2026/02/07

絵巻マニア

 渡辺京二著『さらば、政治よ 旅の仲間へ』(晶文社、二〇一六年)所収の「二つに割かれる日本人」を再読する。

《長い間、人間は天下国家に理想を求めてきましたが、これもうまくいかなかった。人間が理想社会を作ろうとすると、どうしてもその邪魔になる奴は殺せ、収容所に入れろ、ということになるからです》

《政治とはせいぜい人々の利害を調整して、一番害が少ないように妥協するものです。それ以上求めるのは間違っているんですよ》

 このインタビューを読んだのは四十代半ばだが、二十代のころから、わたしもなんとなく政治は、妥協と考えていた。
 みんながすこしずつ損を引き受ける。不具合をすこしずつ整備する。一気にすべての問題を解決できない。

 国政に関しては安全保障とセーフティーネットを重視している。小選挙区は保守系、比例はリベラル系、またはその逆——といった感じで一つの政党に肩入れしないよう心がけている。
 春夏の高校野球、自分の出身県の高校が敗退した後、気になる選手がいる高校を応援する。勝っても負けてもとくになんともおもわない。そういう感覚に近い。

 土曜日、西部古書会館。『絵巻マニア列伝 六本木開館10周年記念展』(サントリー美術館、二〇一七年)、伊藤榮洪著『ぶらり雑司が谷文学散歩』(豊島区、二〇一〇年)など。物語絵巻、古地図関係の図録は活字が頭に入ってこないときでも読める。最近は、絵巻に描かれる海や川の絵が好きになった。淡い藍色のような水の色がいい。『絵巻マニア列伝』では「誉田宗廟縁起(こんだそうびょうえんぎ)」の絵巻がよかった。室町時代の絵巻物。誉田八幡宮がどこにあるのかも知らなかった。大阪府羽曳野市。もより駅は近鉄南大阪線の古市駅。近くに東高野街道も通っている。わたしの郷里の三重県鈴鹿市のもより駅から三時間くらい。日帰りで行けなくもない。

 明日の選挙の投票先、比例をどうするかまだ迷っている。

2026/02/03

雑記

 日曜、セシオン杉並から梅里公園。セシオン杉並、期日前投票がはじまっていた(わたしはまだ投票先を決めていない)。

 自分が住んでいる町の選挙区の候補者の経歴を見る。比例の投票先を絞り込む。事前に考えるのはそのくらい。杉並区は選挙区が二つ(東京八区、二十七区)に分かれていて、高円寺界隈はその境なのでけっこうまぎらわしい。

 新聞各紙は自民党の圧勝と予想している。たぶんそうなる。自民党は大勝したあと次の選挙で負ける傾向がある。議席を増やしそうなのはチームみらいか。すでに中道改革連合は選挙後の分裂を心配する声がある。おそらく分裂する。

 前にセシオン杉並の三階の窓から富士山が見えるかどうか——という話を書いたが、見えないかもしれない。富士山っぽい山の影が見えたのは勘違いだったか。わからない。田代博著『「富士見」の謎』(祥伝社新書、二〇一一年)の「第二章 都内路上富士」に東京メトロの新高円寺駅もよりの五日市街道(梅里二丁目、松ノ木三丁目あたり)から富士山が見えるとあったが、何度か歩いたが、確認できていない。

 梅里公園の梅、烈公梅、酔心梅、未開紅、鹿児島梅、月影枝垂、織姫、白加賀、紅千鳥、藤牡丹枝垂、見驚、南高、米良、まだ咲いてなかったが、思いのままなどがある。意外と白い花が咲く梅があることを五十代半ばすぎて知る。高円寺に住んで三十数年になるが、梅の季節に梅里公園を歩いたことがなかった。

2026/01/27

とんでもない

 高円寺駅の南方面を散歩するとき、高円寺中央公園から高円寺図書館(すぎはち公園)、青梅街道を渡ってセシオン杉並、梅里公園、そこから環七を渡って蚕糸の森公園——というコースをよく通る。
 梅里公園は梅の花が咲きはじめている。先日、紅冬至を見たが、酔心梅という品種もあることを知った。まだ咲いてなかったが「思いのまま」という名前の梅の木も何本かあった。梅の花の見分けがつかない。

 蚕糸の森公園から東京メトロの中野富士見町駅は意外と近い。今年に入って中野富士見町も二回散歩している。駅の近くにスーパーのオオゼキがある。ここでコーミソースが買えることを知った。おにぎりせんべいの銀しゃり(塩)が売っていた。おにぎりせんべいは塩派である。おにぎりせんべいのマスヤは三重県の会社。子どものころ、ピケ8という洋風せんべいが好きだった。今も郷里の三重に帰省すると買って帰る。

 スーパーのオオゼキは東高円寺駅のニコニコロードにもあったが、二年前に閉店した。一時期、東高円寺のオオゼキと天祖神社を回るのが定番の散歩コースだった。

 一月二十八日、尾崎一雄の幻の新聞小説『とんでもない』が春陽堂書店から刊行(企画・編集 田中敦子さん)。わたしは解説を書きました。
 一九六一年六月、尾崎士郎が入院で産経新聞の「新・人生劇場」の連載が中断——急遽、その代打として尾崎一雄がこの小説を書くことになった。単行本・全集未収録の作品である。

『父のおじさん 作家・尾崎一雄と父の不思議な関係』(里文出版、二〇二一年)の田中敦子さんから『とんでもない』の話を教えてもらい、わたしはカフェ「昔日の客」の関口直人さんを紹介した。田中さん、関口さんはそれぞれ父が尾崎一雄の小説のモデルになっている。『とんでもない』にも戦災孤児だった田中さんの父も登場する。

『とんでもない』の冒頭、九州出身の阿久津啓作という文学青年が東京から歩いて小田原にやってくる。

 尾崎一雄作品によく出てくる仕事が長続きしない文学青年が主人公の長篇である。尾崎一雄の場合、長篇小説そのものが珍しい。『とんでもない』は過去に発表した短篇の逸話があちこちに出てくる。「冬眠居」という章もある。
「冬眠居」の章から作者の分身の多木太一が登場する。

《齢は五十五で、勤め人なら丁度定年というところだが、小説家には定年がないから、退職金も年金もない。やむを得ず無い知恵をしぼって、ぽつりぽつりと仕事をして、どうやら妻子四人を養っているわけだが、この人物は、知恵がないと同時に運もないと見えて、終戦の前年重病にかかり、長年の東京住まいを切り上げ、郷里なるこの下曽我村に引込んだ》

 そのあと多木は「暑さ寒さに大変弱い」「冬になるとまるで元気がなくなるのは、蛇や蛙と同様である」といった記述もある。

 わたしは『新編 閑な老人』(中公文庫、二〇二二年)を編集するさい、「歩きたい」という短篇を軸にした。
 病床の尾崎一雄の願いは自由に歩き回れるようになることだった。『とんでもない』は歩く話がよく出てくる。

 下曽我は梅の名所で尾崎一雄は梅干し作りが趣味だった。
 わたしは長年漬物が苦手だったのだが、四十歳すぎてから梅干を食べられるようになった。