雨の日が続く。日課の散歩も一日一万歩以下の日が続く。小雨の時間に高円寺図書館に行く。万葉集関係の本を返却し、飛鳥時代と奈良時代の本を借りる。中学、高校時代に勉強したはずなのだが、ほぼ忘れている。日本史の教師の名前も顔も覚えていない。四十年以上前のことだから仕方がない。図書館の中をうろうろして歩数を稼ぐ。不審者っぽい。
夜、早稲田通りを散歩する。ライブ帰りの知り合い(中野区大和町在住)と道で出くわし、そのまましばらくいっしょに歩く。練馬の話をする。練馬の東武ストアの素晴らしさを力説する。
散歩中、東京スカイツリー、都庁、代々木のドコモタワー、歌舞伎町タワーなどが見える場所を探している。早稲田通りからもスカイツリーの先端部が見える場所がある。雨の日は見えにくい。
スカイツリーは高円寺駅北口——東急ストアの前の歩道を中野駅方面に歩くと正面に見える。高円寺図書館の三階の階段あたりからもよく見える。
大和町に仕事場を借りる前から西武池袋線の練馬駅方面によく散歩していた。帰りはバスに乗る。練馬駅からは一時間に五本くらい高円寺駅行のバスがある。バスの車窓から夕暮れの町、夜の町を見るのも楽しい。
『万葉集』に興味を持ちはじめて、奈良時代の人も花や樹々、月を愛で、宴を開いていたことを知った。一島英治著『万葉集にみる酒の文化 酒・鳥獣・魚介』(裳華房、一九九三年)を読んでいたら「万葉集の時代には『氷』を水酒に浸して飲むということが行われていたことは確かと考えられると思います」という記述があった。とはいえ、万葉人でオン・ザ・ロックスを飲んだ人はごく一部だろう。現代に生まれてよかった。
昨日、日付が変わる時間あたりに近所の飲み屋。角の水割を飲みながら富士山の話をしてしまう。五十回くらいしているかもしれない。高円寺駅のホームの端(阿佐ケ谷駅方面)から富士山が見える。冬の晴れた日の朝と夕方によく見える。
『万葉集』の富士山といえば、山部赤人の「田子の浦ゆ」の歌が有名だが、高橋虫麻呂の「富士の嶺に 降り置く雪は 六月の 十五日に消ゆれば その夜降りけり」という歌もある。虫麻呂は生没年不詳(歌を作っていた時期は七一〇年代後半から)。常陸国(現在の茨城県)に赴任していた記録は残っている。
飲み屋では『万葉集』の話をしないように気をつけているのだが、この日、たまたま茨城出身の人がいたので、つい虫麻呂の話をしてしまった。
千葉県市川市の旧松戸街道と真間川を散策したとき、万葉の歌碑があった。高橋虫麻呂の手児奈の歌だった。真間川の近くは市川手児奈通りや桜土手公園の文学の道もある。いい道だった。
千葉県で気になっているのは、松戸市の鮮魚(なま)街道である。以前、松戸の旧水戸街道は歩いた。鮮魚街道を知ったのはつい最近である。鯖街道、鰤街道、鮎鮓街道など、魚の名の付いた街道を歩きたい。