2012/08/30

キッチンが走る!

……たまにNHKの「キッチンが走る!」という番組を見る(たいてい火曜日の午後三時すぎからの再放送だが)。
 地元の食材を調達し、毎回ゲストの料理人が創作料理を作って、その町や村の人にふるまう。

 今回の放送は、群馬県のある村が舞台だった。
 かつてはこんにゃく農家や林業で盛んで、村の人口も四千人くらいいた。しかし一九七〇年代以降、人口は減り続け、子どもたちは町に働きに出ていってしまった。

 過疎化で学校や病院や商店がなくなる。子どもや若い世代は外に出ていく。
 村の人たちは、昔のような活気を取り戻したいと願っている。
 でも新しくその村に移り住んだ人が、家族で暮らしていくことはむずかしい。年金があれば、どうにか食っていけるというのが現実だろう。

 とはいえ、番組の雰囲気は明るい。これは出演者の杉浦太陽の存在も大きいかもしれない。この仕事に賭けているかんじが画面からも伝わってくる。

 わたしの父と母が生まれ育ったところも、いわゆる過疎地である。食い物もうまいし、物価も安いし、そこに暮らす人たちは驚くほど善良で親切だし、旅で訪れる分にはいいところだとおもう。でも住んだら、ちがう。まず、よそ者扱いされる。豊かな自然だけでなく、面倒くさい因習や男尊女卑も残っている。

 だから若い人は出て行く。よそから移り住む人もほとんどいない。
 
 次回の放送予告(九月七日、午後八時〜)は、三重県の伊勢志摩。母方の郷里のちかくも出てきそうなので、録画しようとおもっている。

2012/08/24

昼コクテイル

……毎週日曜日に高円寺の古本酒場コクテイルでF氏が「昼コクテイル」の店番をしています。いちおう喫茶店なのですが、お酒も飲めます。

営業時間 毎週日曜日 11:30-17:00

<昼コクテイルメニュー>

コーヒー(ホット・アイス) 400円
紅茶(ホット・アイス) 400円
カフェ・ラテ(ホット・アイス) 450円

ビール 550円
ワイン(赤・白) 500円
角ハイボール 400円
各サワー 400円
コーラ 400円

<軽食>
その都度

 来月「昼コクテイル」でイベントをすることになったので告知します。
 
 九月十六日(日) 16:00〜
 シリーズ『高円寺から考える』というトークライブの第一回目のゲストに出ることになりました。この日のカウンターには浅生ハルミンさんが入るそうですよ。
 参加費:500円(ドリンク別)
 定員:20名
http://af-cocktail.jpn.org/

京都・三重・岐阜

……京都、三重、岐阜と四泊五日の旅。

 十五日、メリーゴーランド京都で岡山在住の写真家の藤井豊さんと待ち合わせし(MI AMAS TOHOKUという東北フェアの最終日だった)、そのあと六曜社で扉野良人さん、「吉田省念と三日月スープ」の吉田省念さん、「ZING」という活動をしている吉田朝麻さんらと合流する。

 翌日は、藤井さんといっしょに下鴨古本まつりに行って、昼はカナートで寿がきやのラーメンを食い、夜、五山の送り火(船形と左大文字)を見る。

 十七日、三重に帰省し、鈴鹿ハンターでゑびすやでかやくうどんを食い、衣類と食材(田舎あられ、コーミソースなど)を買い、港屋珈琲で休憩する。すぐ隣のマルヤスで袋入りのSugakiya和風とんこつラーメンを買う。
 両親の家から歩いていけるところに喫茶店ができたのはありがたい。
 郷里にいたころは、平田町駅のちかくにあったドライバーという喫茶店に父といっしょによく通っていた。上京後しばらくして閉店してしまったのだけど、今でも中南米系の酸味の強いコーヒーの味が忘れられない。トースト(厚切)とピラフもうまかった。

 十八日、岐阜の徒然舎で古書善行堂の山本善行さんと夏葉社の島田潤一郎さんのトークショーを見る。東京からトマソン社(ミニコミ『BOOK5』好評発売中)のu-sen君と豆ちゃんも参加。
 岐阜駅の前をうろうろしていたら、五っ葉文庫の古沢さんに遭遇し、車で市内の自由書房、岡本書店、我楽多書房を案内してもらう。

 山本さんは古本屋、島田さんは出版社をはじめて三年。
 古本に半生を捧げてきた山本さんが、古本屋になってからの心境の変化をいろいろ聞けてよかった。
 詳細は、いずれ山本さんの著書その他で語られる日がくるとおもうので割愛。

 上京して二十数年、中央線沿線に暮らし、週に数日は神保町に通う生活をしていると、活字にたいする飢えのようなものがどんどん薄れてくる。疲れていると古本屋の前を素通りしてしまうときもある。
 見るものすべてが新鮮におもえる時期はいつかは過ぎ去る。
 二十代のころとは本の読み方も変わった。
 一冊一冊の本を味わうだけでなく、昔の本を読むことで、今のことを五十年、百年という時間の単位で考えることができるようになるのではないか。

 帰りの電車の中でそんなことを考えた。

2012/08/14

節度の時代(七)

……この文章を書きはじめたとき、「自分のいる場所」から社会や時代について考えてみたいとおもっていた。

 わたしは世の中の成長のスピードをゆるめてもいいとおもっているのだが、それはすでに高い利便性を備えた都市の住民だから、そんな暢気なことがいえるのかもしれない。また自由業者の気楽さも考え方の根っこにあるかもしれない。

 別にすべての人の足並を揃える必要はないとおもっている。

 たとえば、ベストセラーの上位をほとんどダイエットの本が独占しているような状況は、戦中もしくは戦後まもなくの日本人には想像できないだろう。

 今日明日の食いものに困っている人もいれば、栄養の摂りすぎに悩んでいる人もいる。

 わたしが「節度」や「摂生」について頭を悩ましているのも、モノや情報の飽和状態の中に身を置いているからだろう。
 嫌気がさすくらい文明の恩恵を受けながら、スローライフに憧れるわけだ。

 飢餓に苦しむ国の人に「ダイエットをしろ」というのはバカげている。病気や怪我でリハビリ中の人にハードな運動をすすめるのは間違っている。

 「節度」の問題は、個人の生活や性格や体質や嗜好と密接に関わっているから、統一見解のようなものを作ることはできない。
 ひとつひとつ個別に考えていくと収拾がつかなくなる。

 欲望の多様化(細分化)にどう対処すればいいのか。
 おそらく解決策は、勝ち負けという方向ではなく、譲歩とか妥協とかすりあわせといった曖昧な形にしかならない気がする。

 強引にまとめると、個別の欲望に折り合いをつけるには、どうしてもある種の「節度」が必要になってくる。
 でもそれだけでは持てる者が有利になり、持たざる者が不利になるという問題は残ったままだ。

 考えれば考えるほどややこしくなる。

(……続く)

2012/08/12

節度の時代(六)

……わたしの愛読書にジョージ・マイクス(=ミケシュ)著『貧乏学入門 貧しさをどう楽しむか』(加藤秀俊訳、ダイヤモンド社、一九八五年刊)がある。

《明らかに、貧富に関する人間の態度は、徐々にではあるが、確実に変化しているのだ。別言すればわたしはこの本によって象徴されるような、挑戦的な態度をとる人びとがふえてきたのである。つまり、金持ちというものは下品であわれむべき人種で、心配ごとばかりにとらわれ、誤まった目標を追い、にせものの価値を求め、にせものの神をあがめ、どのように人生を楽しむか、などという理想を持ちあわせていない連中である、と多くの人が思うようになってきたのである。貧乏人から、のんきに、そして、貧困をいかに楽しむか、を学ぶことのほうが、金持ちになるよりどれほどよいことかわからないのだ》(「俗物的貧乏人」/『貧乏学入門』)

 この本の邦訳が出た一九八五年には、ひねくれたユーモア作家の冗談と受け取られていた可能性もあるかもしれない。
 でも今は、(貧乏だけど)のんきに楽しく生きるための知恵が見直されつつあるとおもう。

《イギリスが貧乏になりはじめたとき、それに対する最初の反応は、沈黙と沈痛のごとき衝撃であった。しかし、やがてそれは、日常茶飯のこととなり、誇りとさえも思われるようになった。(中略)もし、イギリスが貧乏なのであれば、貧乏であることは粋なことなのだ。栄光に輝く過去をもつイギリスが、新興貧乏国になったのだから、それなりに貧乏らしくすればよいのである》

 貧乏のなり方にもいろいろある。
 一時期羽振りがよかったのに、お金がなくなったとたん、まわりから人がさっといなくなっちゃうのは情けない。

 国の場合はどうか。経済がぱっとしなくなったからだめっていうのは、単に魅力がないだけともいえる。
 昔と比べたら貧乏になったかもしれないけど、治安がよくて、食い物がうまくて、親切な人が多くて、景色がきれいで、ちょっと疲れても木陰で座れる場所があって、ようするに、あちこちにくつろげる町がたくさんあれば、それなりに楽しく暮らしていけるのではないか。

(……続く)

2012/08/09

『文學界』のエセー

……『文學界』九月号に「『燒酎詩集』のこと」というエッセイ(エセー)で詩人・及川均について書きました。

《チュウのにおいは鼻をつき。
 ぼくら。めでたく。ここにこうしているだけなのだ。

 みたまえ。
 時空は漠たる一個の物体となり。

 みたまえ。
 アルコホルに漬かった臓物どもは歓喜して。

 焼鳥なども食いたがる。
 だいじょうぶ。小銭はまだあるはずだ。

 焼鳥もろとも。
 ここに。こうして。堪えるのだ。》(「焼鳥もろとも」抜粋/『燒酎詩集』日本未来派、一九五五年刊)

 富士正晴編『酒の詩集』(光文社カッパブックス、一九七三年)で、「焼鳥もろとも」という詩を読んで以来、ずっと気になっていたのだけど、及川均がどんな人なのか知らないままだった。
 ぼんやりとしかわからない詩人が、自分の中にいて、何かの拍子にこの詩をおもいだす。

《ぼくら。めでたく。ここにこうしているだけなのだ。》

 そんなふうにおもいながら酒が飲みたい。

2012/08/08

上山春平

……思想家の上山春平の訃報をF氏から知らされた。

 享年九十一。「戦中派」がまたひとりこの世を去った。

 上山春平は一九二一年生まれ。海軍予備士官として従軍し、「回天」特攻隊の生還者でもあった。

 わたしは大学時代に『大東亜戦争の意味 現代史分析の視点』(中央公論社、一九六四年刊)を読んだ。久しぶりに頁をひらいてみたら、鉛筆の線引だらけだった。

《私はやはり、あの戦争は侵略戦争であり、その目的は完全な失敗に終わったと見るべきだと思う》

《白人によるアジア人の支配は植民地化であるがアジア人によるアジア人の支配は植民地解放である、とでもいった考えを前提にせぬかぎり、明治以降の日本の膨張過程を植民地解放の過程とみなすことは困難であり、その侵略行為を解放戦争とみることは不可能である》

《私は大東亜戦争を解放戦争ではなく侵略戦争であると考える立場から、錯誤のうえにたつ誇りよりは、過ちは過ちとして認める誠意と過去の過ちから学んで新しい生き方を見いだす勇気とを、むしろ尊重したい》

 大東亜戦争にたいする考え方や立場はいろいろある。当然「侵略戦争ではなかった」という意見の人もいる。
 上山春平は、かつての戦争が正しいかどうかということよりも、従来の思考の枠組(尺度)自体を変えることを『大東亜戦争の意味』で提唱した。

《私たち日本国民の大多数がかつて支持した「大東亜戦争」史観も、それを裁く側に立ったもろもろの史観も、つぎつぎに絶対性を失って、相対化されてきた。私たちは、この体験を大切にしなければならないと思う》

 そうしたもろもろの史観は、特定の国家権力と結びついている。国家の利害で価値尺度を作っている以上、歴史認識としては不十分なものにしかなりえない。

《要するに、地球上における特定の地域の特定の人間集団の利害を絶対のものとする主権国家の価値尺度は、人類共通の価値尺度とは相容れないのである。しかし、いまや、人類は、国家的尺度を人類的尺度に従属させなければ、その種族の存続をはかりえない地点にまで到達している》

「人類共通の価値尺度」や「人類的尺度」で歴史を考えること。今でもむずかしい課題である。

「補論 大東亜戦争と憲法九条——佐藤功氏との対談」で、上山春平は日本国憲法について、次のように語っている。

《あの憲法には平和にたいする人類の熱望が反映されているように思います。憲法制定議会は、憲法を自分の力で最終的に決定する権限はあたえられていなかった。対日戦に参加した連合諸国の代表からなる日本管理機構の承認を得なければならなかった。したがって、あの憲法は、一種の国際契約だと思います。こうした憲法というものは、かつてなかったのではないでしょうか。そういった意味で、これはまったく新しい形態の憲法だと思います。これは、単独の国家主権の発動によって成立したのではありません。複数の主権国家の協力によってつくられた国際契約なのです》

「日本国憲法は戦勝国に押しつけられた」というような意見もある。しかし「主権国家の価値尺度」で作られたかつての憲法よりも、はるかに「人類共通の価値尺度」に近いものだと上山春平は考えていた。
 無条件降伏の帰結として作られた憲法かもしれないが、「平和にたいする人類の熱望」という「人類的尺度」の精神がそこにある。

 ここ数年、「戦中派」の思想家、作家、詩人がどんどんいなくなってしまっていることにわたしは危機感をおぼえている。
 でも一古本好きとして、伝えられることを伝えていきたい。その継承の役割を担わなければならないとおもっている。

2012/08/02

もらい泣き

……例年、八月下旬くらいから秋の花粉症になるのだけど、昨日から鼻がむずむずする。目もかゆい。

 先週末に静岡に行ったときに、急にくしゃみが出るようになって、「ひょっとしたら」とおもったら、やっぱりそうだった。
 昨年のブログを見たら、八月九日に「例年よりすこし早い秋花粉」とある。

 それでも昔と比べたら、ずいぶん楽になった。原因がわからなかったころは、一ヶ月以上、ずっと調子がわるかった。今は漢方(小青龍湯)で症状を抑えている。

 コクテイル、ペリカン時代をハシゴして、深夜から朝にかけて、冲方丁著『もらい泣き』(集英社)を読む。
『小説すばる』で連載していたとき、いつも真っ先に読んでいた。本好きの知人にも「今、いちばん面白い連載だ」と吹聴しまくり、単行本になるのを待ちわびていた。
 人から聞いた「いい話」や「とっておきの話」を元にしたコラム集で、おそらくニュージャーナリズムの手法で書かれている。
「ボブ・グリーンみたいな」と説明したくなるけど、もうすこし繊細かもしれない。「世の中、きれいごとではやっていけない」といっても、「じゃあ、どうするの?」の先はなく、ひねくれるか、斜にかまえるか、揚げ足をとるかばっかりで気が滅入る。
 だからこそ「世の中、捨てたもんじゃないよ」といい続ける人が必要になる。
『もらい泣き』を読んでいると、その役目を作者がものすごく迷いながら引き受けたかんじが伝わってくる。
 とくにある日を境に連載のトーンが変わった。でも「世の中、捨てたもんじゃないよ」の部分は一貫している。

《このコラムの雑誌連載中に、東日本大震災が起こった。
 福島県に住居を兼ねた仕事場がある私は、もろにその影響を受けた。生活の面でも、執筆の面でも》(二〇一一年三月十一日について)

「ノブレス・オブリージュ」、「インドと豆腐」、「盟友トルコ」、「空へ」、「地球生まれのあなたへ」など、震災後に書かれたコラムは、抑えた筆致ながら、ある種の「祈り」がこめられているとおもった。
 その「祈り」は、怒りや悲しみから自分を立て直すための言葉といってもいい。

 この先、何度も読み返す本になるだろう。