2022/08/03

街道その他

 月末、有志舎の季刊フリーペーパー『CROSS ROAD』(VOL.13)が届いた。連載「追分道中記」は三回目。今回は長野の話を書いた。残り一回。街道に興味を持ちはじめたころ、これまで通り過ぎてきた町を知りたいという気持だった。
 通り過ぎていたのは町だけでなく、歴史や地理に関してもそうだ。知らない町を訪れ、その土地をすこしずつ知る。知識を得た後、その町を再訪するとまた見方もすこしずつ変わる。その体験が楽しい。

「中央公論.jp」の「私の好きな中公文庫」で「街道をめぐる3冊」というエッセイを書いた。武田泰淳『新・東海道五十三次』ほか——『新・東海道』の話はこの五、六年の間にあちこちで書きまくっている。まちがいなく中年以降の自分の人生を変えた本だ。
 日本橋から品川、川崎と順番に旅をする感じではなく、どんどん脱線していくのもいい。

 新刊、佐野亨さんの『ディープヨコハマをあるく』(辰巳出版)が素晴らしい。横浜、町ごとに土地の雰囲気がちがい、一括りにできない。それぞれの町を掘り下げていけば、どこもすごく面白い。名著。街道と川の話が出てくると付箋を貼る。

『フライの雑誌』の最新号で横浜の大岡川の話を書いた。真金町(桂歌丸の生まれ故郷)から弘明寺あたりまで歩いた。真金町近辺、昔は運河が流れていたという話を桂歌丸の本で読み、それで歩きに行ったのである。

『ディープヨコハマをあるく』の第1章も大岡川の話だった。町と川の結びつきについてもいろいろ勉強になった。佐野さんも弘明寺駅の近辺に住んでいたことがあると書いてあった。川の取材を通して、弘明寺は好きになった土地の一つ。旧鎌倉街道も近くを通っている。

 第9章「神奈川をあるく」の子安・大口のところで足洗川(入江川の支流。現在は暗渠)の話も出てくる。浦島太郎が足を洗ったという伝承が残っている川なのだが、何度かこのあたりは歩いているのに気づかなかった。

 七月三十日から尾道、倉敷、高松を旅行で昨晩帰京——。瀬戸内の旅の話はまた今度。

2022/07/28

文と本と旅と

 毎日ものを探してばかりだ。スクラップするためにとっておいた雑誌がない。読みかけの本が見当たらない。この時間をもっと有意義なことにつかいたい。

『文と本と旅と 上林曉精選随筆集』(山本善行編、中公文庫)は喫茶店に入ったときにすこしずつ読んでいた。ところが二日前から行方不明になり、今日ようやく見つけた(ふだんつかっていない鞄に入れっ放しになっていた)。「古木さん」を読む。
 古木さんは古木鐵太郎。編集者時代の上林曉の先輩で、高円寺、野方あたりに長く住んでいた。葛西善蔵「湖畔手記」の口述筆記を行ったのも古木である。上林は古木を「美しい市民」と評した。酒を「うまそうに飲む」とも。

 上林曉と古木鐵太郎は『現代作家印象記』(赤塚書房、一九三九年)という共著もある(けっこう入手難の本だ)。

 上林曉の随筆を読んでいると、文学にたいする真面目さに胸を打たれる。

《生命の通った小説を書けるようになるためには、生涯の精進を必要とするのだと覚悟を決めている》(「私の小説勉強」/同書)

 生涯の精進——わたしもそういう気持で何かに取り組みたい……とおもうのだが、すぐ楽なほうに流される。つい手間と時間のかかることを先送りしてしまう。

2022/07/27

週末

 土曜日、昼すぎ西部古書会館。下村栄安著『町田街道』(武相新聞、一九七二年)、『企画展示 江戸の旅から鉄道旅行へ』(国立歴史民俗博物館、二〇〇八年)など、街道本、図録が充実していた。芭蕉展、おくの細道関係の図録も何冊か買った。芭蕉の図録、何種類あるのか。

 日曜日、夕方、新宿へ。西口の金券ショップで新幹線のチケットを買う。数日前に中央線沿線の金券ショップをまわったときは新大阪までのチケットしかなかった。今回はもうすこし先までのチケットが買いたくて新宿に行った。ほとんどの店が新大阪か新神戸まで。駅からすこし離れた店でようやく目当の行き先のチケットを入手した。

 帰りは新宿駅西口から青梅街道を歩いて、西新宿の成子天神社に寄る。しばらく歩くと神田川。淀橋から東中野に向かって遊歩道を歩く。神田川の遊歩道を北に向うと大久保通りの手前に桃園川緑道がある。そのまま緑道を通り、高円寺に帰るかどうか迷ったが、暑さにやられそうだったのでそのまま神田川沿いを歩いて東中野駅から電車に乗った。車の通らない遊歩道を歩くのはいい気分転換になる。

 金券ショップで買ったJRの乗車券は日程変更が必要なタイプだった。高円寺駅は今年三月十八日にみどりの窓口がなくなり、もより駅だと中野駅か荻窪駅に行って手続きをしないといけない。自動券売機で変更できないのはちょっと不便である。