今年は秋花粉、けっこうひどいかも。漢方でどうにか症状はおさえつつ、月末の仕事をのりきる。中島らもは月四十三本エッセイを書いていたという話を読んだことがあるが、ちょっと考えられない。執筆量だけでなく、それだけ仕事があることも。
自分のペースでできることをやるしかない。疲れをためないこと。
夕方、散歩。毎日三十分は歩くことにしている。
すこし時間ができたので、漫画を読む。
佐々大河『ふしぎの国のバード』(現在一巻まで、ビームコミックス)は、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』の漫画化。バードが日本に来たのは一八七八年、四十六歳のときだが、漫画だと、ちょっと(かなり?)若いかんじで描かれている。一巻では横浜から日光まで。これは完結まで追いかけることになりそう。
あと岩本ナオ『雨無村役場産業課兼観光係』(全三巻、フラワーコミックスα)も読んだ。二〇〇八年に刊行された漫画なのだが、この作品のことは知らなかった。
主人公は、東京の大学を出て、生まれ故郷の村役場に就職。郷里は「山岡県」となっているが、岡山だろう。のどかさと息苦しさがまざりあったかんじが絶妙に描かれている。
2015/07/21
酷暑の日々
連日、最高気温三十五度、室温もずっと三十度以上、さすがにしんどい。ノートパソコンがすぐ熱くなる。すごくくしゃみが出る。花粉症の薬(漢方)が効いたのだが、薬を飲んで四、五時間経つと、またくしゃみが止まらなくなるかんじは、完全に秋の花粉症っぽい。たぶん、そう。
日曜日、昼、荻窪。古本屋をまわって、タウンセブンで食材などを買う。夜は下北沢のモナレコードで中村まり、パイレーツ・カヌーのライブを見に行く。超満員。いい音を浴びまくって、元気になる。今、パイレーツ・カヌーは、アメリカと京都の遠距離バンドになっている。
ライブのあと、Bar森でちょっとだけ飲む。
昨日、今日と仕事部屋の本の入れ替え。汗だくになる。
すこし前に飲み屋で、オ−トバイの話になって、あだち充は『750ライダー』の石井いさみのアシスタントだったという蘊蓄を披露するも、だんだん自信がなくなってきて、勘違いだったらどうしようと焦る。さっきウィキペディアで調べたら、いちおうそれらしい記述があって、一安心。ここ数年、おもいこみ勘違い蘊蓄を語って、恥をかくことが多い。気をつけたい。
日曜日、昼、荻窪。古本屋をまわって、タウンセブンで食材などを買う。夜は下北沢のモナレコードで中村まり、パイレーツ・カヌーのライブを見に行く。超満員。いい音を浴びまくって、元気になる。今、パイレーツ・カヌーは、アメリカと京都の遠距離バンドになっている。
ライブのあと、Bar森でちょっとだけ飲む。
昨日、今日と仕事部屋の本の入れ替え。汗だくになる。
すこし前に飲み屋で、オ−トバイの話になって、あだち充は『750ライダー』の石井いさみのアシスタントだったという蘊蓄を披露するも、だんだん自信がなくなってきて、勘違いだったらどうしようと焦る。さっきウィキペディアで調べたら、いちおうそれらしい記述があって、一安心。ここ数年、おもいこみ勘違い蘊蓄を語って、恥をかくことが多い。気をつけたい。
2015/07/14
香川で
十二日(日)、朝から神戸に行って、三宮からジャンボフェリーで高松へ(だいたい四時間半)。二時間くらい寝て、うどんを食って、船内うろうろして、テレビで野球を観ているうちに高松港に到着——。
高円寺界隈の飲み友だちの福田賢治さんが、香川に引っ越して(といっても、しょっちゅう高円寺に来て飲んでいるのだが)、「近所に温泉がある」というので遊びにいった。港まで車で迎えに来てもらい、讃州堂書店に行って、へちま文庫、仏生山温泉、四国食べる商店(酒場)などを案内してもらう。
前に、仏生山界隈におもしろい店がいろいろできていると聞いていたのだが、想像以上だった。そのあと福田家で飲む。次々とごちそうが出てくる。
朝六時くらいに目がさめてしまったので近所を散歩する。地図を作りながら(曲り角に目印をつけるだけ)、仏生山公園に行く。そのあと福田一家とカフェ・アジールで朝ごはん。船で豊島(「てしま」と読む)に行く。電動アシスト自転車を借りて、美術館に寄って、途中、ビールを飲んだりして、島を一周(したのかどうかわからない)。ここ数年、瀬戸内海の島に行くのは念願だった。
再び、高松に戻ってBOOK MARUTEに行く。それから瓦町界隈で飲んで(名前は伏せるが、うまくて安い店だった)、また仏生山温泉に入って、さらに家飲み。近所に温泉がある暮らしというのは夢のようだわ。
今日、高松空港からジェットスターで東京に帰る(東京−高松で五千円くらい)。
機内に持ち込める荷物は七キロまでなのだが、重さ測ったら八キロ弱。わずか一キロ差で荷物代が+二千円くらいかかるというので、一キロ減らそうと、みやげの調味料(醤油など)か古本を置いていくかどうか悩んでいたら、「ポケットに入れば大丈夫」といわれ、鞄の中の重そうなものを約一キロ分、ズボンとシャツのポケットに無理矢理入れて、どうにかクリアーした。今後、格安飛行機で帰るときは古本を買いすぎないよう気をつけたい(もしくは本は宅配便で東京に送る)。
成田からバスで東京駅。八重洲地下街でコーヒーを飲んで、日本橋から東西線で高円寺帰る。京都も高松も猛暑だったが、あまり疲れていない。高松滞在中、至れり尽くせりだったからか。
楽しすぎて、これから仕事に気持を切り替えるのがちょっとしんどい。
高円寺界隈の飲み友だちの福田賢治さんが、香川に引っ越して(といっても、しょっちゅう高円寺に来て飲んでいるのだが)、「近所に温泉がある」というので遊びにいった。港まで車で迎えに来てもらい、讃州堂書店に行って、へちま文庫、仏生山温泉、四国食べる商店(酒場)などを案内してもらう。
前に、仏生山界隈におもしろい店がいろいろできていると聞いていたのだが、想像以上だった。そのあと福田家で飲む。次々とごちそうが出てくる。
朝六時くらいに目がさめてしまったので近所を散歩する。地図を作りながら(曲り角に目印をつけるだけ)、仏生山公園に行く。そのあと福田一家とカフェ・アジールで朝ごはん。船で豊島(「てしま」と読む)に行く。電動アシスト自転車を借りて、美術館に寄って、途中、ビールを飲んだりして、島を一周(したのかどうかわからない)。ここ数年、瀬戸内海の島に行くのは念願だった。
再び、高松に戻ってBOOK MARUTEに行く。それから瓦町界隈で飲んで(名前は伏せるが、うまくて安い店だった)、また仏生山温泉に入って、さらに家飲み。近所に温泉がある暮らしというのは夢のようだわ。
今日、高松空港からジェットスターで東京に帰る(東京−高松で五千円くらい)。
機内に持ち込める荷物は七キロまでなのだが、重さ測ったら八キロ弱。わずか一キロ差で荷物代が+二千円くらいかかるというので、一キロ減らそうと、みやげの調味料(醤油など)か古本を置いていくかどうか悩んでいたら、「ポケットに入れば大丈夫」といわれ、鞄の中の重そうなものを約一キロ分、ズボンとシャツのポケットに無理矢理入れて、どうにかクリアーした。今後、格安飛行機で帰るときは古本を買いすぎないよう気をつけたい(もしくは本は宅配便で東京に送る)。
成田からバスで東京駅。八重洲地下街でコーヒーを飲んで、日本橋から東西線で高円寺帰る。京都も高松も猛暑だったが、あまり疲れていない。高松滞在中、至れり尽くせりだったからか。
楽しすぎて、これから仕事に気持を切り替えるのがちょっとしんどい。
京都で
十一日(土)、sumusトークショーのため、京都へ。出町柳まで出て、古書善行堂、ホホホ座、メリーゴーランドをまわって会場の徳正寺に。
わたしが『sumus』の同人になったのは三号、二〇〇〇年の春から。三十歳のときだ。岡崎武志さんから『sumus』の創刊号と二号はもらっていて、「この雑誌で自分は何をすればいいのか」とすごく悩んだ。
同人はみな読書家、さらに怖い読者がついている——。いっぽう、わたしは半失業中で、アルバイトをしながら、古本やレコードを売って、どうにか食いつないでいる身だった。しかしそういう境遇だからこそ書けるものがあるはずだと……。
同人になって、メンバーの中で自分のできることを探したことは得難い経験だったとおもっている。
それから依頼された仕事をこなすだけでなく、どこかで自分の書きたいものを書いていかないとダメだとおもうようになった。もちろん、自分のやりたいことだけやろうとしても、なかなかうまくいかない。たぶん、それだけでは食っていけない。
趣味と仕事の比率みたいなものがあるとすれば、すこしずつ自分の好きなことの比率を上げていくこと。もっとも「無理かな」とおもうような仕事でもやってみたら、けっこう楽しかったということもある。
……というようなことは、トークショーでは喋っていない。暑くてちょっとぼーっとしていた。
この十年くらいのあいだに、南陀楼綾繁さんは一箱古本市をはじめたり、山本さんは古本屋になったり、いろいろ変化があった。わたしも参加していなかったら、今、本にかんする文章を書いていたかどうかわからない。
二次会のち、岡崎武志さんが忘れたシャツを届けにディラン・セカンドに行く。そのあと扉野さんともう一軒、楽しくなって飲みすぎる。
わたしが『sumus』の同人になったのは三号、二〇〇〇年の春から。三十歳のときだ。岡崎武志さんから『sumus』の創刊号と二号はもらっていて、「この雑誌で自分は何をすればいいのか」とすごく悩んだ。
同人はみな読書家、さらに怖い読者がついている——。いっぽう、わたしは半失業中で、アルバイトをしながら、古本やレコードを売って、どうにか食いつないでいる身だった。しかしそういう境遇だからこそ書けるものがあるはずだと……。
同人になって、メンバーの中で自分のできることを探したことは得難い経験だったとおもっている。
それから依頼された仕事をこなすだけでなく、どこかで自分の書きたいものを書いていかないとダメだとおもうようになった。もちろん、自分のやりたいことだけやろうとしても、なかなかうまくいかない。たぶん、それだけでは食っていけない。
趣味と仕事の比率みたいなものがあるとすれば、すこしずつ自分の好きなことの比率を上げていくこと。もっとも「無理かな」とおもうような仕事でもやってみたら、けっこう楽しかったということもある。
……というようなことは、トークショーでは喋っていない。暑くてちょっとぼーっとしていた。
この十年くらいのあいだに、南陀楼綾繁さんは一箱古本市をはじめたり、山本さんは古本屋になったり、いろいろ変化があった。わたしも参加していなかったら、今、本にかんする文章を書いていたかどうかわからない。
二次会のち、岡崎武志さんが忘れたシャツを届けにディラン・セカンドに行く。そのあと扉野さんともう一軒、楽しくなって飲みすぎる。
2015/07/08
ここ数日
日曜日、阿佐ケ谷よるのひるねで世田谷ピンポンズのライブ。新しい曲、歌いこまれているかんじだった。大学時代に作ったという曲もよかった。喋っているときと歌う声がぜんぜんちがう。やっぱり、生で観るとおもしろい。
月曜日、コクテイルで世田谷さんと飲む(この日、別件で午後五時から飲んでいた)。ペリカン時代でハシゴ酒、翌日午前三時まで。もしかしたら、余計なことをいったかもしれないが、軽く受け流してもらたい。
火曜日、七夕。赤旗の書評、『本の雑誌』の連載、sumusトークライブのときに出品する古本の値付けなどをした後、また飲む。プレゼントは西部古書会館で買った本ではない何か。
このところ、ずっと飲むか仕事するかの二択の日々だ。単行本を作っているあいだは、(ずっと神経がひりひりしたかんじで)余裕がなく、なるべく人と会う約束その他をしないようにしていた。あちこちに不義理を重ねた。同業者の中には、いつでも変わらず、気さくな人もいる。慣れもあるのかもしれないが、慣れるほど本を出していない身としては、この件に関しては改善される見通しが立っていない。
月曜日、コクテイルで世田谷さんと飲む(この日、別件で午後五時から飲んでいた)。ペリカン時代でハシゴ酒、翌日午前三時まで。もしかしたら、余計なことをいったかもしれないが、軽く受け流してもらたい。
火曜日、七夕。赤旗の書評、『本の雑誌』の連載、sumusトークライブのときに出品する古本の値付けなどをした後、また飲む。プレゼントは西部古書会館で買った本ではない何か。
このところ、ずっと飲むか仕事するかの二択の日々だ。単行本を作っているあいだは、(ずっと神経がひりひりしたかんじで)余裕がなく、なるべく人と会う約束その他をしないようにしていた。あちこちに不義理を重ねた。同業者の中には、いつでも変わらず、気さくな人もいる。慣れもあるのかもしれないが、慣れるほど本を出していない身としては、この件に関しては改善される見通しが立っていない。