2014/02/28

フォームとセオリー その二

 自分が「欠陥車」であると自覚せずに、急発進や急ブレーキをくりかえしていれば、どこかで故障する。
 体力がないのに力まかせの「フォーム」を身につけようとしてもうまくいかない。
 色川武大の「フォーム」と「セオリー」は「こうすればうまくいく」とか「ギャンブル必勝法」といった類の話ではない。
 くりかえし語られているのは、誰にでもすぐできるようなやり方は通用しないということだ。

 プロ同士の戦いではお互い「セオリー」を熟知しているから、武器にはならない。

 でも「セオリー」を知らずにゲームに参加にすればカモにされる。つまり「セオリー」はカモにならないための最低限の知恵といってもいい。
 そして勝負どころは「セオリー」の先にある。

 世の中には一般論や慣習はあるが、かならずしも自分に合うとはかぎらない。

 たとえば、その投げ方だと肩を壊すという助言されたとしても、人によっては自分の投げ方以外の投げ方をすると、どこにでもいる凡庸なピッチャーになってしまうこともある。

 もともと身体能力が高ければ、基本に忠実なやり方も立派に通用するだろうが、そうでなければ、何か工夫しないといけない。
 かといって、ちょっと変わったフォームで投げればいいのかといえば、そうともかぎらない。

 フリーランスの場合、ひとりの依頼主が「だめ」だといっても、どこかで「それもありかな」といってくれる人がいれば、仕事は成立する。
 手っ取り早く仕事をするには、あるていど万人受けする「フォーム」も有効かもしれないが、正直、その道は競争が激しいし、能力差がモロに出る。

 いわゆる「欠陥車」タイプは、その道を避けたほうがいい。

 変則派には変則派の「セオリー」と「フォーム」がある。

 野球漫画の『グラゼニ』にこんなシーンがある。
 主人公の変則派のピッチャーが、フォームを改造して球威がアップする。その分、コントロールが乱れるようになって、大事なところで打たれてしまう。
 その結果、自分の生命線はスピードではなく、コントロールだと痛感する。

 このエピソードは色川武大の「セオリー」と「フォーム」の話にも通じるとおもう。

 ひとつの欠点を改めると、別の欠点が生じる。
 短所を直して、長所を失う。

 だからこそ、自分の生命線となる能力を見極める必要がある。

(……続く)

2014/02/27

フォームとセオリー その一

 毎日新聞の「日曜くらぶ」で色川武大の「うらおもて人生録」がはじまったのは、一九八三年八月七日——。
 色川武大、五十四歳のときだ。
 宇野千代の自伝『生きて行く私』の後に続いたエッセイである。

 一九八三年七月二十七日付の毎日新聞に「日曜くらぶの新連載」という記事があり、そこに「作者のことば」が掲載されている。

《ときどき私のところにも若い人たちが遊びに来る。年齢もまちまち男女さまざまだが、彼らはいずれも尻が長い。もっとも私が客好きで、なんとか接待しようとして一人でしゃべっているうちに夜がふけるのだ。若い人たちもけっこう面白がって聴いているらしい。何故なら次に来たときも尻が長いから。
 それで、ついでのことに、架空の若者諸氏と向いあっているつもりで、活字に記しつけておこうかという気になった。私は学校に行かなかったから、自分の生きるフォームを自分で造らざるをえなかった。私のセオリーが当代の若い人の参考にどれほどなるかわからぬが、その意味で、鞭(むち)もしごきもないけれど、これは私流のヨットスクールということになるかもしれない》
             *
 この連載をわたしはリアルタイムで読んでいない。
 読んだのは、二十代の半ばだろう。
 以来、この「作者のことば」の中にもある「フォーム」や「セオリー」といった言葉は、自分がものを考えるさいのキーワードになった。

《今、セオリーという言葉を使いましたが、私はこの本では、生きていくうえでの技術に焦点を合わせたつもりであります》(はじめに)

《フォームというのはね、今日まで自分が、これを守ってきたからこそメシが食えてきた、そのどうしても守らなければならない核のことだな》(「プロはフォームの世界——の章」)

 色川武大の「フォーム」と「セオリー」の話で、わたしが考えさせられたのが「欠陥車の生き方」である。

《だらしがないから、他人とスクラムが組めない。(では、できるだけ一人で生きていくよりしかたがない)
 だらしがないから、スピードを軸にすることはむりだ。(では、じっくりといこう)
 みんな、だらしのなさに起因していて、これだけ方々に伸びひろがっているのでは、この点を矯正するよりも、へんないいかただけれども、生かした方がいいのではないか、と思ったわけだね》(「欠陥車の生き方——の章」)

 欠点や欠陥というほどでなくても、人にはかならず何らかの欠落がある。
 知識に関しても、穴ボコがたくさんある。
 何かを知っていることは、何かを知らないことでもある。

 自分の「フォーム」を作るとき、「欠陥車」であることを前提に考えようとおもった。
 しかし持続に支障が出るような欠陥は、改善したほうがいい。

 若いころにうまくいった「フォーム」が、齢をとると負担が大きくなる。
 
 さて、なにから……。

(……続く)

2014/02/23

木山スタイル

 三月まであと一週間。
 慣らし運転のつもりで徐々に散歩の距離をのばす。高円寺中野間を往復する。電車で一駅分だが、中野ブロードウェイの四階まで階段をのぼったら、足にきた。

 紀伊國屋書店の『scripta』の連載「中年の本棚」も一年。季刊の連載は楽しい。でも「中年」のあり方に関してはまだ迷っている。

 二十代、三十代のころは「現状維持ではいけない」とおもっていたのだが、四十代以降は「のらりくらりでいこう」という気持になっている。

 ここ数年、下り坂仕様のライフスタイル——どうにか細々とのんびりと暮らしていけないものかと考えている。
 四十代は働き盛りだといっても、体力も気力も衰えてきている。伸び盛りの時期はすぎたとおもう。そのことを悲観するのではなく、別の価値を見いだす。たとえば、行動範囲は狭くなった分、小さな場所(近所)を大切にするとか、部屋でくつろぐ時間を充実させるとか、自炊のレパートリーを増やすとか。

 すこし前に、山口瞳著『小説・吉野秀雄先生』(文春文庫)を読んで、やはり、この本の白眉は「木山捷平さん」であるという結論に達した。

《木山さんは、文士は講演なんかするもんじゃないと言われた》

《また、小説が書けなくなったら、汚い服装で旅行して、三流旅館に泊まればよいと言われたこともあった。とくに靴はボロボロのものがよい》

 たぶん、この方向で間違いない。ただ、行けるかどうかはわからない。

2014/02/19

藤子・F・不二雄の新刊

 昨日の昼すぎ、スーパーに行く。
 棚がスカスカで驚く。豆腐、卵、うどんなどがない。別のスーパーはもやしや牛乳がない。
 先週の雪の影響のようだ。

 今月刊行のドラえもんルーム編『藤子・F・不二雄の発想術』(小学館新書)が素晴らしい。読みはじめたら、止まらない。新聞や雑誌に発表されたエッセイやコメント、藤子不二雄賞の総評などが収録されている。

「第1章 僕が歩んできた道」
「第2章 僕のまんが論」
「第3章 僕の仕事術」
「第4章 まんが家を目指す人に」

 夕方、電車の中で夢中になって読みながら毎日新聞社に行って雑用をすませ、ついでに『サンデー毎日』の一九九三年五月九日・十六日号、五月二十三日号の高円宮殿下と藤子・F・不二雄の対談をコピーさせてもらう。

 この対談の一部も『藤子・F・不二雄の発想術』に収録されているのだが、全文読んでみたくなったのだ。高円宮殿下、サッカーだけでなく、漫画も好きだったのは意外だ。
 藤子不二雄がコンビを解消したの経緯について、F氏は次のように語っている。

《藤子 そうですね。一つの名前で、まるっきり別の作風が出てくるというのを、皆さんに幅広さと解釈してもらえたのかな、とも思うんです。「まんが道」のようにリアルな漫画は、僕には描けませんから。僕は、わりと空想的じゃないとダメなもんで。だから他人から僕も「まんが道」を描いているという前提で話かけられると、とてもつらいんですよ。
 高円宮 よくわかります。
 藤子 それなら、はっきり分けちゃったほうが、すっきりしていいんじゃないかということで、コンビを解消したわけです。別にごまかしていたのじゃなくて、なんとなく無精して一つの名前で描いていただけなんです》(『サンデー毎日』一九九三年五月九日・十六日号)

 高円宮殿下が「オバQ」のファンということもあって、その当時のエピソードも披露している。

《高円宮 小池さんはどちらが描いていたんですか。
 藤子 安孫子君です。でも、実は描き手は二人だけじゃないんです。「藤子不二雄とスタジオゼロ」という名前で、石ノ森章太郎君、「釣りバカ日誌」の北見けんいち君を加えた四人で描いてました。
 高円宮 エッ。四人でどうやって描くんですか。
 藤子 まず、最初に僕がコマ割りといって、台詞と大雑把な人物の配置を決めて、オバQやそのほかのお化けを描くわけです。そこに安孫子君が正ちゃんやお兄さんの伸一君、そしてラーメンの小池さんを描く。次に、石ノ森君のところに持って行って、ゴジラやヨッちゃんなど“その他大勢”を描くんですね。さらに、今度は北見君が背景を入れて仕上げる。非常に煩雑な作り方をしていたんです》(同前)

 一九九三年五月二十三日号では、トキワ荘に引っ越してきたころの話も語っている。

《高円宮 その手塚さんが、トキワ荘にいらしたわけですね。
 藤子 はい。最初に手塚先生がいらして、次が昨年亡くなった寺田ヒロオ君です。安孫子君がまず、様子を探りに上京して、手塚先生を訪ねたら、ものすごく忙しくしてらして。向かいの部屋にいた寺田君のところへ、「ちょっと相手をしてくれ」とほうり込まれちゃったんです。そこで、手作りのカレーライスをご馳走になって、仲良くなって帰ってきたわけです》

 そのあと藤子不二雄Aの『まんが道』にも描かれている両国の二畳一間の下宿の話も——。

《高円宮 二畳に二人ですか。
 藤子 机が部屋の片隅にあって、その机に向かって仕事して、「アーアッ」って引っくり返ると、背中が後ろの壁に激突するんです(笑)》

 話はかわるが、今月、藤子不二雄(A)デジタルセレクションの『まんが道』(全二十五巻)と『愛…しりそめし頃に…』(全十二巻)が出た。「巻末特別付録つき!!」ってなんだよ。気になるじゃないか。うーん、細かいところを拡大して読みたい。ここで大人買いしなかったら、大人になった意味はない。買うしかない。今月は禁酒、じゃなくて節酒する。

 読む前からわかっていた。『まんが道』を一気に読んで、『愛…しりそめし頃に…』の二巻の「〈特別編〉さらば友よ」で号泣すると。

 この間、仕事がまったく手につかなかった。

 話は戻るが、『藤子・F・不二雄の発想術』と『藤子・F・不二雄のまんが技法』(小学館文庫)と併せて読むと、さらにおもしろいとおもう。

《ぼくの経験からいいますと、まんがをかきはじめのころは、先にもいったように、精力的にどんどんかいたほうがいいと思います。人間の頭脳というのは、学習能力を持ったコンピューターのようなもので、かけばかくほど、それがひとつの方程式になって、頭の中にインプットされていきます。そのうちに、そこへ材料をほうりこめば、アイディアが簡単に出てくるようになります》(「学習能力を持つコンピューター」/『藤子・F・不二雄のまんが技法』より)

《創作と言いますけど、有名な言葉に「完全な創作はこの世に存在しない。すべて人間が文化を持って以来の作り直し、再生産されたものである」というのがありますね。描く一方だとすぐ枯れてしまうんです。ここを一つの土壌だとすれば、たえず栄養を供給してやらなければ、枯れた土地になってしまい作物もできなくなってしまう。たえず考えなければいけない》(「創造の心構え」/『藤子・F・不二雄の発想術』より)

 一見、矛盾しているようにおもえるが、どちらもほんとうだろう。
 作り続けることで成長するし、そのための栄養補給を怠っていると枯渇する。

 いろいろ勉強になる。

2014/02/15

正しい転び方

 ソチ五輪のフィギュアスケートを観ていて、おもったことを記しておく。

 あの舞台に立っている人たちは、世界のトップクラスの選手である。それでも転んだり、ミスをしたりする。たぶん、ジャンプしてくるくる回ろうとするからだ。

 この世界を大きなひとつスケートリンクと仮定すると、あんなにくるくる回る必要があるのはごく一部の人だけだ。
 それ以外の人は、ジャンプしてくるくる回る技術よりも、ケガをしない転び方をおぼえたほうが役に立つ。おもしろく転び、楽しそうに立ち上がれるようであれば、それも才能だ。

 あるいは「え? 転けた? いつ? おれが? ウソでしょ」と平然と滑り続ける胆力を身につけるのもいい。

 逆に、人が転んだのを見ると「ダッセー、バカじゃねえの」というくせに、いざ自分が転ぶと、へなへなになってしまうような人は、前非を悔い、別人のように生まれ変わることをおすすめしたい。

 ふだんから他人に厳しい言動をしていると、自分が失敗したときに窮地に陥りやすい。前の都知事のことをいっているわけではないので、誤解しないでほしいのだが、自分が許してほしければ、人にもそうしたほうがいいという話である。

 フィギュアスケートの話と関係ないけど、このくらいは大目に見てほしい。

2014/02/13

フリーライター

 二月中旬。このあたりの季節が、一年のうちで心身ともにどん底という人も多いとおもう。

 毎日、超起きられない。午後二時くらいにぼんやりと目が覚め、布団から抜け出すまで二時間くらいかかった。

 世の中にはもっと超起きることができない人がいるとおもう。今日一日ずっと布団の中から出なかった人もいるだろう。
 そういう人からすれば「二時間で布団から出た? 自慢か?」と不愉快なおもいをさせてしまったかもしれない。

 昨年からクレジットカードを持つようになった。
 おかげで、家から一歩も出ずにキンドルで青山南著『ピーターとペーターの狭間で』(ちくま文庫)を読むことができた。

 探せばどこかにあるはずなのだが、今のわたしには探す気力がないが、ワンクリックで文庫をダウンロードするくらいの財力はある。

 気力を財力で補う。昔の自分にはなかった発想だ。今さらながら、クレジットカードってすごく便利だ。

『ピーターとペーターの狭間で』を読んでいたら「フリーライター」の話が出てきた。

《(フリーライターという肩書きは)以前からもちろん巷でその言葉は口にされていたが、活字として公にするには、どこかうさんくさいかんじがするので、一般には避けられていた。そりゃそうだろう、どこの馬の骨とも知れない奴がコネを駆使して新聞や雑誌に記事を書き、雀の涙ほどのお金を手にするのが、この「フリーライター」だからである》

 青山南自身、「まあ、ぼくもフリーライターのはしくれだから」と断っているので、同業者のみなさま、引用した文章を読んで、腹を立てないように。それに単行本は一九八七年に刊行されている。四半世紀以上前に書かれた文章に文句をいっても、書いたほうはおぼえていないだろうし、考え方も変わっているだろうし、変わっていなくても、いやがるだろうから、怒らないように。

 問題はそこではなくて、「フリーライター」という言葉は和製英語で、そのままだと(1)ひまな物書き(2)無料で書く物書き——という意味になるそうなのだ。
 で、「フリーランスライター」か「フリーランサー」なら誤解されないと。

 勉強になったが、わたしは和製英語を認めない論者ではない。「フリーライター」でいいじゃないか。どこの馬の骨かわからない物書きでいいじゃないか。

 ひまだったので無料で書いた。

2014/02/10

中立派の愚痴

 十六年ぶりの大雪と書いたが、その後、二十年ぶりとなり、四十五年ぶりになった。

 アンディ・ルーニーの『人生と(上手に)つきあう法』(井上一馬訳、晶文社)所収の「共和党派か民主党派か」というコラムを読む。

 ルーニーが、共和党派でも民主党派のどちらも支持していないというと、共和党派の友人からは「分別を失った」とおもわれ、民主党派の友人からは「裏切った」といわれる。

 彼は、政党に関係なく、いかなる支持票を投じない——。

《それどころか、だれであろうと現職の大統領には私は反対なのである》

 アメリカでこうした意見がどのくらい問題発言なのかはわからない。

《私は自分の中立性に対する直観を信用している。私はハト派に対してもタカ派に対しても中立である》

 彼はリベラル派な人は性善説、保守派は性悪説をとっていると分析する。
 性善説の人は「貧乏人と無学な人間は不平等な制度の犠牲者であり、その人たちの環境は自分たちが手を差しのべれば、改善されると信じている」という。
 性悪説の人は「彼らは貧乏人に対して無感覚というわけではなく、貧乏人は働こうとしないから貧乏なのだと考える傾向がある」という。

 ルーニーはその考えのどちらにも与しない。
 何よりも中立性を重視する。中立性はバランスといいかえてもいいかもしれない。

 アメリカの話ではあるが、日本にもどっちつかずというか、はっきりした主義主張が苦手な人は一定数いる。

 だからこそ、こうおもう。

 中立派の気分を害しても何の得もないぞと。無理矢理説得しようとすれば、ヘソを曲げる可能性のほうが高いぞと。無知な愚民扱いされたら、あんたの支持する候補者にだけは入れないと決意するぞと。
 みんながみんな、政治に無関心とは限らないぞと。どっちつかずの立場を否定する人と話すのが面倒くさいとおもって、へらへらしているだけかもしれないぞと。

 中立派は、改心はしないが、譲歩はする。
 政策の是非は別にして、より寛容かつ慎重な姿勢を見せてくれそうな候補者(陣営)に一票を投じようとおもっている人は少なくないだろう。

 どちらかといえば、わたしもそうだ。

2014/02/09

贋作曲家

 東京は十六年ぶりの大雪。午前中に西部古書会館の「大均一祭」に行く。寒い。
            *
 目利きの話の続きを書いていたら、自称・耳が聴こえない作曲家と代作者の騒動が起こった。

 素人は素人なりに、いい曲とそうでない曲の聴き分け方がある。
 おぼえやすい曲、印象に残る曲は(素人にとって)いい曲だ。玄人からすれば、単にわかりやすい曲だということになるのかもしれない。わかりやすい曲=優れた曲とは限らない。

「現代のベートーベンが作った曲だ」といわれて、うっかり信じてしまう。「このワインは、×万円」といわれたら、なんとなく「うまいのかな」とおもってしまうのも似たようなものだろう。

 逆にいえば、プロの耳もアマチュアの耳もだませるような「贋物」だったら、それはたいしたものだ。
 事の顛末が明らかになっても「やっぱりいい曲だ」とおもえるのなら、代作者の才能は「本物」だったということになる。

 とはいえ、昔も今も、音楽が曲のよさだけが評価されることは稀だ。歌手やバンドの力量(外見も含む)にも左右されるし、聴き手は歌い手や作り手側の物語込みで音楽を聴く。

 わたしの場合、古本や中古レコードにたいし、「苦労してやっと見つけた」という感激をその評価に加えてしまう。作品のよしあしではなく、稀少価値があるかどうかに左右されやすい。
 コレクター以外にはどこがいいのかわからない印刷したカードでも「レア」であれば、高額で取引される。

 耳が聴こえない(フリをしている?)独学の作曲家は、学校で地道に勉強してきた作曲家よりも「稀な存在」だ。耳も聴こえず、譜面も読めないのに、交響曲が作れたらそれこそ「奇跡」だ。
 わたしはそれをありがたがってしまう人を否定できない。

 後からおもえば、贋作曲家の能力を試す方法はいくらでもある。
 クラシックの名曲のスコアを見せて誰の曲かを当てさせる。
 プロの作曲家ならすぐわかるだろう。
 譜面が読めないとわかったら、もっと早く協力者(代作者)の存在に気づいたはずである。

 十八年もバレなかったことが、いちばんの「奇跡」だとおもう。

2014/02/05

失敗の回数券

 起きたら室温が十度以下。コタツの上に電気コンロを置いて、やかんで湯をわかす。沸騰したら止め、湯気がおさまったら、またわかす。
 豆腐+しょうがの汁もの生活は続く。最初はうどん、その後つゆを足して雑炊にする。阿佐ケ谷の沖縄料理の店で沖縄そばの濃縮つゆを買ったのだが、ちょっと味が足りないとおもったときの抑えの切り札として使っている。

 新刊、吉田康弘著『組織で生き残る選手 消える選手』(祥伝社新書)を読む。

 吉田康弘は平均引退年齢26歳のJリーグで39歳(現役引退は41歳)までプレーした選手である。

 現役時代は、監督のゲームプランやチーム事情に対応することを優先し、キーパー以外のポジションはどこでもやる準備をしていた。

 鹿島アントラーズに入団時、吉田選手はジーコと同じポジションだった。ポジションを奪うのはほぼ不可能——“サッカーの神様”に勝てるのは「運動量」くらいしかない。
 そこで吉田選手は、監督がもっとも使いたい選手(=ジーコ)を助けられる選手になろうと考える。そうすれば、出場機会が増える。

 そのためには何をすればいいのか?

 組織の中での生き残り方について書かれた本だけど、フリーランスの処世にも通じる気がする。
 とくに第4章の「モチベーションの維持」は読ませる。

《失敗は回数券のようなもの、と私は考えています。たとえば、10回失敗すると、1回成功がついてくる、など。つまり、成功の確率を上げるためには、分母(失敗の回数)を大きくしなければいけないのです》

 失敗することによって、うまくいかないことを発見する。その発見を収穫と考えられる発想の柔軟さが吉田選手の強みだったとおもう。海外のメンタルトレーニングに関する翻訳書も読んでいたという。

 現在、吉田康弘は横河武蔵野FC(JFL)の監督。
 武蔵野市のチーム。
 応援しようかな。

2014/02/03

目利きの話 その三

 東京の最高気温一八度。四月上旬並の気温らしい。

『目利きのヒミツ』を再読し、その中の言葉が、自分がおもっている以上に深く残っていたことに気づいた。

「真贋の奥に見える生きもの」というエッセイで焼物の話が出てくる。

《たとえば焼物の良さというのは、いちど自分の手で焼いてみないことはその本当の良さがわからないような気がする》

 なんてことのない文章だが、今回読んで、うーんと考え込んでしまった。たぶん、前に読んだときも、そうだったとおもう。

 焼物を作る。何でもない色でもこの色を出すことがむずかしい。
 赤瀬川原平は「そういうことはいちど自分の手でやってみて失敗を重ねて、やっと実感できることである」という。

 焼物にかぎらず、あらゆる創作、演芸、スポーツなどにもいえる。
 何だって見るのとやるのは大違いだ。

 野球を観ていて、ピッチャーの失投、野手のエラー、打者の凡打にヤジを飛ばす。
 当たり前だけど、自分がその場所にいて、それができるかといえばできない。しかし「プロでお金もらっているんだから、できて当然」と考える。
 では、自分はまったくミスをしないかといえば、そんなことはない。しょっちゅうある。

 世の中には焼物を作ったことはないが、焼物の良さがわかる人がいる。
 赤瀬川原平は「おそらく見ることの集積が、それを作る作業の感覚にまで染み込んでいって、知識が実感にまで重なることがあるのだろう」と推測する。

 焼物のむずかしさを知らずに焼物を批評するようなことをよくやってしまうなと『目利きのヒミツ』を読んで痛感した。

 テレビに出ている芸人を見て「つまらない」とおもったり、プロ野球選手のエラーを「ヘタクソ」とおもったりする。そうおもう自分はその舞台やグラウンドに立つことのむずかしさをわかっていない。

 誤解してほしくないのは「自分ができないくせに何もいうな」といいたいのではない。

《やっぱり身銭を切らないと物は見えてこないのはどの世界も同じようで、お金を媒介としてその物との関わりが一段と深まる》

 この文章も読みながら、うーんと考えさせられてしまった。

 今は「見ることの集積」という言葉の重さと深さに困惑している。

(……続く)

2014/02/02

目利きの話 その二

『目利きのヒミツ』をはじめて読んだとき、三十二歳の自分はどんな感想を持ったのか、よくおぼえていない。

《じっさいにやってみれば考えが変ることもあるのに、そんな「いいかげんなこと」は信じられない》

 当時のわたしは簡単に考えを変えることは無責任だとおもっていたし、ぶれることはいけないとおもっていた。
 同時に本ばかり読んでいて、経験が足りていないというおもいもあった。
 ただ、頭もからだも急激な変化はよくない。だから「徐々に」「ほどほど」といった感覚が必要だ。

 そもそも頭とからだを分けて考えるのは頭の発想である。

 疲れには、体の疲労と心労がある。たぶん単純に分けることはできない。体の疲れが心の疲れにつながることもあれば、その逆もある。
 思考は体調に左右される。

『目利きのヒミツ』は、すぐよこ道に逸れる。理路整然とは逆だ。赤瀬川原平は、オウムの原稿を書いて、ゲラで読んでがっかりし、はじめから書き直したという。わかりきったことを大マジメに書いてしまったと反省している。
「オウムの頭と体」はそうした経緯を経て綴られた文章である。

《体にとっていいばん警戒しなければいけないのは頭の観念世界で、体はそんな頭を上に乗せているから困るのである。頭だけで観念世界をいじるならいいが、そうはいかない。観念が膨張をはじめると、それを乗っけている体は動かなくなり、それがつづくと体は観念に吸い込まれて骨抜きになる》

《ヨガとか座禅とか瞑想とかいうものには、体の教養主義を感じる。思い過ごしだといいんだけど》

《文化というのはたんに出来上がった絵画や文学というだけのものではない。それは結果の話であって、むしろそれ以前の生活の中でユトリの部分、ショックアブソーバー。頭ではムダだと思われながら体がどうしても欲しいもの。自分に合った物や事柄への愛着。(中略)つまりむずむずする体が文化の母胎としてあるわけで、頭はというともちろん科学である》

 赤瀬川原平は、オウム信者のバランス感覚や身体感覚のなさを指摘する。
 オウムに限った話ではない。わたしもそうだが、知識や情報に比重を置きがちな現代人は、多かれ少なかれ「体」が「観念」に支配されている。
 スポーツや武術をやっている人でさえ、理論や理屈で体をコントロールしようとする傾向がある。

(……続く)

目利きの話 その一

 二月。あいかわらず、毎日しょうがを入れたうどん、みそ汁を食う。散歩が仕事の日々。

 気分転換に赤瀬川原平著『目利きのヒミツ』(光文社知恵の森文庫)を再読した。
 文庫化されたのが二〇〇二年の秋で刊行後すぐ読んで、すごく興奮したことをおぼえている。
 とくに「現代美術と鼻の関係」は、内容を忘れていたけど、読み返して、何度もうならされた。この先、何年かに一回読む本になりそう。

《頭が回転をはじめる前の、感覚が野放しだったころの自分の表現というものがある。その感覚がいまはなくなり、それじゃ頭の回転のせいなのかどうかはわからないが、とにかくかつてのその自分の感覚にあやかろうとして、頭でそれを追いはじめる》

 理論や理屈が、感覚よりも優先される。文章の話でいえば、細かな言葉づかい——そういう表現は避けたほうがいいといったルールに縛られる。
 ただ、ルールを優先しすぎると自分の感覚を弱らせてしまうことにもなりかねない。

 食べていかなきゃいけないとおもって、わたしもそれなりに文章技術のようなものを身につけようとしたし、それが役に立っているところもあるのだが、「感覚が野放しだったころの自分の表現」はできなくなってしまった。
 この十年くらい、感覚の表現に関してはずっとリハビリ中だ。

「現代美術と鼻の関係」では、頭は計算できるが、感覚は計算できないという話をしている。

「オウムの頭と体」もその延長にあるのだが、時事問題を語りながら、それが芸術論になっている。
 昔は太字の万年筆に抵抗があったが、今はちがう。いつの間にか自分の好みが変わっている。そんな話をしていたかとおもえば、次のような文章が出てくる。

《若いころは自分の体内にムダな神経質を養っているもので、考えても仕方ないことまで深く考えてしまう。じっさいにやってみれば考えが変ることもあるのに、そんな「いいかげんなこと」は信じられない。どうしても最初の考えに閉じ籠ろうとする》

 わたしも初志貫徹や一貫性をいいものだと考えていた。自分だけでなく、他人にもそれを期待してしまうから質が悪い。

(……続く)