2009/01/30

苦いお茶

 飲みすぎた。
 次の日、BOOKONNの中嶋大介さんが、大阪に帰るというので、コクテイルで神田伯剌西爾の竹内さんと三人で飲む。そのあと部屋飲み。いっしょに「あらびき団」を見る。竹内さんはガリガリガリクソンが好きらしい。わたしは東野幸治のファン。
 飲んでいるうちに寝てしまった。二日酔いにはならなかった。楽しい酒だったからだろう。

 夕方、新宿の紀伊国屋書店、ジュンク堂に寄ってから、仕事に行く。
 必要な資料があったので大手町の丸善に行く。むしょうに博多うどんが食いたくなり、東京駅の地下街へ。八重洲地下街、うどん屋がけっこう多いのだ。
 その帰り、R.S.Booksに寄ると、見たい棚の前でなかなか動かない若者がいて、「うーん、邪魔だなあ」とおもっていたら中嶋さんだった。
 新幹線の時間までちょっと時間があったからのぞいていたらしい。
 木山捷平の『苦いお茶』(新潮社、一九六三年刊)があって、函の畦地梅太郎の装丁の絵(丸いテーブルにコーヒーカップとカバンが置いてある)がよくて「二千円くらいならほしいなあ」とおもいながら表紙裏を見たらピタリ賞だった。

 ぱっとひらいた頁には「難航苦行みたいな二十時間がすぎて、東京駅に到着すると、私は気違いみたいに便所にとびこみ、それから中央線にのりかえて、高円寺に向かった」という文章が書いてあった。

 「竹の花筒」という短篇小説の一節。戦後しばらくして、帰省先の岡山から、東京に向かう。すでに高円寺の下宿は焼けていたが、それでも東京に行きたくてしかたがない。まだ切符をとるのが、難しい時代だった。

《そうして二年三カ月ぶり、高円寺駅の改札口をぬけ、駅から二分のもとの住居の、いまは芽が二三寸のびた麦畑の霜柱を感慨こめて眺めた。その足で同じ町内ながら戦災をまぬがれた菅井家をたずね、一週間ばかりお世話になったのである》

 それから西荻窪の古道具屋をまわったり、井の頭公園を散歩したりする場面も出てくる。

 また『苦いお茶』には「市外」という小説もある。
 神楽坂に原稿用紙を買いに行き、池袋まで歩く。
 その途中、木山捷平がはじめて上京したころ住んだ町があるという。

《私が間借りしていたところは雑司ケ谷という地名で、葉書や手紙に、芥川龍之介が「東京市外田端」と書くのと同じように「東京市外雑司ケ谷」と書いて出すと、何となくそれがハイカラに感じられた》

 しかし木山捷平の父親はかならず「東京府北豊島郡高田町雑司ケ谷」と書いて手紙をよこしたそうだ。
 池袋往来座の瀬戸さん、知ってましたか? 「市外」(今、気づいたけど、「外市」みたいだ)は講談社文芸文庫の『白兎 苦いお茶 無門庵』にも収録されていますよ。

 大手町から三鷹直通の東西線に乗る。音羽館に行きたくなり、高円寺で降りず、西荻窪へ。音羽館にむかう途中、晶文社のMさん(まもなく刊行予定の浅生ハルミンさんの本の担当者)に道でばったり会う。
 駅をおりたときから、今日あたりMさんに連絡しないとなあと考えながら歩いていたのだ。
 最近よく道で知りあいに会う。たいていぼーっとしているので、挙動不審になる。

 話はかわるけど、先日、東京堂書店三階の畠中さんが、扉野良人さんと郡淳一郎さんが編集している『Donogo-o-Tonka(ドノゴトンカ)』の創刊準備号を入荷するといっていた。

《Donogo-o-Tonkaとは「未だ曾て世界の何処にも存在した事がない理想郷」を示している》

 一九二八年から一九三〇年に、城左門(昌幸)、岩佐東一郎、木本秀生、堀河融、西山文雄の五人がそういう名前の同人誌を作っていたそうだ。

(目次)
・Donogo-o-Tonkaへ
・稲垣足穂拾遺 「竹林談」
      解題=高橋信行
・花遊小路多留保逍遥
      扉野良人
・煌めく、モダニスト・亀山巌さんとの縁で
      古多仁昂志
・菅の中へ
      細馬宏通
・書容設計一千一冊物語 第一冊 北園克衛「白のアルバム」
      羽良多平吉
・戦前の神戸の詩の同人誌のこと“牙 KIVA”について
      季村敏夫

……東京堂書店に並んだら、ぜひ手にとって見てください。素晴らしい小冊子ですよ。
 ちなみに「菅の中へ」の細馬宏通さんは「おっさんの肉体にユーミンが宿る」のかえるさんです。

2009/01/28

潔癖な好悪

 今月のしめきり山をなんとかこえた。来月の『小説すばる』の連載は、吉行淳之介の本について書いた。

 月曜日、仕事が終わっていなかったが、ずっと家にこもっているのは精神衛生上よくないとおもい、ささま書店に行く。荻窪駅で降りると、ちょうどBOOKONNの中嶋クンが電車に乗ったところだった。

 帰り際、Nさんに入荷したばかりの山田稔さんの署名本をすすめられる。持っていない本だったので買う。

 コープのインスタントラーメン(夜食用)を大量に購入。
 晩飯は、冷蔵庫の在庫一掃雑炊。めかぶ入りのとろろ昆布もいれる。

 火曜日、昼、原稿と校正の直しを送って、そのまま都丸書店とアニマル洋子、さらに中野へ。一仕事終えると、中野ブロードウェイセンターに行きたくなる。
 重力サーベルはもう売れてしまったようだ。残念。やっぱり千五百円は安かったんだ。
 二Fの古書うつつは、ほんとうに詩の棚が充実している。
 中村光夫の『小説とはなにか』(福武書店、一九八二年刊)を買う。
 この本におさめられている「烏有先生再問」は、晩年の中村光夫の最高傑作ではないか。

《戦争がすんでから、二三年しか経たぬころのことです。創刊されて間もなかった「群像」が月例の合評会に、正宗白鳥氏、上林暁氏と僕を招んだことがあります。
 会場は熱海の何とかいふ旅館で、一晩泊りといふことでした》

 合評会での正宗白鳥は、細かいノートを書いてきていて、話ぶりも見事だった。
 中村光夫は「やはり仕事はまともにやる人なのだ」と感心する。
 わたしは正宗白鳥のことが気になりだして、かれこれ七、八年になるのだが、いまだにどんな人物なのかちゃんとつかめていない。気難しいイメージと文章のとぼけた味わいが結びつかないのだ。

 でも「烏有先生再問」を読んで、腑に落ちるところがあった。

 むかし中央公論が正宗白鳥賞を作りたいと申し出たとき、白鳥は「自分の名を嫌ひな作家の顕彰に使はれるのはかなはない」といって断わった。

《文学者に好き嫌いを云ひだせば切りのない話ですが、一般にあたへる印象では、公平といふ点で第一級の批評家として振る舞つてゐる正宗氏が、内心ではかういふ潔癖な好悪の持ち主であることは、氏の意外な、しかし本質的な一面を示してゐるやうに思はれました》

 潔癖な好悪の持ち主。
 これだ、とおもった。白鳥に魅かれるのは、それが自分に欠けているからだ。もちろん、そういうものがまったくないとはいわないが、年々なしくずしになっている気がする。
 内田百閒や山田風太郎の根強い人気も、ある種の潔癖さ、悪くいえば融通のきかなさゆえだろう。山本周五郎もそうかな。
 そんなこともおもった。
               *
 ブロードウェイ四Fの記憶の前に行くと、股旅堂さんと古楽房(こらぼう)のうすだ王子がいた。偶然。「ちいさな古本博覧会」ブログの「アルバイト店番日記」(http://d.hatena.ne.jp/collabonet_project/)も好調。初々しい文章で古本の市場の話とか、マニアックなことが書いてあっておもしろい。ちょっと偏った食生活も気になる。

 そのあとうすだ王子いっしょに奥の扉に行って、中央市の話などをいろいろ教えてもらう。

 家に帰って、漢字ナンクロをやっているうちに、まだすこし仕事が残っていたことをおもいだした。
「やはり仕事はまともにやる人なのだ」といわれたい。

2009/01/25

アホエク

 金曜日、仕事で神保町。信号のところでディスクユニオンの人とばったり会う。この日、ちょうど前野健太のセカンドアルバム『さみしいだけ』が届いたばかりだった。
 見本版(チラシにコメントを書くためにもらった)のときから聞き込んでいるけど、まったく飽きない。一生ものです。年末、前野さんに「鴨川」という曲がよかったといったつもりが、わたしはずっと「下鴨」「下鴨」といっていたらしい。

 夕方、お台場で開催された中嶋大介さんのアホアホ本のイベントに行く。
 途中、東京駅の八重洲古書館に寄る。菅原克己の『一つの机』、『遠い城』(いずれも西田書店)を買う。『遠い城』は創樹社版は持っているのだが、西田書店版には、単行本未収録のエッセイが収録されていることを池袋往来座の瀬戸さんに教えてもらったばかりだった。

 アホアホ本イベントの会場は、ゼップ東京の二階。ゆりかもめに乗る。未来に来たかんじがする。
 ふだんの古本イベントとはまったくちがう客層で、若いカップルが多くて驚いた。コンビニ本、セーターの本、エロアホ本など、出演者三人それぞれ独自の視点で選んだ本を紹介してゆく。テンポよく、一分、数十秒おきに笑いが起っていた。vol.2、vol.3とシリーズ化していきたいという話も出た。

 なんかしらんけど、クジに当たって、飲食代が無料になった。
 会場内に古本販売スペースで『みうらじゅんのみうジャン』(PARCO出版、一九八五年刊)を買う。おまけしてもらった。
東京テレポート駅からりんかい線で帰る。はじめて乗った。

2009/01/22

お台場で

 大阪からアホアホ本の中嶋君が来て、ZQ、古楽房をまわる。京都から薄花葉っぱの下村よう子さん(二日前から)、ウエッコさん(ザッハトルテ、ブリキサーカス)がレコーディングのため、上京。コクテイル、部屋飲みと今、合宿状態になっております。急だけど、中嶋君が、こんなイベント(ディナーショー?)をするそうです。

「アホアホ本エクスポ〜大古本祭!!」
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_081224201391_1.htm

アホ本、バカ本、マヌケ本が大集合!
アホ本コレクター達が自慢の逸品をスライドで紹介します。
自慢のアホ本古本も一部販売します!!
古本好きの方には爆笑スライドショーと古本オークションも楽しめる
お得なイベントです!!

【出演】
中嶋大介(アホアホ本エクスポ著者)、
林 雄司(デイリーポータルZ)、
シンスケ横山(東京カルチャーカルチャー店長)、他

1/23(金)
18時半開場・19時半開演・21時半終了(予定)
【場所】お台場・東京カルチャーカルチャー(観覧車右横、ゼップ東京2階)
前売券はローソンチケットにて1人6枚購入可能で発売中!!
ローソンチケット:http://l-tike.com/d1/AA02G01F1.do? DBNID=1&ALCD=1&LCD=32993

※東京カルチャーカルチャーはニフティ株式会社運営の飲んだり食べたりしながら気楽にイベントを楽しめる飲食スタイルのイベントハウスで全席自由席で入場は前売券の整理番号順となります。
東京カルチャーカルチャー PC:http://tcc.nifty.com/
             携帯:http://tcc.nifty.com/m/
         問い合わせ先:tcc@list.nifty.co.jp

(付記)
 それから京都で、こんなイベントも。

 2月1日(日) 浮田要三選 展覧会openningパーティー @cafeZANPANO(京都元田中)
 “人間の基本を訴える作品群”
 浮田要三選  青谷学園「ふゆてん」
 2009.2.1(日)-15(日)
                                
■出演:Jaaja(from名古屋) 【http://www.jaaja.jp/】      
    かりきりん(下村よう子+宮田あずみ)
                                             
 時間:19時より         .
 料金:1,200円(要1オーダー)
 会場:cafe ZANPANO(京都市左京区田中里ノ内町81宮川ビル2階)
 お問合せ:075-721-2891

●浮田要三氏・・・1947年、竹中郁・井上靖主宰による童話雑誌
       「きりん」の発行に参加 
        1955年具体美術協会に参加、64年退会以降、
        現代美術家として活躍、現在に至る      
       【http://cafedream.info/art/ukita_hp/index.html】

●かりきりん・・・お友達のお坊さんであり文筆家の扉野良人氏
        による企画もの二人組
        戦後に発行されていた児童詩集「きりん」
        の詩に音を付けて演奏しています

2009/01/20

まとまらない話

 日曜日、夕方まで寝る。起きて中野に行く。あおい書店で新刊本と雑誌のチェックし、そのあと中野のブロードウェイセンター。二階の古書うつつ、四階のまんだらけ「記憶」をまわる。古書うつつでは、ずっと探していたある詩人のエッセイ集を見つける。この本のことは『本の雑誌』のコラムに書く予定(……変更。次の次くらいに書きます)。
 二階の中古おもちゃ店で松本零士の漫画に出てくる重力サーベルが売っていた。千五百円だった。ちょっとほしいとおもった。

 帰り道、中野駅前の総菜屋でイカめしを買う。イカめしは、大好物でありながら、自分で作る気になれないもののひとつだ(作り方は知っている)。

 今月はたるんでいる。そろそろネジを巻いていこうとおもっている。数年前から年にひと月かふた月、わざと調子を崩すようにしている。そこから徐々に上げてゆく。一年通して、調子を維持しようとすると、崩れたときに長引く(……というのは怠ける口実である)。

 わたしはもともと低迷しているときに読めるような文章が好きなのだとおもう。弱っているときに読んで、ちょっとだけ元気になるようなもの、そういうものを読んだときがいちばんうれしくなる。

《今週は自分を改善しようと思う。
 もっと本を読むべきだ。たぶん明日は重要な本を買い、読破し、なにか知らなかったことを学ぶだろう。実際、なぜ毎週そう決意しないのだろう。一週間に一冊、いい本を読もう。そうすればわたしは改善されるだろう》

 これはアンディ・ルーニーの〔男の枕草子〕『自己改善週間』(北澤和彦訳、晶文社)の一節。

 これといって斬新なことが書かれているわけではない。でもその語り口が好きなのだ。最初に「べきだ」と強くいったあと、「だろう」「だろう」と続けることで、すっとぼけたかんじになって、意味を押しつけない。

 アンディ・ルーニーは知性には二種類あるという。
 ひとつは試験の点数で測れる知性、もうひとつは数字では測れない「人生の理解力」ともいうべき知性だ。
 平野謙がいう「人間智」(浅見淵を評した言葉)も同じような意味だとおもう。

 「人生の理解力」「人間智」というのは、なんてことのないところにあるのではないか。

 最近おもったのは、それは「楽」ということと関係あるかもしれないということだ。

 自分が「楽」になること、他人を「楽」にさせること。自然にそうふるまえること。自分が「楽」だとおもう状態が、他人にとってはそうでもないこともあるし、その逆もある。

 ほどよく「楽」になるにはどうすればいいのか。「楽」にはわからない。

2009/01/15

割に合わぬ賭

 夕方から仕事。神保町の三省堂書店に行き、その向いの三崎市場でかすうどんを食う。最初はあまり期待していなかったのだが、好みの味だった。
 そのあとダイバーの古本市に行くと、NEGIさんがいた。
 すこし前に、NEGIさんが、職場で歩きながら本を読んでいたら、同僚に笑われたというような話を聞いた。こんどフルマラソンに挑戦するそうだが、たぶん本を読みながら走るのではないかとおもう。
 それはさておき、わたしもよく歩きながら読む。エスカレーターやエレベータに乗った瞬間、ほとんど無意識のうちに本を開く癖がついている。
 
 ここ数日、文庫化された『手塚治虫大全』(全三巻、光文社知恵の森文庫)を読み続けている。おもしろい。
 一巻の「若さの証明」というエッセイには、昔は「仕事即道楽」だったが、上京してからは執筆から趣味の部分が消えたと述懐している。漫画家のような人気稼業は、すこしの油断も妥協も許されない。

《きびしい競争に負けて、ぼくの同世代の描き手がどんどん脱落して行き、ぼくのまわりは一世代も二世代も若い後輩ばかりになっていった》

 手塚治虫は「若さ」とは「自信」だという。作品が失敗しても、連載が打ち切られても、「おれの作品は正しい」とおもい、「次の作品を見ていろよ」と新しい仕事にとりくんだ。

(……以下、『活字と自活』本の雑誌社所収)

2009/01/14

明哲保身

 寒さに弱く、寝起がわるい。そのかわり睡眠時間はやたら長くなる。酒量も増える。外出するときは、ユニクロのヒートテックの長そでのシャツ(中に半そでのも着る)を着て、防寒仕様の靴をはき、耳まですっぽりはいる帽子をかぶり、さらに腰に温楽を貼って、葛根湯も飲む。文明の力を借りて、どうにかなっているかんじだが、こんな生活をしていたら、ますます脆弱になってしまうのではないかと心配だ。

 池袋往来座の「外市」の翌日も、ほぼ一日寝ていた。充電期間というより、ほとんど冬眠状態である。
 年末に買ったPSPの「ボナンザ」という将棋ゲームばかりやっている。
 春になったらもうすこし元気になるとおもう。

 ある古典を読んでいたら、「知恵ある者たちは知性のいとも心穏やかな僕たる意志の力」をもっているという文章があった。ヴィーコという十七世紀生まれの哲学者の書いた『学問の力』(上村忠男、佐々木力訳、岩波文庫)にあった一節だ。
 古本屋通いをしていると、おそらく膨大な本を読んできて、いろいろなことを知っているとおもわれる年輩の人々が、人を突き飛ばしたり、いきなりレジで怒鳴りつけたりするような光景をよく見る。
 知性によって自分を律する「意志の力」が足りない。

 かつては自分を律したいとおもう気持があった。でもだんだん、無理をしないということに意志の力をつかうようになった。多少の不義理はいたしかたなしと諦めている。

2009/01/05

帰省

 三十日、ぷらっとこだまで帰省。すこし時間に余裕があったので、東京駅で降り、R.S.Booksをのぞくと、『深沢七郎ライブ』(話の特集)があった。ちょっと高い本は、何かきっかけがないと買えない。それが今だ。これから田舎に帰るというのに、重い本を買ってしまった。八重洲古書館のすこし先にあるアロマでコーヒーを飲む。
 電車の中では、山田風太郎エッセイ集成『風山房風呂焚き唄』(筑摩書房)を読む。旅先に単行本を持っていくことはめずらしいのだが、山田風太郎のこのシリーズはゆっくり読みたい。
 電車が小田原駅の手前で止まる。一時間四十分。風太郎、読み終わる。結局、名古屋まで六時間くらいかかってしまった。『深沢七郎ライブ』を買っておいてよかった。

《仕事をすることは食べること以外に意味を求めてはいけないのです》

 という深沢七郎の一行にうなる。
 
 前に帰省したとき、沼津で電車が止まったことがあった。そのとき電車の中で読んでいたのも山田風太郎だった。たしか『戦中派不戦日記』だった気がする。
 そんなこんなで鈴鹿へ。
 父も自動車関係の工場で五十年ちかく働いているのだが、鈴鹿ではフィットなどの小型車が中心のため、今のところ自動車不況の影響はそれほど受けていないらしい。でも今年、小型車の生産を関東の工場にも分割するという話もあり、そうなると、かなり深刻な事態になるかもしれない。
 大晦日、町に出る。ブックセンター白揚の場所が田舎の家の近くに移転していた。それから鈴鹿ハンター。ゑびすやでかやくうどん。そのあとボンボンという喫茶店でコーヒーを飲む。
 母、テレビを見ながらずっとナンクロをやっている。自作の回答用紙も作っていた。

 元旦は静岡に移動。妻の親族が大勢集まる。十四、五人。にぎやか。食いものがあっという間になくなる。
 次の日、自転車を借りて浅間神社へ。
 近くには正月からやっている古本屋がいくつかある。
 三日、各駅列車で東京に帰る。

 今日から仕事はじめ……といっても、昨年渡した原稿の校正をちょこっとやっただけ。
 そのあと高円寺の古本屋をまわる。
 まだちょっと正月ボケ。