2023/12/11

水屋

 金曜日、西部古書会館で歳末赤札古本市。大野利兵衛訳編『外人記者のみた横浜 “ファー・イースト”にひろう』(よこれき双書、一九八四年)ほか、郷土史の冊子、パンフレットを買う。

『外人記者のみた横浜』の「水屋」一八七〇(明治三)年八月の記事を読む。

 水屋は肩に棒をのせ、その両端に桶をつり下げ、水を運ぶ仕事である。当時、横浜の外国人居留地は塩水の沼地を埋め立てた町ということもあって、給水は水屋が頼りだった。

《多くの場合、彼らは毎日一定量の水を配って、毎月安い運び料をもらっている。一方、家の使用人とともに一定期間雇われ、水運びの仕事のみならず、すべての力仕事に使われる場合もある》

 昔の話を読むと、蛇口をひねれば、水やお湯が出る暮らし——というのは夢のような話なのだな。何でもそうだが、どんなに便利なものでも普及するとありがたみが薄れる。ふとサッカーの故イビチャ・オシム監督の「水を運ぶ人」という言葉を思い出した。

 夕方、野方まで散歩、途中、大和北公園のイチョウを見る。

 十二月になると毎年のように時間が経つのは早いなとおもう。一年で自分にできることはほんのちょっとしかない。
 一年通して首、肩、腰、膝のどこかしらが痛い(今は右肩)。仕事のトラブルをどうにか乗り切ったかなとおもったら、住居の水回りその他の問題で右往左往——一難去ってまた一難のくりかえしである。無理をすれば体のあちこちガタがくるし、住まい(賃貸)は直しても直してもすぐどこか壊れる。まあそういうものだと諦めている。

 世の中への興味とか自分の将来の不安とか、本を読むにしてもそのきっかけみたいなものがある。しかし四十代以降、そうしたきっかけ待ちで何かをする余裕がなくなった気がする。

 やる気がまったくなくても仕事をしたり、家事をしたり、散歩したり、習慣によって頭や体を動かしているようなところがある。それでもささやかな喜び、小さな達成感みたいなものが得られる。そんな感じで年をとり、いずれは終わりの日を迎える。

 明日、水回りの工事があるのでこれから掃除する。