悔しいおもいをしながら読んだ。
 漫画の一人一冊全集みたいなのもあってもおもしろいかなあ。

 大手町のホームで南陀楼綾繁さんとバッタリ。同じ電車(東京メトロ東西線)に乗っていたみたい。ついこのあいだも神保町のすずらん通りの裏の路地で会った。

 あと山田稔さんの『富士さんとわたし 手紙を読む』(編集工房ノア)が出ますね。五百頁以上の大著。三千五百円+税。

 むしょうに読みたい。

 月末から盛岡と仙台に行く。それまでに仕事をすべて片づけたい。とおもっていたのだが、風邪をひいたのが計算外。しかも左目がアレルギー性の結膜炎になる。まいった。

 金曜日、アルバイトの前に病院。待ち時間もほとんどなく、聴診器をちょこちょことあてて、すぐ処方箋を書いてくれる高円寺のM医院に行く。気管支炎といわれる。
「煙草、控えなさいよ」
「はい」

 仕事のあいま、七月五日(土)〜六日(日)の池袋往来座「外市」に出品する本の値付けとパラフィンがけをする。この作業、ほんとうに楽しい。

2008/06/25

現実逃避

 一昨日、高円寺南口の古本屋をのぞきながら、青梅街道沿いの新高円寺まで歩く。文房具屋でテープはがし(ニチバン)を買う。
 そのあと東京メトロの丸ノ内線で新高円寺から荻窪へ。
 ささま書店、ブックオフをまわったところで雨が降ってきたので、家に帰る。卵その他いろいろ食料品を買う。
 高円寺のドラマで清水玲子の『ミルキーウェイ』(白泉社文庫)、『竜の眠る星』(全二巻・白泉社文庫)を購入。
 最初は点描のクオリティに驚嘆しつつも、ロボットがあまりにもロボットっぽくなくて(そういう設定なのだが)、絵柄によっては十四頭身くらいに描かれていたりして、なんだかなあとおもっていたのだが、話の内容にぐいぐい引き込まれてしまう。

 地球とよく似た恐竜のいる星が舞台で、その星では種族同士の争いがずっと続いている。で、この星にとって、人類は必要なのか否かという問いが出てくる。
 なんか、ここのところ、スケールのデカいSF漫画が読みたくてしょうがない。現実逃避したいってことか。
 家に帰ると、咳が止まらない。小青龍湯を飲んで寝る。

 昨日は、中野。ひさしぶりに自転車に乗る。あおい書店、まんだらけ、中野のブックオフ、ぽちたま文庫といういつものコースをまわって奥の扉でコーヒー。
 中野と高円寺のあいだの環七沿いの古本とビデオとゲームの中古屋にも寄る。本の数はすくないけど、たまに均一(五十円)で掘りだしものがある。
 北口のアンデスで豚のもも肉(四百グラム)、ベーコン切りおとし(三百グラム)、鳥のもも肉(二枚)。全部冷凍する。最近、オクラも冷凍するようになった。
 風邪をひいていたということもあるが、一週間酒をぬいてみた。
 一日が長い。仕事もせずに、テレビ見て、漫画読んでいるだけだ。
 飲みすぎは気をつけたいが、飲んで人と喋ったり、あれこれ考えたりするのは大事なことかもしれない。部屋で本ばかり読んでいると、知識が血肉にならない気がする。というのは、飲み屋に行く口実、酒呑みの自己弁護だな。

2008/06/23

告知その他

『舢板(サンパン)』(十四号)が出ています。
 わたしは今回「古山高麗雄 二十八歳の幻のデビュー作を読む」という原稿を書きました。
 古山さんの幻のデビュー作は、一九四九年に古山高麗雄の名前である雑誌に発表した芥川賞受賞作の『プレオー8の夜明け』とよく似た『裸の群』という作品(原稿用紙約六十八枚)です。

 数年前、[書評]のメルマガで「全著快読 古山高麗雄を読む」という連載をしていたのだけど、この小説の存在はまったく知らなかった。完成度も高く、当時、何故、この作品が話題にならなかったのか不思議なくらいだ。
 どこか全文掲載してくれる雑誌ないかなあ。
           *
[書評]のメルマガといえば、北村知之さんの「全著快読 編集工房ノアを読む」の連載がはじまった。そうきたかあ。連載一回目は、天野忠の『木洩れ日拾い』。
 読みごたえのある連載になりそう。
           *
 風邪、ようやく治る。完治に一週間。寝てばかりいた。回復の兆候としては、珈琲が飲みたくなり、ラーメンかカレーが食いたくなる。
 この季節、風邪かなとおもっていると、どうも光化学スモッグの影響だったということがある。喉が痛くなり、熱も出る。
           *
 仙台、火星の庭の前野さんから「荻原魚雷、古本の森文学採集」のハガキを送ってもらった。

 文壇高円寺古書部の出張販売もあります。
(絶版文庫の精鋭を送るつもり。色川武大『花のさかりは地下道で』文春文庫、藤子不二雄『二人で少年漫画ばかり描いていた』文春文庫など。もちろん単行本も用意しています)

 期間は、七月十七日(木)〜八月十八日(月)。
 七月二十七日(日)には手まわしオルガンミュージシャンのオグラさんとのトーク&ライブもあります。
 定員35名。2500円。1ドリンク付。
 あと「古本の森文学採集ノート」というパンフレットを前野さんに作ってもらう予定です。
 限定300部。ご来場の方に進呈。

〈問い合わせ〉
book cafe 火星の庭
ホームページ http://www.kaseinoniwa.com/
仙台市青葉区本町1−14−30
11:00〜20:00(火・水定休)

2008/06/19

ならし運転

 寝汗をかいたらすぐ治ったと書いたが、ずっと三十七度前半から後半を行ったり来たり。昨晩作った豚肉とオクラともやしの雑炊を食い続ける。
 昼間ずっと寝ていた。月曜日はだいたい古本屋と新刊書店をまわったり喫茶店に行ったり酒を飲んだりしているのだが、それをしないと一日が長い。

 一日十六時間くらい布団の中ですごす。いろいろなことを考えたが、ひとつとしてまとまらない。
 仕事や人とのかかわり方について、これでいいのかなあというようなことを考えていた。考えすぎるのはよくないなあとも考えた。こういうことを考える時間がほしかったのかもしれない。

 正午から午後二時くらいのあいだ、また寝る。シャツを六回着替える。ビックリするくらいの寝汗。おかげでずいぶんすっきりした。洗濯する。ドライなんたらかんたらのすぐ乾くシャツ。一時間で乾く。ならし運転をかねて散歩する。

 火曜日もほとんど寝ていた。この日はしょうがいりのみそ煮込みうどん。ダバダバ汗をかく。
 熱があっても腹が減るのはありがたいことだとおもう。
 体力は回復してきたが、頭の働きはいまいちだ(当社比)。

 部屋で寝っころがってニュースを見ていたら、地球温暖化とかの関係でコンビニエンスストアの深夜営業自粛を要請したとかしないとかという話があるらしい(うろおぼえ)。
 それより自動販売機を減らせばいいのにとおもう。とりあえず今の半分になっても困らないだろう。

「ネットカフェ難民」といわれる人に無利子でお金を貸して、都心の風呂付きの部屋(家賃月六万円以上だった。敷金礼金二ヶ月)を借りて、そこに引っ越しさせるまでの経緯を伝えるニュースも見た。いきなり六万円以上の部屋を借りて大丈夫なのか。それより敷金礼金保証人という制度をなくしたらいいのにとおもう。もしくは国(あるいは都道府県)が保証人になるとか。いろいろ審査して数十人ほど支援する手間と金を考えたら、そのほうが安上がりだろう。

 話はかわるけど、講談社の『KING』休刊のニュース。ここのところ、ずっと「愚直な男」を特集していたが、売れなくても刊行を続けたり、会社をやめて雑誌を出し続けたりする愚直さはないのか。安直としかおもえない。

 ひさしぶりにぼやいてみた。

2008/06/16

鬼子母神

 午前中、西部古書会館の百円均一セールに顔を出してから、鬼子母神古本まつりに。
 行きはJR新宿駅から新宿三丁目まで歩いて東京メトロ副都心線に乗ってみた。

 鬼子母神古本まつりはすごい人だった。

 山ちゃんで打ち上げ。仕事があったので、午後九時すぎに帰る……はずが家に着いたのは午後十一時すぎ。池袋から新宿方面の山手線に乗ったつもりが、座席に座ったとたん熟睡してしまい、気がついたら田端駅だった。ひさしぶりに山手線を一周してしまった。
 たぶんそのせいで風邪をひいた。
 風邪薬を飲んで頭に冷えピタを貼って原稿を書いていたのだが、どんどん熱が出てくる。これはいかんとおもって、いったん寝る。寝汗をかいたらすぐ治った。

2008/06/11

関西紀行

 八日(日)
 午前中、原稿を一本書いて大阪へ。電車の中ではひたすら宇佐美承の『池袋モンパルナス』(集英社文庫)を読んだ。不覚、こんなにおもしろい本だったとは。

 梅田・阪急古書のまち、それから天神橋筋書店街の古本屋をまわる。矢野書店と天牛書店の二軒だけで今回の関西滞在中の書籍購入費(予定)をオーバー。
 BOOKONNの中嶋さんに電話し、貸本喫茶ちょうちょぼっこで待ち合わせ。荷物をしばらくあずかってもらい、心斎橋のブックオフ、ベルリンブックスを案内してしもらう。
 ベルリンブックスは古いビルの中にあって、なんとなくヨーロッパっぽい(行ったことないけど)雰囲気の店だった。
 大量の本がつまったブックオフの袋をさげて、おしゃれな古本屋に入るのは、ちょっと恥ずかしかったよ。行く順番を逆にしてほしかった。
 それでまたちょうちょぼっこ。ずっとビールを飲んでいた(※1)。冷えたのはもうないといわれたのだが、気にしないと答える。迷惑な客だったかもしれない。

 一日目からダンボールで東京に本を送ることになった。
 つるまるうどんというチェーン店でメシを食ったあと、午後十時前に、阪急電車で京都へ。サウナオーロラ、六曜社、まほろばといういつものコース。

 九日(月)
 朝(というか昼)、バールでメシ。恵文社に行くと、急にどしゃぶりになる。
 秋くらいBOOKONNの中嶋さんのイベントをやるらしい。
 京都の出町柳周辺の古本屋めぐり。ガケ書房に寄って、扉野家に。
 いつものことながら、扉野良人さんに貴重な資料をいろいろ見せてもらう。説明もわかりやすくておもしろい。感嘆しっぱなし。
 ちょうどいま調べはじめていたことがあって、「どうしても見つからない本があるんだよなあ」というと、「これでしょ?」と今日その著者(※2)のことが話題になることを予想していたかのように、すぐ本棚から出てきてビックリした。

 夜はまほろばで岡大介さんと薄花葉っぱののライブ。ものすごく盛り上がった。
 後半の岡さんと薄花葉っぱのセッションがすごかった。すごかった、としか説明できないのがもどかしい。音と店の雰囲気が絶妙で、いい気分で酔っぱらえるようなライブだった。
 午前〇時くらいにカウンターで寝てしまう。
 そのあと扉野さん宅で飲み会。わたしは先に寝ていたのだが、午前三時ごろ目をさまし、朝まで飲むことに。

 十日(火)
 朝六時、雑魚寝状態の扉野家を出て、ひとりで川沿いを散歩。高野川を一時間くらいさかのぼって歩いて叡山電車で帰ってくる。
 京阪三条のコインロッカーに荷物をあずけ、ジュンク堂書店BAL店の岡崎武志さん、山本善行さんの「〈架空の〉きまぐれ日本文學全集フェア」を見てくる。
 デジタルの万歩計(小型)を買う。懐中時計をなくして以来、腕時計(高校の入学祝い)をポケットにいれていたのだけど、電池切れでもないのに、たまに針が止まってしまうのだ。それで時計機能付の万歩計を買った。簡単にいうと、衝動買いだ。

 河原町の古本屋をまわったあと、水明洞、山崎書店にも行く。それでもまだ時間があったので、京都府の動物園に行く。
 バスの運転手風のおじさんふたり組(推定五十代)が、「きりんはかわいいなあ」「呼べがくるかなあ」と話しているのが、妙におかしかった。

 帰りにまた六曜社。オクノ修さんはいるかなあとおもいながら入ったらいた。「よく来るねえ」と笑われる。
 夜七時、ぷらっとこだまで東京に帰る。白角の水割を飲みながら、『池袋モンパルナス』を読み続ける。
 考えさせられる本だ。
 そのことについてはまたいずれ書いてみたい。

(※1)以前、このブログで「ビールは飲まない」と書いたが、ほかのアルコール類がなければ飲みます。訂正。

(※2)新居格のこと

2008/06/08

NEGI御殿

 昨日は仕事のあと、ふぉっくす舎のNEGIさん宅のパーティー。
 もより駅に行くと、退屈君が待っていた。そのあと木村衣有子さん、晩鮭亭さん、南陀楼綾繁さん、わめぞ民も合流。往来座の瀬戸さん、いきなり駅近くのスーパーで缶チューハイ飲みだす。

 それにしても、NEGIさんの家はすごかった。本屋みたい。壁一面、ロフト部分まで本棚。広い。家はともかく、ブックタワーはほしいなあとおもった。
 本日のメニューもあって、次々と料理が出てくる。お店みたい。
 豆乳のそうめん、うまかった。ウニパスタも、うまかった。

 やりのこしてきた仕事が残っていたので、午後十時前に帰る。
 おもったより家が近いことが判明(タクシーで帰った。割増料金でも千円代)。電車で行くより自転車のほうが早いかも。

 六月十五日(日)、鬼子母神古本まつりもよろしく。

 今回の文壇高円寺古書部は、内田百閒、旺文社文庫特集です(もちろんほかにもいろいろ出品します)。

 場所:雑司が谷鬼子母神境内にて。
 時間:9:00〜16:00 雨天中止。

※詳細は古書往来座ホームページ(http://ouraiza.exblog.jp/)を参照。

2008/06/01

まあよしとする

 飲みすぎた。反省。たぶん反省してもきっとまた飲みすぎる。まあいいでしょう。
 世の中には反省しない、反省は無意味だといいきる人がいる。そういいきれたら楽になれるのかなあとおもうが、まあいいでしょう。
 自分(の性格や生活)を変えたいとおもうことに意味はあるのかと考えることがある。
 結局、ちっとも変わってないじゃないか。つくづくおもうわけである。変わったか変わっていないか、そういうことはすぐにわからない。やっぱりすこしずつよくなったり、わるくなったりするような気がする。

 二十代の十年、東京の、中央線の、高円寺のような、物書きや漫画家やバンドマンや演劇人がゴロゴロいる町に住んで、毎日のように古本屋に通い、漫画喫茶にも何千時間と通い、部屋で友人と酒を飲みあかした。
 いいたいこといいあう。それでケンカになる。またいいたいことをいう。そのくりかえしだった。
 わたしはそのかんじが心地よかった。

 仕事の打ち合わせなどで、遠慮がちにしゃべったつもりのことが、かなり図々しい発言として受け取られてしまう。うーん、なんでだ。わからん。
 率直とか素直ということをいいことだと信じていた。自分が田舎にいたときは、そういうふうにふるまうことができなかったからだ。
 だから上京して、ひとり暮らしをしたとき、これからはもう周囲の目を気にしなくていいんだとおもった。好きなときに寝て、読みたい本を読んで、好きなだけ酒が飲める。
 お金はなかったから、それなりに制約はあったけど。
 そんな生活のおかげで、何に感動したり感激したりする気持を失わなくてすんだとおもっている。
 ほおっておくとそういう気持は弱ってくる。損得とか効率とかばかり考えていると、弱ってくる。もともとちまちました人間だからつい考えてしまう。ちまちました人間にありがちなことだが、けっこう計算は得意なのである。
 自分の得意なことは、正しいとおもってしまいがちだ。だからそのおもいこみを打ち砕いてくれるような人や作品に出合うと、うれしくなる。「ああ、つまらんなあ、オレは」と。

 無駄だなとおもうことはたくさんある。それをなくせば、もっとよりよく生きていけるのかもしれないが、無駄のない生活はおもしろいのかという疑問もある。

 文学や詩、音楽の効用。
 酒やタバコもそうかもしれない。

 飲みすぎた日、読まない本をたくさん買ってしまった日にいつもそうおもう。
 まあよしとしよう。