2026/07/13

アド・ホック

 急に暑くなる。不規則睡眠はまだ続いている。昨日、東高円寺散歩。蚕糸の森公園に人工の滝があって、その近くはちょっと涼しい。高円寺駅南口広場の小さな池にも滝っぽいものがあって、そこも涼スポットである。水の音を聴くと頭がすっきりする。

 十一日(土)、午後三時すぎ、西部古書会館の均一古本フェスタ(初日二百円)に行く。買い過ぎないよう、カゴを持たずに館内を回る。『世田谷の古道に沿って…瀧坂道・大山道・登戸道・筏道』(財団法人せたがやトラスト協会、一九九二年)、村松昭の散策絵図シリーズ『高尾山絵図』(聖岳社、一九八二年)、『玉川上水散策絵図 30キロの史跡緑道』(聖岳社、一九八七年)、『野川散策絵図』(ベースボール・マガジン社、一九八九年)が買えたのは大収穫。古書会館に入って最初の一周目は散策絵図シリーズを見落としていた。精算前になんとなく中央の列の棚が気になって、じっくり見たら散策絵図シリーズがあった(背表紙が見えない状態で積んであった)。古本勘が冴えていた。でも一周目ですぐ気づかなかったのは反省点である。

 村松昭は一九四〇年千葉生まれの鳥瞰図絵師。『多摩川散策絵図 源流から河口まで』(聖岳社、一九八六年)に感銘を受け、他のシリーズも入手したいとおもっていた。『玉川上水散策絵図』は一番欲しかったパノラマ地図である。

 夜八時、大和町の仕事部屋に寄ってから中野まで散歩する。ヨークフーズの中野店でだしまろ酢などを買う。常備菜はだし酢で炒めている。四季の森公園、人がいっぱいいた。犬の散歩をしている人が多い。

 加藤秀俊著『続・隠居学』(講談社、二〇〇七年)を読む。『隠居学 おもしろくてたまらないヒマつぶし』(講談社、二〇〇五年)の続編。『隠居学』は講談社文庫に入ったが、『続・隠居学』は文庫化していない。

 加藤秀俊は一九三〇年四月生まれ。二〇二三年九月没。享年九十三。『隠居学』では、小学生のころから隠居の身分に憧憬の念を抱いていたという。

《とりわけ「隠居」という気楽な身分になってみれば、あんまり有用だの実用だのといったことにかかわる必要なんかない》(『隠居学』あとがきより)

『続・隠居学』の「思いつき主義」はジャズの即興の話から「アド・ホック」について論じている。「アド・ホック」は「その場だけの」といった意味である。

《「アド・ホック」といえばお芝居などの「アド・リブ」というのもまったく語源はおなじ。ちゃんと台本どおりにセリフをいうだけが役者の能じゃない。その場の思いつきで咄嗟のひとことが芝居に色をそえる。漫才の台本作家、秋田実先生に二、三回お目にかかったことがあるが、いや、台本なんてのは心おぼえみたいなもの、その日の客をみてアド・リブで気の利いたギャグが連発されなきゃ漫才じゃない、といったようなことを力説なさっていた》

『続・隠居学』は「因果の証明」の章もよかった。今の世の中、何でも「科学」で説明できると考える人が多い。

《人間というのはなかなかに複雑にできているから、その行動や思考をつねに「原因」「結果」でキレイに解明することは不可能なのである》

 人間の体は個人差があり、「無限の変数」が働いてるのでそう簡単には説明できない。何事も計算通り、思い通りにならない。そこに人間の面白味がある。

 意味があるのかないのか。役に立つのか立たないのか。そういったこともすぐには証明できない。
 わたしも職業上どうしても「お金になる/ならない」という思考に縛られている。自分の隠居への憧れは、有用無用の縛りから自由になりたい——という気持があるのかもしれない。

 十二日(日)も西部古書会館に行く。二日目(一冊百円)で買った古本の話はいずれまた。

2026/07/10

どうでもいい話

 九日(木)、夕方、駅前の青果店でヒラタケを買う。いつも買うシメジの倍以上の量で百円だった。パッケージをよく見たら、小さく(シメジ)と記されている。「ヒラタケとシメジは同じなのか?」とおもって家に帰って調べたら、シメジ(シメジ科)とヒラタケ(ヒラタケ科)は別種のキノコだった。一九七〇年代〜八〇年代あたりにかけて、人工栽培されたヒラタケをシメジとして売っていた時期があり、現在も「ヒラタケ(しめじ)」と併記することがあるそうだ。ヒラタケを「寒茸」と呼ぶ地域もある。

 夜七時半、馬橋公園を通り、中野区若宮まで散歩。マルエツ中野若宮店でたまごサラダパンなど。空は藍色、西の空にかなり明るい宵の明星が見えた。風が気持いい。帰りは妙正寺川沿いの道を歩いた。

 柴田練三郎著『どうでもいい事ばかり』(集英社、一九七四年)を読む。柴田練三郎は一九一七年三月生まれ。一九七八年六月没。享年六十一。この本、一篇ごとに岩田専太郎の挿絵が付いている。贅沢である。本の最後に「この雑文が上梓される直前、岩田専太郎氏が急逝された。痛恨とは、まさにこのことである」と書いてあった。

 岩田専太郎は一九七四年二月十九日になくなっている。享年七十二。
 そのころ松本清張が「西海道談綺」を『週刊文春』に連載していて、その挿絵も岩田が担当していた。

『どうでもいい事ばかり』の目次を見ていたら「東海道五十三次について」というエッセイがあった。

《私は、幾年か前、必要あって、東海道五十三次(正確にいえば、お江戸日本橋と京都三条大橋を加えれば、五十五次だが)を丹念に、旅をして歩いてみたことがある》

 柴田練三郎も街道作家だった。五十三次の「次」は宿場から宿場へ、人や物を「継ぐ」という意味がある。日本橋と京都三条は始点と終点のため、五十三次に含めなかった。あと鎌倉時代の東海道は六十三次(六十余次)あり、江戸時代の東海道と経路もちがう。鎌倉時代は箱根ではなく、足柄越えだった。
 杉並区内も「鎌倉道」が通っている。近所の散歩でも歴史を学ぶ機会はけっこうある。

 それはさておき同書の巻頭の「小さな事件について」にこんな一節があった。

《「どうでもいい」とは、今晩飲もうか、というさそいに対する返辞にもなるし、選挙の際、どの党派の候補者に一票を投じようかとまよった挙句の気持にもなるし、生きるべきか死すべきか、という最も重大な瀬戸際に立たされた時の、考えつかれたすてばちな心情をも表現している》

 わたしも「どうでもいい」とおもうことは多い。「小さな事件」はニュースで知っても翌日には忘れてしまう。世間を揺るがすような大事件でさえ、一週間もしないうちに他の話題に関心が移る。何か発信しようと考えているうちに「どうでもいい」という気分になる。わたしの関心事は大多数の人にとって「どうでもいい事ばかり」であり、世の中は「どうでもいい」の集積で出来ている。

 この日、ヒラタケを使った塩焼きそばと中華風のスープを作った。

2026/07/03

天気痛

 雨の日はいつもとちがう時間に眠気が起きやすい。睡眠時間がズレる。妙な夢を見る。そういう研究があるのかどうか。

 中野区大和町の仕事部屋の掃除中、横尾忠則著『彼岸に往ける者よ』(文藝春秋、一九七八年)の背表紙が目に飛び込んできたので再読する。
 横尾忠則は一九三六年六月二十七日生まれ。つい先日、九十歳になったばかり。
 適当に開いた頁(日記)に「天気が悪い(梅雨)せいか頭が痛い」という一文があった。日付は六月二十八日。刊行年と同じ年と考えると四十二歳。当時の横尾忠則は不眠に悩んでいた。

 日記は愚痴が面白い。横尾忠則は自身の日記を「エゴのゴミ箱」といっている。

 わたしも雨の日、頭痛+船酔いみたいな感じになることがある。あと肩こりもひどくなる。今は右の手首が痛い(湿布を貼っている)。

 梅雨の時期、頭痛や肩こりになるのは低気圧、高湿度など、天候不順のせいだろう。内耳(耳の奥)が気圧の変化を感知しやすい人がいる。
 そういう人は低気圧のときに調子を崩しやすい(症状の軽重には個人差がある)。「天気痛」という呼び名もある。

 湿度が高いと体内の水分が汗として蒸発しないせいで血行不良になる。これが疲れや怠さにつながる。肩こりもそう。

 散歩のとき、メッシュのウォーキングシューズを愛用しているのだが、雨の日は防水仕様の靴を履いている。いつもの靴ではないから、足が怠くなるのかとおもっていたのだが、気圧や湿度が原因かもしれない。

 このブログで高円寺周辺の路上から東京スカイツリーやドコモタワーを探す話をよく書いているが、遠くを見るのは精神衛生によい。ちょっとした気晴らしになる。

 雨の日は視界がよくない。そのことがストレスになっている可能性もある。遠くが見えないかわりに、樹木の多い遊歩道や神社や公園に行く。
 それから川や海など、水辺(ブルースペース)の景色を見ると、頭の疲れがとれたり、緊張が和らいだりする効果がある。
 樹木の揺れ、水面のゆらぎや光の反射などを見ると心が落ち着くという研究もあるようだ。大雨や台風のときに川に行かないように気をつけたい。

 以前、低気圧の片頭痛のときにカフェインを摂取するといい(飲み過ぎに注意)——という記事を読んだ。わたしはやる気がでないとき、疲れがとれないとき、豚のレバー、もしくは鰹や鮪のたたきが食べたくなる。

 夕方、高円寺の庚申通りの豊島屋(前の建物が取り壊されて、通りの奥に移転したばかり)でレバーとカシラの焼き鳥を買う。