2026/02/14

思いのまま

 一日おきくらいのペースで環七沿いの梅里公園に行き、梅を見ている。梅の種類がたくさんあることを知った。まだ区別がつかない。昨晩、近所の飲み屋でそんな話をしていたら「おじいさんみたい」といわれる。
 土曜日、高円寺図書館、すぎはち公園に行く。図書館の南側の銅像の近くに蠟梅が一本あった。黄色の花。そのあと梅里公園と蚕糸の森公園。梅里公園は思いのままという梅が咲き始めていた。白、淡紅など、いろいろな色の花が咲く梅らしい。蚕糸の森公園は池の水が復活していた。帰り道、天祖神社に寄る。

 福原麟太郎著『人間天國』(文藝春秋新社、一九六一年)の「學問のすすめ」を読む。

《知識は生活によって磨かれ、生活は知識によって守られなければならない》

 知識を得る。生活の中で知識をどう使うか。知識があっても使いこなせないことはよくある。
 変化球の握り方を知っていても、ボールを投げてみないとどう変化するのかわからない。投げたいところにボールが行くのか。そもそもキャッチャーまで届くのか。

 福原麟太郎の「學問のすすめ」を読んでいて不安をおぼえたのは次の箇所だ。

《たとえば私は物理学者に質問するのだが、あの人たちは大量殺人兵器を作る目的で物理学の研究を専ら進めてきたわけではなかったのだろうと思う。真理の探究ということを追っかけ追っかけしている間に、そこへ来てしまったのであろうと思う。学問は自律的に進む。自然の勢というものがあるのだ》

 AIが進化すれば、人知を超える速度で兵器が開発される可能性もある。
 アメリカがベネズエラのマドゥロ大統領を拘束時に使用した新兵器(電磁波で混乱させる兵器)もそうだろう。

 新兵器を防ぐシステムが開発されたとしても、それを上回る兵器が作られ、さらにそれを防ぐための……。

 想像するだけで怖い。