2023/12/29

山姥

 気がつけば年末、やや低迷気味の一年、充電の年だったと前向きに考えることにする。

 土曜日(二十三日)、午後三時すぎに起き、午後四時前に西部古書会館。入口前のガレージで福原麟太郎の『詩心私語』(文藝春秋、一九七三年)を見つける。二百円。ずっと探していたのだ。嬉しい。白い背表紙の「人と思想」シリーズの一冊で二段組五百頁超(「チャールズ・ラム傳」が丸々収録されている)。

 同書「芸術の鬼」に次のような一節がある。

《芸術は真似事である。真似事は技巧であり、形である。そしてまた伝習でもある。しかし、技巧や形や伝習ばかりでは芸術は生きることが出来ない》

 福原麟太郎は謡曲「山姥」について考察しつつ、芸術に「生命」を与えるものは何かを問う。

 京の遊女が信濃の善光寺詣での途中、越中越後の境の山で道に迷い、山姥と出会う。山姥は遊女に“山姥”を題材にした曲舞を所望する。もともと遊女は“山姥”の曲舞を得意としていたが、まことの山姥は彼女の芸にたいし「心を失っている」と手厳しい。

 遊女が出会った山姥は芸の精神を伝える「霊鬼」でもあった。

《芸術というのはその鬼を探す仕事、鬼に触れる経験である》

 初出は一九四一年九月——福原麟太郎四十六歳。

《生命のある芸術が生れるときには、何かしらの精神を掴まえているのであるが、それが形として技巧として伝えられてゆくうちにその精神を失ってしまい、心を取り違えた技術がそれから派生してはびこる。これを芸術の堕落という》

 舞台に立ち、場数を踏む。技術が向上し、形が洗練され、安定してくる。同時に初々しさ、緊張感が失われる。技巧を磨くことは容易ではないが、心に響く芸に至るにはそれだけでは足りない。
 仮に演者の側に「鬼」が宿っていたとしても、観る側聴く側が感じとれないこともあるだろう。

「芸術の鬼」の話から横道にそれるけど、「山姥」の遊女が京から東山道(中山道)ではなく、北陸道を通り、信濃に至る道筋が気になる。京から善光寺に行く場合、琵琶湖西岸から敦賀あたりに出て北陸道経由のほうが近いのか。さらに船をつかえば、かなり早く辿り着ける。

 地図を見ると、えちごトキめき鉄道の市振駅の東南に山姥神社がある。謡曲「山姥」の物語がこの地(糸魚川市上路)に民間伝承として伝わっている。上路の里、行ってみたいが、大変そうだ。

2023/12/22

暮らしの型

 二十年くらい前に買ったコタツから異音が出るようになったので、ヒーターの部分だけ買って取り換えた。新しいコタツのヒーターは省エネタイプで、今のところ快適である。
 コタツヒーターは「弱」から「強」の間に五段階のメモリがあるのだが「弱」でもけっこう暖い。

 部屋の掃除中、安田武、野添憲治編『暮らしの型再耕』(現代書館、一九九二年)をぱらぱら読む。一九八二年八月号から『望星』で連載していた座談会(鼎談)をまとめたもの——安田武は一九八六年十月、六十三歳で亡くなっているから、没後しばらくして刊行された本ということになる。安田さん、野添さん、武者小路規子さんとの鼎談「生活の周辺をいかに耕すか」でこんな話をしている。

《いまの日本の、特に都会の生活のテンポは早過ぎるというか、適正じゃない。どこか山奥深いところにでも隠遁して暮らさない限り、どうしても回りの時間に引きずられてしまいますね》(武者小路さんの言葉)

 四十年以上前の発言である。今、生活のテンポはもっと早くなっているだろう。とくに仕事は、周囲のテンポと足並みを揃えることが求められ、いつも急かされるような圧を受ける。また日常の選択肢が多すぎて、やらなくてもいいことをやって余裕を失うこともある。

《今後いかにわれわれ自身が自己抑制を回復していかなきゃならないかということですね》(安田さんの言葉)

《人間は本来、五感で生きているはずなのに、いまは二感か、三感でしか生きていない。だから身体全体で見たり、聴いたり、さわったり、感じたりしていく部分がものすごく少なくなってきた》(野添さんの発言)

『暮らしの型再耕』の多田道太郎がゲストの鼎談「遊びは生活を深める」では、原っぱの喪失についても論じている。

《昔といまの遊びを比較して、一番大きな変化は何だろう? 僕は路地がなくなったこと、広く言えば原っぱがなくなったことが第一だと思う》(安田さんの言葉)

《しかし、京都には原っぱはほとんどなかったからなあ。奥野健男氏も『文学の原風景』の中で「原っぱ論」を展開していたけれど、安田さんもそういう思い出があるんだな》(多田さんの言葉)

——奥野健男著『文学における原風景 原っぱ・洞窟の幻想』(集英社、一九七二年)、家にあるはずなのだが、見当たらない。同書は一九八九年に増補版も出ている。古書価高い。
 橋本治が講演で「原っぱの論理」を語ったのは一九八七年十一月だから『暮らしの型再耕』のほうがちょっと先か。安田武と橋本治、歌舞伎が好きだったり、いろいろ共通点がある。『些末事研究』の福田賢治さんは、安田武の影響をけっこう受けているようにおもう。

2023/12/11

水屋

 金曜日、西部古書会館で歳末赤札古本市。大野利兵衛訳編『外人記者のみた横浜 “ファー・イースト”にひろう』(よこれき双書、一九八四年)ほか、郷土史の冊子、パンフレットを買う。

『外人記者のみた横浜』の「水屋」一八七〇(明治三)年八月の記事を読む。

 水屋は肩に棒をのせ、その両端に桶をつり下げ、水を運ぶ仕事である。当時、横浜の外国人居留地は塩水の沼地を埋め立てた町ということもあって、給水は水屋が頼りだった。

《多くの場合、彼らは毎日一定量の水を配って、毎月安い運び料をもらっている。一方、家の使用人とともに一定期間雇われ、水運びの仕事のみならず、すべての力仕事に使われる場合もある》

 昔の話を読むと、蛇口をひねれば、水やお湯が出る暮らし——というのは夢のような話なのだな。何でもそうだが、どんなに便利なものでも普及するとありがたみが薄れる。ふとサッカーの故イビチャ・オシム監督の「水を運ぶ人」という言葉を思い出した。

 夕方、野方まで散歩、途中、大和北公園のイチョウを見る。

 十二月になると毎年のように時間が経つのは早いなとおもう。一年で自分にできることはほんのちょっとしかない。
 一年通して首、肩、腰、膝のどこかしらが痛い(今は右肩)。仕事のトラブルをどうにか乗り切ったかなとおもったら、住居の水回りその他の問題で右往左往——一難去ってまた一難のくりかえしである。無理をすれば体のあちこちガタがくるし、住まい(賃貸)は直しても直してもすぐどこか壊れる。まあそういうものだと諦めている。

 世の中への興味とか自分の将来の不安とか、本を読むにしてもそのきっかけみたいなものがある。しかし四十代以降、そうしたきっかけ待ちで何かをする余裕がなくなった気がする。

 やる気がまったくなくても仕事をしたり、家事をしたり、散歩したり、習慣によって頭や体を動かしているようなところがある。それでもささやかな喜び、小さな達成感みたいなものが得られる。そんな感じで年をとり、いずれは終わりの日を迎える。

 明日、水回りの工事があるのでこれから掃除する。

2023/12/05

古書店マップ

 金曜午前中、西部古書会館。平日開催。『中央線沿線古書店ガイドブック』(東京都古書籍商業協同組合中央線支部、一九八五年)、『かながわ古書店地図帖』(神奈川古書籍商業協同組合、一九九三年)、『大阪古書店案内』(大阪府古書籍商業協同組合、一九九三年)『埼玉県古書店地図』(埼玉古書籍同業組合、一九九四年)、『古書マップ 愛知・岐阜・三重』(尾洲会、一九九四年)、『京都古書店巡り』(京都古書籍商業協同組合、一九九六年)、『増補改訂 大阪古書店案内 平成10年版』(大阪府古書籍商業協同組合、一九九八年)『二〇〇一年版 大阪古書店案内』(大阪府古書籍商業協同組合、二〇〇一年、CDROM付)など、昔の古書店マップをいろいろ買う。前の持ち主の書き込みも参考になる。

 一九八五年の中央線沿線のマップの高円寺のところを見ると十九軒。同じところで営業しているのは南口の大石書店だけ。二十代から三十代にかけて巡回して いた都丸書店、飛鳥書房、青木書店、佐藤書店、西村屋書店も今はない。この三十年、神奈川、埼玉の古書店の数もずいぶん減ってしまった。

 店内が薄暗くてレジの後ろのガラスケースの中に稀少本が並んでいるような古本屋も少なくなった。

 この日、西部古書会館の収穫は『児玉幸多翁追悼文集』(二〇〇八年)——街道関係の著作をたくさん書いている歴史家の小冊子。二百円。それから奈良の街道冊子を数冊。街道本、郷土史関係の小冊子がまとめて出品されているのを見ると同じ人が集めていたのかなと……。