2026/07/10

どうでもいい話

 九日(木)、夕方、駅前の青果店でヒラタケを買う。いつも買うシメジの倍以上の量で百円だった。パッケージをよく見たら、小さく(シメジ)と記されている。「ヒラタケとシメジは同じなのか?」とおもって家に帰って調べたら、シメジ(シメジ科)とヒラタケ(ヒラタケ科)は別種のキノコだった。一九七〇年代〜八〇年代あたりにかけて、人工栽培されたヒラタケをシメジとして売っていた時期があり、現在も「ヒラタケ(しめじ)」と併記することがあるそうだ。ヒラタケを「寒茸」と呼ぶ地域もある。

 夜七時半、馬橋公園を通り、中野区若宮まで散歩。マルエツ中野若宮店でたまごサラダパンなど。空は藍色、西の空にかなり明るい宵の明星が見えた。風が気持いい。帰りは妙正寺川沿いの道を歩いた。

 柴田練三郎著『どうでもいい事ばかり』(集英社、一九七四年)を読む。柴田練三郎は一九一七年三月生まれ。一九七八年六月没。享年六十一。この本、一篇ごとに岩田専太郎の挿絵が付いている。贅沢である。本の最後に「この雑文が上梓される直前、岩田専太郎氏が急逝された。痛恨とは、まさにこのことである」と書いてあった。

 岩田専太郎は一九七四年二月十九日になくなっている。享年七十二。
 そのころ松本清張が「西海道談綺」を『週刊文春』に連載していて、その挿絵も岩田が担当していた。

『どうでもいい事ばかり』の目次を見ていたら「東海道五十三次について」というエッセイがあった。

《私は、幾年か前、必要あって、東海道五十三次(正確にいえば、お江戸日本橋と京都三条大橋を加えれば、五十五次だが)を丹念に、旅をして歩いてみたことがある》

 柴田練三郎も街道作家だった。五十三次の「次」は宿場から宿場へ、人や物を「継ぐ」という意味がある。日本橋と京都三条は始点と終点のため、五十三次に含めなかった。あと鎌倉時代の東海道は六十三次(六十余次)あり、江戸時代の東海道と経路もちがう。鎌倉時代は箱根ではなく、足柄越えだった。
 杉並区内も「鎌倉道」が通っている。近所の散歩でも歴史を学ぶ機会はけっこうある。

 それはさておき同書の巻頭の「小さな事件について」にこんな一節があった。

《「どうでもいい」とは、今晩飲もうか、というさそいに対する返辞にもなるし、選挙の際、どの党派の候補者に一票を投じようかとまよった挙句の気持にもなるし、生きるべきか死すべきか、という最も重大な瀬戸際に立たされた時の、考えつかれたすてばちな心情をも表現している》

 わたしも「どうでもいい」とおもうことは多い。「小さな事件」はニュースで知っても翌日には忘れてしまう。世間を揺るがすような大事件でさえ、一週間もしないうちに他の話題に関心が移る。何か発信しようと考えているうちに「どうでもいい」という気分になる。わたしの関心事は大多数の人にとって「どうでもいい事ばかり」であり、世の中は「どうでもいい」の集積で出来ている。

 この日、ヒラタケを使った塩焼きそばと中華風のスープを作った。

2026/07/03

天気痛

 雨の日はいつもとちがう時間に眠気が起きやすい。睡眠時間がズレる。妙な夢を見る。そういう研究があるのかどうか。

 中野区大和町の仕事部屋の掃除中、横尾忠則著『彼岸に往ける者よ』(文藝春秋、一九七八年)の背表紙が目に飛び込んできたので再読する。
 横尾忠則は一九三六年六月二十七日生まれ。つい先日、九十歳になったばかり。
 適当に開いた頁(日記)に「天気が悪い(梅雨)せいか頭が痛い」という一文があった。日付は六月二十八日。刊行年と同じ年と考えると四十二歳。当時の横尾忠則は不眠に悩んでいた。

 日記は愚痴が面白い。横尾忠則は自身の日記を「エゴのゴミ箱」といっている。

 わたしも雨の日、頭痛+船酔いみたいな感じになることがある。あと肩こりもひどくなる。今は右の手首が痛い(湿布を貼っている)。

 梅雨の時期、頭痛や肩こりになるのは低気圧、高湿度など、天候不順のせいだろう。内耳(耳の奥)が気圧の変化を感知しやすい人がいる。
 そういう人は低気圧のときに調子を崩しやすい(症状の軽重には個人差がある)。「天気痛」という呼び名もある。

 湿度が高いと体内の水分が汗として蒸発しないせいで血行不良になる。これが疲れや怠さにつながる。肩こりもそう。

 散歩のとき、メッシュのウォーキングシューズを愛用しているのだが、雨の日は防水仕様の靴を履いている。いつもの靴ではないから、足が怠くなるのかとおもっていたのだが、気圧や湿度が原因かもしれない。

 このブログで高円寺周辺の路上から東京スカイツリーやドコモタワーを探す話をよく書いているが、遠くを見るのは精神衛生によい。ちょっとした気晴らしになる。

 雨の日は視界がよくない。そのことがストレスになっている可能性もある。遠くが見えないかわりに、樹木の多い遊歩道や神社や公園に行く。
 それから川や海など、水辺(ブルースペース)の景色を見ると、頭の疲れがとれたり、緊張が和らいだりする効果がある。
 樹木の揺れ、水面のゆらぎや光の反射などを見ると心が落ち着くという研究もあるようだ。大雨や台風のときに川に行かないように気をつけたい。

 以前、低気圧の片頭痛のときにカフェインを摂取するといい(飲み過ぎに注意)——という記事を読んだ。わたしはやる気がでないとき、疲れがとれないとき、豚のレバー、もしくは鰹や鮪のたたきが食べたくなる。

 夕方、高円寺の庚申通りの豊島屋(前の建物が取り壊されて、通りの奥に移転したばかり)でレバーとカシラの焼き鳥を買う。

2026/06/30

ハンゲショウ

 先週は雨続き。変則睡眠期も続いている。新宿で飲んだ帰り道、財布と本をなくす夢を見る。夢の中で焦りまくる。夢でよかった。現実には三十年以上、財布を落としていない。

 桃園川緑道を通り、中野に行ったり阿佐ケ谷に行ったりの日々。東高円寺から環七の手前あたりの桃園川緑道の花壇でドクダミ科のハンゲショウを見る。まだ葉は緑。季節の半夏生は夏至の十一日目だから、まもなくか。
 蚕糸の森公園近くのマルエツプチ東高円寺駅前店が六月十八日(木)にオープンした。マルエツは夜の割引タイムによく行く。

 街道の研究をはじめて以来、あちこちの宿場町を訪れたが、雨の日は歩かなくなった。降雨時は遠くが見えず、景色を楽しめない。人があまり歩いていないので車も怖い。そういう日は図書館や郷土資料館などに行く。

 六月二十七日(土)から西部古書会館は大均一祭。初日二百円、二日目百円、三日目五十円で五十冊。古地図、万葉集の本、焼物の本、古雑誌、漫画……。
 初日は午前十一時台、『滑稽とペーソス 田河水泡“のらくろ”一代記展』(町田市民文学館ことばらんど、二〇一三年)など。田河水泡は詩もいい。
 二日目は昼すぎ、『飛ぶ教室』特集「まど・みちおのふしぎなポケット」(二〇〇八年秋号、光村図書)が買えてよかった。まど・みちおは百四歳まで生きた。最晩年まで詩を書いたり、絵を描いたりしていた。

 その日、買った本、読んだ本によって書くものが変わる。行き当たりばったり。そのほうが書いていて楽しい。書き終わってからいい資料が見つかることもよくある。

 三日目の均一祭は遅い時間に行ったが、一冊五十円に浮かれて、ちょっとでも気になった本(古文の参考書など)をカゴに入れていたら、片手で持ち上がらないくらいの重さになった。会計で「千三百円」といわれ、あまりの安さに戸惑う。

 目標が定まらない雑読人生。種をまかずに畑を耕し続けている気分である。バラバラに散らばった点をどうにかつないでいきたい。自分にしかわからない謎の絵になりそうな予感がする。