2013/01/26

新刊雑感

 今月の中公文庫がものすごく充実している。
 浅生ハルミン著『私は猫ストーカー 完全版』、正宗白鳥著『文壇五十年』、深沢七郎著『庶民列伝』、嵐山光三郎著『桃仙人 小説深沢七郎』、『淫女と豪傑 武田泰淳中国小説集』……。

 各社の文庫、だいたい月十冊くらい刊行されるけど、ほしいとおもうのは一冊あるかどうか。いちどに五冊というのはかなり珍しい。

 最近の文庫では、星野源著『そして生活はつづく』(文春文庫)がよかった。バンド「SAKEROCK」や役者としても活躍している人だけど、こんなにいいエッセイを書くとは知らなかった。単行本で出たときに気づかなかったのは、書評の仕事をしている身としては不覚以外の何ものでもない。

 ここ数年、便利だから書店の検索の機械で目当ての本を探してしまう癖がついて、自分の守備範囲(主に文芸)以外の新刊本を見落としがちになっている。
 ゆっくり棚を見る習慣を取り戻したい。

 あとジョン・アップダイク著『アップダイクと私 アップダイク・エッセイ傑作選』(若島正=編訳、森慎一郎訳、河出書房新社)もおもしろそう。夏目漱石や村上春樹の書評も収録されている。
 アップダイクの雑文集『一人称単数』(寺門泰彦訳、新潮社、一九七七年刊)はわたしの長年の愛読書で、野球のコラムも素晴らしい。というわけで、アップダイクのエッセイの翻訳を待ち望んでいたから、うれしくてしょうがない。

2013/01/22

バブルの遺産

 一九八〇年代末のバブル期に都内のあちこちにワンルームマンションが建てられた。
 風呂トイレ洗面台のいわゆる三点ユニット付の十平米〜十五、六平米の部屋で当時の家賃は月六、七万円(高円寺)くらいか。駅近なら七万円台後半という物件もあった。

 そのころ、わたしは築三十年くらいの風呂なしアパートに住んでいた。二部屋(四畳半・三畳)、台所トイレ付で三万円台だった。

(……以下、『閑な読書人』晶文社所収)

2013/01/19

住まいの話

 古本屋めぐりのついでに不動産屋の張り紙も見るのは習い性になっている。
 上京した年——一九八九年ごろとくらべると、高円寺の家賃もずいぶん下がった。鉄筋で風呂付の部屋が五万円以下というのは昔は考えられなかった。

 近所に書庫兼仕事部屋を借りて五年ちょっとになる。最初の単校本の印税を敷金礼金にあてた。ちょうどその年にいくつかの雑誌で連載が決まり、心おきなく本を買える状態にしておきたかったのである。

 住居のほうは妻と家賃を折半しているのだが、ときどきポストに投函される中古マンションのチラシを見ると、「買ったほうが安いのではないか」と考えてしまう。でも細かく見ると、修繕費やら管理費やら固定資産税やらもふくめて計算すると、たいして家賃と変わらないような気もする。

(……以下、『閑な読書人』晶文社所収)

2013/01/16

雪散歩

 雪の日、ほとんど家にこもって、年末できなかった掃除をしていた。紙袋やダンボールに入った新聞、雑誌などの切り抜きやコピーをどうするかで悩む。きちんとファイルしないと、必要なときに見つけることができない。増えれば増えるほど、探すのも困難になる。
 資料整理は諦めの連続で気が滅入るが、これも仕事のうちとおもうことにする。

 気分転換のため、高円寺北口を散歩する。いくつか家の前で雪だるまを見つけた。

 その翌日、夕方、スーパーがむちゃくちゃ混んでいた。雪と連休が重なったせいか。

 来月発売の『本の雑誌』の連載で夏葉社と幻戯書房の上林曉の本をとりあげた。

 原稿には書かなかったけど、今は上林曉の『草餅』(筑摩書房)を読み返している。不自由な左手で扉の題字を書いている。

 「木山君の死」という随筆に昔の高円寺の話が出てくる。
 木山捷平は満洲に行く前に高円寺駅のちかくに住んでいた。荻窪在住の上林曉は高円寺の公益質屋に寄って、木山を誘い、煮込み屋で酒を飲んだり、将棋を指したりした。そんな回想を綴っている。

 上林曉も木山捷平も作家としてはかなり苦労人なのだが、昭和の中央線文士の交遊には憧れる。

 木山捷平の田舎は岡山県の笠岡で、近くに住む写真家の藤井豊さんの案内で生家を訪れたことがある。
 まさに田園風景というべきかんじのところだったが、後日、やはり郷里が木山捷平の生家のちかくの河田拓也さんから「あのあたりは街道筋で昔は栄えていたんですよ」と教えられた。

 木山捷平の家は祖父も父も百姓だった。木山捷平は貧乏話をよく書いていたから、それほど裕福な家の生まれではないとおもっていた。しかし、当時、地方在住者が子どもを東京の大学まで行かせるというのは、かなり恵まれた家なのかもしれない。

 そのあたりの感覚が本を読んでいるだけは掴みきれない。

 電車で二駅くらいの距離の友人の家を歩いて訪ね、そのまま酒を飲んで、将棋をするという暮らしはすごく贅沢な気がしてしかたがない。

(追記)
 後日、河田さんから再び説明があって、木山捷平の生家と街道はちょっと離れていて、木山家の周辺はそれほど栄えてなかったとのこと。わたしの勘違いだった。

2013/01/11

人生レポート

 一昨日、早稲田の古本街、BIGBOXの古本市に行く。ひさしぶりに早稲田から高田馬場まで道をゆっくり歩いた。知らないうちに新しい飲食店が激増している。
 そのあと古書現世に寄り、きだみのる著『人生レポート』(雲井書店、一九五七年刊)を買う。この本ははじめて見た。新書サイズで装丁もすごく好みだ。

《だが独学が人一倍の努力を必要とすることに変りはない。ファーブルには、貧乏人に許されたたったひとつの羅針盤、堅忍不抜の精神に頼るしかない。彼は途に迷ったり、突破せねばならぬ岩の前に立ったとき、何時も一つの言葉を自分に言い聞かせて疲れた足を励ました。
——希望を持て、そして進め!》(人間は間違える葦でもある)

 いい言葉だ。やる気が出た。
 あと独学を続けるためにはなかなか結果が出ず、手ごたえをかんじられないときに、適当に気晴らしすることも必要だとおもう。

 昨日は神保町に行く。新刊書店をハシゴして、神田伯剌西爾でコーヒーを飲み、小諸そばでから揚げうどんを食う。

 正月ボケで仕事がはかどらない。長年の経験上、ずっと家にこもって原稿を書くよりも、日中、すこし出歩き、夜、軽く飲んで(※水割三杯まで)、ちゃんと寝たほうがいい。

 三月くらいになったら、電車にとって、中央線沿線、早稲田、神保町以外の首都圏の古本屋もまわりたい。

2013/01/06

ペソアの新刊

 フェルナンド・ペソア著『[新編]不穏の書、断章』(澤田直訳、平凡社ライブラリー)がまもなく刊行される。

 旧版からの大増補……といっても、完訳ではない。それでも平凡社ライブラリーでペソアの文章が読めるのはありがたい。枕もとに置いて、すこしずつ大事に読みたい本だ。

 フェルナンド・ペソアは、アルベイト・カエイロ、リカルド・レイス、ベルナルド・ソアレスなど、本名だけでなく、数々の異名で作品を書いていた。しかしその作品のほとんどは生前に発表されることはなかった。

 その散文は、夢や人生についての思索、あるいは自問自答といってもいい。

《なぜ書くのだろうか。もっとうまくは書けないのに。だが、もし、こうしてわずかながら書き上げるものを書かないとしたら、私はどうなってしまうだろうか》

 どこから読んでもいいし、読まなくてもいい。内容があるかどうかもわからない。
 ペソアの文章は独り言の文学の極北かもしれない。文章の端々にひとりの時間が流れている気する。
 ひとりの人間の思索にただ付き合う。途中で頁を閉じ、ものおもいにふける。ときどきそういう読書がしたくなる。

2013/01/04

正月の散歩

 東京で寝正月。元旦は氷川神社で初詣。年末年始、うどんと雑煮ばっかり食っていたので、炊き込みご飯と中華風スープを作る。

 散歩をかねて早稲田通りのマルエツプチに行くと、カップ麺のコーナーに寿がきやの和風とんこつラーメンが売っていた。これはうれしい。ゆず一味も買う。

 毎年のことだけど、三月中旬くらいまでは無理をしない方針である。焦らず、一年投げられる肩を作る……よくいえば、そんなかんじだ。
 働くことが好きな人はどんどん働けばいい。でもバランスをとるためにも、あまり働きたくない人はエネルギー(電気にかぎらず)の浪費を抑え、休み休み、こぢんまりと暮らすことを志してもいいのではないか。

《私は閑寂に身を置かざるを得ない正月の幾日かを毎年いかにして送るべきかを考えるものである。詰り、正月の散歩のことを》(「正月の散歩」/新居格『生活の錆』岡倉書房、一九三三年刊)

 新居格は高円寺に住んでいた。
 人の家を訪ねるのも、室内遊戯や酒が好きではないから、どうしても正月には時間を持て余す。それで散歩をするのだが、足を休めるカフェもしまっている。

 同書の「正月」と題した随筆では、「自分はただゆっくりした時間を持ちたいと思う計りだ」と綴る。

 八十年後の高円寺は元旦から営業している店がけっこうあるが、いつもより町を歩く人は少ない。
 閑散とした町を歩くのはちょっと楽しい。