2013/10/31

古本の季節

 シマウマ書房の鈴木創編著『なごや古本屋案内 愛知・岐阜・三重』(風媒社)が届いた。名古屋市内の古本屋でも知らない店がけっこうある。三重に帰省するときに、駆足でまわるくらいで、一軒一軒じっくり立ち寄ったことはほとんどない。
 予備校時代は千種と鶴舞界隈の古本屋に行っていた。あと新刊書店のちくさ正文館、ウニタ書店でカルチャーショックを受けた。夏季講習や冬季講習のお金は、古本と漫画喫茶代に消えた。今おもえば、極めて正しいお金のつかい方だったわけだが、そのことがバレて、親にものすごく怒られた。
 二十五年前の話である。

 名古屋はいまだに土地勘がなくて、地下鉄をよく乗り間違えてしまう。

 三重県は伊勢市の古本屋ぽらん一軒のみ。

 夕方、神保町。神田伯剌西爾のち神田古本まつり。といっても、買ったのは清岡卓行著『大連港へ』(福武文庫)一冊だけ。この中に「野球という市民の夢」という章があって、これが読みたかったのだ。

 清岡卓行著『猛打賞 プロ野球随想』(講談社)に、株式会社日本野球連盟の社員だったころ、「一試合三安打以上の選手へ贈る猛打賞」をおもいついたという記述がある。

 『大連港へ』の文庫はずっと探していたのだが、なかなか見つけることができなかった(それほど入手難の本ではないとおもうのだが)。探していたことさえ忘れたころに見つかった。

 それで満足して、今日はもういいやとおもってしまったのは、今、蔵書の整理に追われているからだ。

 新しいことをはじめるためには余白がいる。余白を作らないと新しいことがはじめられない。

 というわけで、京都のガケ書房の「『本』気の古本週間」(十月三十一日〜十一月十四日)に、文壇高円寺古書部も本を送りました。

2013/10/30

徒歩主義

 急に寒くなった。冬が近づくにつれて、気が滅入りがちになるのはいつものことだ。
 腰痛持ちにはつらい季節である。
 からだを冷やさず、疲れをためず、適度にからだを動かす。寝つけないときは葛根湯を飲む。予防策はそのくらいなのだが、どうにか春までのりきりたい。

 どうしてもポテンシャルの低い身体で暮らしていくには、自分の心身をコントロールする必要がある。
 ただし、無理せず、ケガせず、ということばかり考えていると、思考も保身に傾く。この問題をどうするかは、四十代の課題のひとつだ。

 本多静六著『私の生活流儀』(実業之日本社文庫)の「眠りを深くするには」を読んでいたら、「やはりそうか」とおもったところがあった。

(……以下、『閑な読書人』晶文社所収)

2013/10/22

食べていくこと

 十月十九日、東京堂書店で内堀弘さんの『古本の時間』(晶文社)と石田千さんの『石田千作文集 きつねの遠足』(幻戯書房)の刊行記念トークショーを見に行く。
 自分たちの本の話ではなく、『彷書月刊』の田村治芳さん、中川六平さんの話がほとんどだった。
           *
 それから告知ですが、来月のみちくさ市の「古本流浪対談」最終回は、『古本の時間』刊行記念で内堀弘さんと対談します。

荻原魚雷(ライター)×内堀弘(石神井書林店主)
「あるものでやる 古本屋で食べていくこと、ライターで食べていくこと」

■日時 2013年11月17日(日)
■時間 15:30〜17:00(開場15:10〜)
■会場 雑司が谷地域文化創造館 第2・3会議室(会場変更になりました)
■定員 40名

詳細は、http://kmstreet.exblog.jp/18596687/
(予約は10月23日から)

 みちくさ市トークも最終回。今回のテーマは仕事の話です。「ライターで食べていくこと」については、収入の大半がアルバイトだった時期のほうが長く、というか、アルバイトをしていない時期はほとんどないというのが実情でして……。

 『古本の時間』の中に「古本屋はずっと小さな規模だけれど、なによりも個人の志で書店を作ることができる。なにしろ、いつまでも食うや食わずなのだ。幸せな苦労が残っている最後の場所なのだと思う」という文章がある。

 「個人の志」「幸せな苦労」——自分がずっと仕事に求めていたことも、そういうものかもしれない。

 今回の内堀さんの本は「若手」の古本屋さんに向けたメッセージのようなものがけっこうあるとおもった。
 「今」から「何か」をはじめるむずかしさ——古本屋の仕事にかぎらず、さまざまな困難がつきまとう。

 正直、楽に食べていく方法なんてない。そんな方法があったとしても通用するのは一瞬だろう。
 どうすれば「個人の志」を貫き(守り)、困難を「幸せな苦労」に変えることができるのか。

 それが簡単にわかれば、苦労はない。

2013/10/18

京都で

 京都に行ってきた。昨年の夏の下鴨以来だ。三重にも帰っていない。親の住んでいる家がリフォーム中で、しばらく帰ってくるなといわれていたのである。

 今回の京都行きは、オクノ修さんのライブを見るのが目的だった。直前まで行くかどうか迷っていた。台風が接近していたのと水曜日に午後からの仕事が入り、一泊しかできないのはもったいとおもったからだ。
 迷ったときは行く。なかなか実行できない。でも行って正解。

 夕方、京都駅に着く。新幹線の中で内堀弘著『古本の時間』(晶文社)を再読していた。至福の読書の時間だった。
 京阪で三条に出て、ブックオフに寄って、六曜社でコーヒーを飲んで、会場の徳正寺に歩いて行く。

 オクノ修さんのライブと牧野伊三夫さんのトークショー。
 牧野さんは、ガケ書房、メリーゴーランド京都、nowakiの三ヶ所同時に個展を開催中である。

 オクノさんの歌は言葉の数がすくない。楽器もギター一本。とても静か。ギターの音がいい。なんでこんなにいいのだろう。シンプルだからこそ、到達することがむずかしい。そんな音楽だ。

 歌を聴きながら、自分は余計なことを考えすぎているのではないかと反省してしまう。たぶん治らない。

 打ち上げも楽しかった。時間が経つのが早い。

 翌日、扉野家で朝食。おかゆがすごくうまい。
 三条のnowakiの牧野伊三夫展を見る。この会場は東北の絵が中心だった。絵ハガキを買う。

 昼の十二時の新幹線の乗る。
 仕事。単純なデータの打ち間違いのミスが発覚する。記憶力と集中力が落ちている。

 すこし情報統制したい。

2013/10/11

瀬戸内海のスケッチ

 『瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集』(山本善行選、サウダージ・ブックス)を読む。

 選者の山本さんは「売れるかなあ」と心配していたが、この作品集をきっかけに、はじめて黒島伝治の文章を読む人はいるとおもう。きっと驚くとおもう。こんな文章を書く作家がいたのかと。

《生れは、香川県、小豆島。
 僕の村は、文学をやる人間、殊に、小説を読んだり、又、小説を書いたりする人間は、国賊のようにつまはじきをされる村であった》(「僕の文学的経歴」/同書)

 ジャンル分けすると、プロレタリア作家ということになるかもしれないが、「黒島伝治の小説を読み始めると、その呼吸、リズムにからだをあずけるのが気持ちよく、気がつけば、からだがその物語の中にどっぷり浸かっているのだった」(山本さんの解説)という読書経験が味わえるだろう。

 一八九八年生まれ。同世代の作家だと、井伏鱒二や横光利一がいる。尾崎一雄の一つ年上である。

 この作品集には入っていないのだけど、「愛読した本と作家から」(巻末の解説で山本さんもこのエッセイのことに触れている)の書きだしはこんなかんじだ。

《いろいろなものを読んで忘れ、また、読んで忘れ、しょっちゅう、それを繰りかえして、自分の身についたものは、その中の、何十分の一にしかあたらない。僕はそんな気がしている。がそれは当然らしい》

 たしかに、文章のリズムが心地いい。
 そのほかのエッセイでも、地方の風土、季節感、暮らしぶりを綴った文章が素晴らしい。
 何度となく作品は発禁になり、病も患っていた。すくなくとも平穏無事とはほど遠い生活だったが、黒島伝治の文章はゆったりしていて、とぼけた味わいもある。

 一九四三年、四十四歳で亡くなった。
 黒島伝治の資質は、戦前より戦後のほうが活かされたようにおもえる。

 もうすこし長生きしてほしかった。

(追記)
 『黒島傳治全集』(筑摩書房)の三巻の月報を読んでいたら、坂下強「黒島さんの憶出」の中に、黒島伝治のこんな言葉が紹介されていた。

《自分の書くものが世に受け入れられない時に無理をする必要はないのだ。文学の動きは必ず変ってゆく。そして、自分の書くものと世の中が合うような時代がくる》

2013/10/09

胞子文学名作選

 倉敷の蟲文庫の田中美穂さんが編者の『胞子文学名作選』(港の人)は、いちど手にとってみてほしい本だ。何種類の紙をつかっているのか数えてほしい。

 この本は、苔、羊歯、藻類、きのこや黴などの菌類といった胞子によって繁殖する生物にまつわる詩、俳句、短歌、小説、随筆——編者の田中さん曰く「『胞子性』を宿した作品」を集めている。

 永瀬清子「苔について」、多和田葉子「胞子」、井伏鱒二「幽閉」、尾崎翠「第七官界彷徨」、金子光晴「苔」など、「あの作品もこの作品も胞子文学なんだ」とおもいながら読む。これまで「胞子」のことを気にしながら本を読んだことはなかった。なんとなく顕微鏡で文学を読んでいるかんじもする。

 わたしは散歩しているときに、「あ、苔だ、あ、菌類だ」とおもうことは、あまりないのだけれど、「胞子」という視点で世の中を眺めている人がいて、それを言葉にしている人がいることを知るだけでも、人生が豊かになる。

 自分にはない視点に気づくこと自体、読書の醍醐味だとおもう。

 田中さんの本の読み方はヘンだけど、おもしろい。

2013/10/08

オグラ文化祭

 日曜日、吉祥寺のGBでオグラ文化祭。
 総合司会は金谷ヒデユキ(チラシの肩書が「地獄のスナフキン」になっていた)。
 まずは一九八五年にオグラさんが結成したTHE青ジャージ(ボーカル&ギター:オグラ、ドラム:中安哲朗、キーボード:原めぐみ)が復活し、オグラさんが十九歳のときに作った「左目にコインをのせて」などを演奏。
 スケールの大きな楽曲。最初からオグラさんはオグラさんだった。青ジャージは、冒険小説の主人公に捧げるような歌、ドアーズのような変拍子、歌詞は反語を多用し、一曲一曲が物語になっている。「さすらいの高円寺」が聴けたのもうれしい。

 トリビュートのコーナーでは、金谷ヒデユキ、イトウサチ、謎のバンド・赤ジャージがオグラさんの曲をカバー。金谷さんの「永遠の酒」はMCから涙ぐんでしまった。イトウさんの「夢の中には水がこぼれている」を聴いて、あらためていい曲だなとおもった。赤ジャージの「10円」も忘れられない(おもしろすぎて)。

 オグラ&ジュンマキ堂の「それゆけ!貧乏紳士」と「それゆけ!貧乏淑女」、東京ローカル・ホンクの新井健太(ウッドベース)、原めぐみ(ピアノ)のオグラ三弦楽団、オグラ学園祭バンド、そして最後は盆おどり。ライブハウスで観客がほぼ全員参加で輪になって踊っている光景に感激した。

 バンドからソロになって十一年、オグラさんの二十八年の音楽活動の変遷が一日のライブに凝縮されていて、ちょっと感想がまとまらない。

 この日、ここにいてよかった。

2013/10/03

常盤エッセイ

 神保町のち中野から歩いて高円寺。久しぶりに長距離散歩をする。

 幻戯書房の新刊、常盤新平『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』を読む。
 もともと愛読していた作家なのだけど、晩年のエッセイはとくにいい。調子があまりよくないときでも読めるエッセイだ。

 常盤さんの著作から、アメリカのノンフィクション、コラムのおもしろさを教えられた。そうした知識以上に、本のおもしろさを伝える姿勢のようなものを学びたいとおもいながら読んでいる。

《大学は英文科だったが、英語で小説を読むのは教室だけで、下宿で読むことなどなかった。そのころから私は昼寝好きの怠け者だった。
 ただ、翻訳でメシが食えればと思うようになっていた。翻訳なら家で仕事ができるし、人とつきあうこともあまりないだろう。そのころから、というよりも子供のころから、人とつきあうことが下手だった》

 文章のあいまあいまにこうした話がはさまっている。それによって、自分の知らない海外の作家や作品を気負わずに受け止められる。ふわっと投げられた小話(もしくは、どうでもいい話)の先に広大な世界が広がっているかんじがする。
 
 常盤さんは『ニューヨーカー』は定期購読せず、新宿の紀伊國屋書店か日本橋の丸善に買いに行ってた。そのついでに喫茶店に寄ったりした。
 どこの国でも生活における喜怒哀楽は似通ったところがあるんだなあ。そんな気持にさせられる極上のエッセイ集だった。

 幻戯書房のホームページを見たら、常盤さんの『東京の片隅』が刊行予定になっていた。この本も単行本未収録のエッセイ集である。