若者の何とか離れという言葉があるが、中年・中高年もいろいろ離れる。高校野球が終わってからテレビの視聴時間が激減した。たまに見るとCMがうるさく聞こえる。
近所の某コンビニはレジのところにスクリーンがあり、某社のお茶のCMが流れているのだが、出演者の声が苦手で、その店から足が遠ざかってしまった。
インターネットも広告を踏まないと先に進めない記事は読まない。「広告=邪魔なもの」という認識になっている。
九月十二日(土)、午前十一時、西部古書会館。「今日は早いですね」と声をかけられる。均一祭ではないが、百円〜二百円の本が多かった。ガレージで『旅』特集「峠と街道」(一九七三年十一月号、日本交通公社)を見つけ、喜びに浸る。『旅』の街道関係の特集はほぼ揃えたつもりだったが、この号は未入手だった。一九七〇年代の『旅』は連載も充実している。
この日買った大井重二郎著『万葉集歌枕の解疑』(双文社出版、一九八〇年)は「『伊勢国』伊良湖島」の項あり。渥美半島の先端にある伊良湖(愛知県田原市)は、かつて伊勢国だった——ということをわたしは木山捷平の紀行文で知った。現在は三河国説のほうが主流なのだが、同書の著者は伊勢国説を探っている。わたしは知らないことを知ると「そうだったのか」と信じてしまいそうになる。万葉の時代の伊良湖=伊勢国説を一度も疑ったことがなかった。本に書いてあることが正しいとは限らない。不案内な分野だと判断できない。半信半疑の状態を保ち続けるのはむずかしい。なんとなくおかしいとおもっても、人間の脳は自分が信じたいほうに辻褄合わせをしてしまう。
自分の知らない情報を拒絶する人もいる。知らない話になると強引に話題を変える。会話が一方通行になる。
膨大な情報に接しているにもかかわらず、常に現実とかけ離れた結論に至ってしまう人がいる。自分の判断を正しいと信じ、それ以外の選択をした人間を否定する。一度そういう癖がついてしまうとなかなか治らない。