『ユリイカ』三月号、特集「眠い」に「寝たり起きたり 眠気と読むこと」というエッセイを書いた。雑誌に原稿用紙十五枚(六千字)の文章を書くのは久しぶり、というか、記憶にない。睡眠に関する半自叙伝みたいな話になった。
それから『東京人』四月号、特集「私の東京物語」に「中央線、平成のはじまり、『貧乏は正しい!』」というエッセイを書いた。自分の上京話と橋本治の話である。
二〇二六年になってまだ二ヶ月ちょっと。国際情勢が激動している。なんとなく一九八九年のことを思い出した。『東京人』に上京エッセイを書いたことも関係している。昭和から平成になって、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、冷戦終結……。
上京して大学に入ってライターになって高円寺に引っ越した年でもある。
ライターの仕事をはじめたのは八九年六月。同じ仕事場に出入りしていたすこし年上の先輩は中国から日本に亡命してきた学生の取材に奔走していた。イランのホメイニ師が亡くなり、アリー・ハメネイ大統領(当時五十歳)が最高指導者になったのもほぼ同じころだ。
ハメネイ師の最高指導者としての期間(三十六年八ヶ月)はわたしのライター歴とほぼ重なる。
一世代三十年。ライター生活三十年目は二〇一九年——五十歳になり、だんだんニュースにピントが合わなくなってきた(正確には、もともとピントがズレていたが、さらにぼやけてきた)。橋本治が亡くなったのもこの年だった。『中年の本棚』(紀伊國屋書店)の連載の最終回のしめきりが五十歳の誕生日で橋本治のことを書いた。
二月末、東横線の白楽駅を散歩した。暖かい日だった。六角橋商店街を抜けたあたりから、コンパスのみで歩く。坂道が多くて楽しい。地形に沿ってひたすら歩く。古そうな道を歩いていくとやがて大きな通りにたどり着く。
途中、神之木公園で河津桜を見る。満開だった。
2026/03/03
一九八九年
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