2021/05/18

考え中

 五月中旬、日中の最高気温二十五、六度。近畿、東海地方はもう梅雨入り。東京も湿度が高い日が続く。洗濯物がなかなか乾かない。

 インターネット上の議論に一人暮らしの自炊問題がある。自炊しても食材を無駄にしてしまうし、一人分の料理の手間を考えれば、外食のほうが楽だし得だという意見もある。
 最初は調理道具や調味料なども揃える必要がある。

 わたしの場合、自炊することが外食するより安く上がるし、それほど苦ではないと実感できるようになるまでには二、三年かかった。肉や野菜を冷凍するようになり、すこしずつ包丁をつかうことに慣れ、煮たり焼いたりのコツがわかってくるのにそのくらいの時間がかかった。

 仕事や趣味でもそういう時間差がある。自分に合うやり方、合わないやり方がわかるまでにもそれなりに時間がかかる。

 複雑な工程を短時間でこなせるようになるのは、何だって大変だ。
 効果を実感できるようになるまでには時間差がある。はじめのうちは失敗や無駄も多いから、ついやらないほうがマシだったのではないかと考えてしまいがちである。わたしも自分の苦手なことはだいたいそうおもう。

 努力か才能かは、人類の永遠のテーマである。才能というのは、何かをはじめ、効果を実感する、上達の手応えを感じる早さも含まれる。そのスピードは努力では埋められない。
 何かを会得するのは早いけど、飽きっぽくてすぐ次のことをやりたがる人より、地道にこつこつ続けられる人のほうが、安定した力を身につけやすい。地道な作業に楽しさや喜びを見いだせるのも才能といえば、才能だ。

 近年「努力は報われるか報われないか」の論議が盛んだが、何を持って報われたとするかによって結論もちがってくる。
 たとえば、スポーツをやっていて、プロとしての大成が報われることだとすれば、ほとんどの人は報われない。しかしスポーツを趣味として楽しい時間を過ごす、体力をつける、体型を維持する——あたりが目標であれば、努力が報われる状態を経験することは可能だろう。

 このテーマは精神論と技術論が混ざり合いやすい。そのへんの話も書きたいのだが、眠くなってきたので寝る。

2021/05/11

ノンアル

 今年は五月五日にコタツ布団を押入にしまった。ついでに部屋の掃除もした。
 散歩中、なみの湯の大きな鯉のぼりを見る。
 高円寺で最初に住んだアパートと二番目に住んだアパートがなみの湯の近所だった。かれこれ三十年くらい前の話だ。当時、高円寺北口のなみの湯と小杉湯のあいだに住んでいたので、交互に通っていた。

 なみの湯の鯉のぼりを見た後、阿佐ケ谷まで歩き、古本屋をのぞき、高円寺に戻って近所の店でノンアルコールビールの飲みながら、緊急事態宣言の延長その他について雑談した。
「コロナ中、ゲームが売れたらしいね」
「電子書籍のコミックスの売り上げも伸びたって話を聞いたよ」

 それからわたしは仕事と関係なく研究しているライトノベルの話をする。
「乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生した主人公が商売をはじめるんだけど、だいたいお菓子か化粧品を作るんだよ。なんかたまたま領内でカカオの実が採れたりして」
「俺は酒をつくりたいかな。で、飲み屋をやる」
「すでに異世界の飲み屋の漫画はあるよ」

 人間の発想というのは空想の世界であっても現実に縛られている。未来だって今の延長線上にある。

 そのうち異世界で感染症が流行する漫画も現われるだろう。

2021/05/03

文学四方山話

 四月末、西部古書会館の西部展も中止。飲み屋はノンアルコール営業。毎日寝てばかり。ラジオを聴いたり、本を読んだりして過ごす。

 古書ワルツで買った『文学四方山話』(おうふう、二〇〇一年)を読む。大河内昭爾の対談(鼎談)集。目次には杉浦明平、安岡章太郎、眞鍋呉夫、檀ふみ、三浦哲郎、秋山駿、深沢七郎、水上勉の名がある。

 大河内昭爾と安岡章太郎の対談「覚悟ということ」では——。

《安岡 僕はね、この頃はそう文芸雑誌とも深く付き合ってないけど、一番憂えるのは編集者に語感がないんじゃないのかな、と思いますが。出版社というのはいずれも難しいわけですね、入社試験。
 大河内 最近、優秀なのばかり採るようです。
 安岡 そうでしょう。だけどその優秀って何ですか。これ意味ないんじゃないですかね。
 大河内 単に偏差値が高いというだけど、文学が好きな人が来るかどうかは別の問題です》

 大河内は同人雑誌のいい作品を編集部に紹介しても「将来性がない」「部数に結びつかない」「今風でない」といった理由で断られる現状を嘆くと、安岡は「要するに、彼らのそういう固定観念ね。感覚があればね、まだいいんだ」と語る。また大河内は「表向きの素振りはともかく、愛する作家というか、そういう気持ちを持っていなければ、少なくとも文学を愛していなければ、文芸雑誌にかかわる意味がない」という。

 安岡はジャーナリズムにたいして、うわべの知識だけが発達して「何か自分でものを考えたという形跡が少ない」とぼやく。

 大河内によると、井伏鱒二や尾崎一雄が学生だったころは「文学を最上に考える。文学や哲学に一生懸命なら学校はサボってもしょうがないという発想があった」と……。

 この対談は一九九八年七月に行われたもので、本人たちも「老人の繰り言」と自嘲しているが、二十年ちょっと前の出版界の状況をおもいだす。当時、学生運動に参加し、ドロップアウトした編集者が五十代になって現場を離れてしまった時期とも重なる(わたしは商業誌の仕事を干されていた)。この対談で語られている「感覚」や「覚悟」について、もうすこし考え続けたい。