寺田寅彦や福原麟太郎の随筆を読んでいると、五十代のころの文章に「老人」感が滲み出ている。
今の時代、五十代は若い……とはいえないが、老人扱いはされない。でも孫がいてもおかしくない年齢である。そのあたりの老いと自意識のズレをどうにか調整したい。
入手難といわれるような古書を格安で買えたとしても、その喜びは長く続かない。買って満足して読まないことがよくある。
だとしたら古書価なんて気にせず、本当に読みたい本だけを買ったほうがいいのではないか。ところが今の自分は何が読みたいのか、買ってみないとわからない。その結果、手当たりしだいに買ってしまい、乱読もしくは積読することになる。何か一つのテーマを掘り下げるような読書ができない。
五十代後半、自分の残り時間について考えない日はない。自業自得とはいえ、自由につかえる時間はあっという間に消えてしまう。
最近の自省したことについて、いくつか書き残しておく。
・酒の席で仕事の話はしない(わたしは酔うと言葉がきつくなる)。とくに気のりしない仕事を断るとき、きつくなる。やんわりと断っても食い下がってくる相手にたいし、そうなる傾向がある。
・気分転換にいつもとちがう味噌を買い、おもっていた味と似ても似つかず後悔する。味噌は常に同じものを買ったほうがよい。
・時代の巡り合わせもそうだが、人間関係もかなりの割合で運に左右される。よい方向に進むこともあれば、その逆もある。不確定な事象を避けてばかりいるとよいことも起こらない。しかし運に振り回されていると自分を見失う。塩梅が大事である。それがむずかしい。
・今の自分の関心事(街道、歌枕、万葉集)について喋りすぎないようにしたい。話はじめると暴走してしまう。何が面白くて何が面白くないかは人それぞれであって、ようするに自分の話ばかりしてはいけない。頭ではわかっている。酒がいけない。
昔から老人の話は長くてくどいといわれているが、わたしもそうなっている。気をつけていてもそうなる。
人の話を楽しそうに聞いて、自分の話は聞かれたときだけ答える。そういう人もいる。
文壇高円寺
2026/08/22
老いの記
2026/08/17
戦中派と缶チューハイ
二〇一二年、夏。素敵なはみだし者たちの公園[ワールド]、缶チューハイ片手の「私」。それは確かに心を震わす夏だった。(本作、帯文より)
8月19日(水)にReadin Writin BOOK STOREさんで、タケダ2000GTさんの『戦中派と缶チューハイ』(虹霓社)の刊行記念&ミニライブのイベントを開催します。
18:30開場/19:00開演
参加費:2,000円(会場・オンラインとも)
ゲストはわたし(荻原魚雷)、南陀楼綾繁さん(ライター・編集者)、西口徹さん(編集者)。進行は古本と肴マーブル蓑田沙希さん。
予約は《日本一走る本屋》Readin Writin BOOK STORE
Readin Writin BOOK STORE
〒111-0042
東京都台東区寿2-4-7(東京メトロ銀座線田原町駅 徒歩2分)
2026/08/12
道のながて
東京に帰ってきた途端、ブタクサの花粉症になる。日曜日くらいからひどい。目がかゆい。九州にいたときは何ともなかったのに。東京はブタクサが減っていると聞いたが、また増えたのだろうか。あと昔は八月の終わりごろだったが、近年、飛散の時期が早くなっている。昨日、雨が降って楽になった。漢方が効いたのか。
八月六日(木)、車で鳥栖駅まで。増岡さんに駅近くのアイスキャンデーの店などがある小さな路地を案内してもらう。二日前も通ったのに気づかなった。
路地の奥にはスナックが何軒かあった。鳥栖駅のうどんもうまいらしい。
鳥栖は毎年「とす長崎街道まつり」を開催している(道でポスターを見た)。
すこし前に川上茂治著『佐賀の街道』(ふるさと社、一九八二年)という街道本を入手していた。郷土史家の街道文献はすごい。歩いている時間がちがう。この本を読み、中原宿を通りかかったときに寄った旅籠の名前を思い出す。
ひとり旅のときはメモをとりながら歩くのだが、今回はしなかった。なりゆきにまかせた。
鳥栖駅周辺、平日昼間に歩いている人や自転車に乗っている人をよく見かけた。町の大きさが徒歩生活に適しているのかもしれない。
このあたりは長崎街道の轟木宿、田代宿の二つの宿場がある。近年の町おこしは「ウォーカブル(歩きたくなる/歩きやすい)」という言葉が鍵になっている。歩く人が増えれば、町に活気が出る。わたしの郷里もそうなのだが、車社会になっても宿場町周辺は徒歩の文化が残っているところが多い。
鳥栖駅から博多駅に行き、新大阪駅までの新幹線(自由席)の切符を買う。それから西鉄の薬院駅に行く。同駅もよりに中野さんの恩師の店のcafe oticotiがある。
oticotiに行く途中、中野さんはコンビニにこもり、店で会う約束をした新聞社のSさんに渡すための映画の資料を作っている。「待ち合わせの時間に遅れそう」とおもいながらも、中野さんがあまりにも真剣だったので声をかけそびれる。
Sさんは店の外で待っていた。Sさんと中野さんは西鉄ライオンズの話で盛り上がっていた。Sさん、音楽もすごく詳しかった。
帰りに「をちこちストーリーズ 遠近話」などの小冊子をもらう。
「遠近話」の「14」に「oticoti」の由来が記されていた。
《漢字で「遠近」と書いて〈をちこち〉と読むんです。お近くの方にはもちろん、遠方からお越しの方にもくつろいでもらえる場所になったらいいな、と思ってこの名をつけました》
『源氏物語』や『更級日記』などの古典に出てくる言葉らしい。わたしは東海圏の出身なので「をちこち」と聞くと両口屋是清の和菓子のコマーシャルが頭に浮かんでしまう。
この日、わたしは三重県、中野さんは山口県へ。新大阪駅に午後五時台に着き、鶴橋駅で近鉄に乗り換え。鶴橋駅から白子駅までの特急券を買ったら津駅まで特急ひのとりだった。ひのとり初乗車。鶴橋駅を出ると津駅まで止まらない。一時間十六分。津駅のコンビニでビールを買い、郷里の家へ。
七日(金)、午前十一時半、母の弟のトシおじさんが来る。昼ごはんの前に鈴鹿市一ノ宮町にある都波岐奈加等(つばきなかと)神社に寄ってもらう。
そのあと鼓ヶ浦駅近くのうどん屋で昼食をすませ、近鉄白子駅から名古屋駅。名古屋駅で名鉄に乗り換え豊橋駅。再びJR。浜松駅から途中下車せず熱海駅まで行く。熱海駅行きの電車、席には座れたが、けっこう混んでいた。
行きと同じく熱海第一ビルへ。家康の湯(足湯)の時間は終わっていた。熱海駅から小田原駅、小田急で新宿駅まで。家に着いたのは午後八時すぎ。深夜、ペリカン時代で中野さんと飲んだ。