昨年の暮れ、小池一夫原作・神江里見作画『弐十手(にじって)物語』の電子書籍の格安セールがあって全百十巻をまとめ買いした。まとめ買いから半年くらいになるが、まだ読み終わらない。『週刊ポスト』で一九七八年三月から二〇〇三年十一月まで四半世紀以上にわたって連載された長編漫画である。
この漫画に「三余」という言葉が出てくる(第四巻「五猿の女」/第十一話「三友三余」)。冬(歳の余)、夜(日の余)、陰雨(時の余)——読書に適した三つの時を意味する。正史『三国志』の魏の董遇の言葉である。
『弐十手物語』では「われら十手者にとっては絶対にめぐり来ぬときぞッ」と「三余」について大岡越前が八丁堀の同心(主人公)に語る。
小池一夫原作の漫画は作中の蘊蓄が面白い。「赤猫」が放火の隠語というのもこの作品で知った。しかし『弐十手物語』は長すぎる。途中で主人公も変わる。続編もある。わたしは「三余」ありの身なのだが、なかなか読み終わらない。
木曜昼、新中野散歩。高円寺東公園から桃園川緑道を歩いて青梅街道のスーパーの三徳、スギ薬局、肉のハナマサ。スギ薬局は菓子やインスタント麺が充実している。阿佐ケ谷店も新中野店もおにぎりせんべいの銀シャリが売っている。肉のハナマサから住宅街を通る。銭湯の煙突が見える。照の湯。はじめて見た。
高円寺東公園——新宿の都庁と代々木のドコモタワーの先端部らしきものが見える。翌日の夜、高円寺東公園に行き、光るドコモタワーを確認した。高円寺周辺の路上でドコモタワーが見える場所は少ない。スカイツリーはけっこう見える。
新中野からの帰り道、ひさしぶりにもみじ山通りを歩く。坂がいい。もみじ山通りも鎌倉街道かもしれない道である。もみじ山公園から中野駅。中野のカルディでベルギーのビールを二本買う。
四季の森公園を通り、高円寺に帰る。二時間くらい歩いた。靴底が平らな軽いウォーキングシューズだと足が疲れない。雨の日用の防水靴だと一時間も歩かないうちに足が怠くなる。疲労感がまったくちがう。靴のせいなのか、天候のせいなのか。
最近、万葉集に興味を持ち、飛鳥時代から奈良時代の歴史の本を何冊か読んだ。
万葉集、生老病死を詠んだ歌が多い。山上憶良は貧困についても言及している。年をとると周囲に厭がられ嫌われてつらいといった感じのことをぼやいている。千三百年くらい前の人も今の人もあまり変わらない。私小説を読んでいるときの感覚に近い。
高円寺図書館で借りた山上憶良の本が面白かったのでインターネットの古本屋で注文した。山上憶良、奈良時代の人だが、七十四歳まで生きている。大伴旅人も気になる。
古代から中世にかけて、しょっちゅう内乱があり、中央集権の社会になり、権力が強まると一時の安定期を迎えるが、やがて腐敗し、再び乱世になる。飢饉も起きる。さらに地震などの災害が起きると社会不安が高まる。
平安時代や鎌倉時代も平和な時期があった。しかし天下太平は続かない。旧体制に不満を抱く新興勢力が出てくる。
時代の変わり目に文芸はどのような表現をしてきたのか。個人の心理にも世の中、時代の影響は深く刻み込まれている。