2021/06/14

初心

 土曜日、午前中から西部古書会館。五月のあいだ、古書展が中止だったせいか、前回、今回ともに本をたくさん買ってしまう。

 この日は署名本が大量出品。値段は五百円から二千円くらい。ほしい本が十冊くらいあったが、悩んだ末、武田泰淳著『新・東海道五十三次』(中央公論社)、福原麟太郎著『チャールズ・ラム伝』(垂水書房)、伊馬春部著『土手の見物人』(毎日新聞社)の三冊購入。伊馬春部は劇作家。太宰治の友人としても有名かな。『土手の見物人』にも「太宰治ノオト」や「“ぴのちお回想”」など、太宰関連の随筆がたくさん入っている。“ぴのちお”は阿佐ケ谷会のたまり場だった中華料理店ですね。永井龍男の兄が経営していた。

 サイン本はたまに偽物もある。福原本と伊馬本は贈り先が学者(福原と同じ大学の卒業生)と編集者(わたしも会ったことがある)なので、ほぼ間違いないだろう。
 福原麟太郎は本に直接書かず、別紙にサインしている。わたしは名刺に相手の名前だけ署名した福原本を持っている。
 買うかどうか最後まで迷ったのが泰淳の署名本だ。「武」の字は原稿用紙などでよく見かける癖のある字なのだが、それゆえ真似しやすい。マジックペンのカクカクした字なのも引っかかる。他の署名本をいろいろ見てみないとわからない。でも買わずに後悔するよりも、買って後悔したほうがいいと判断した。迷ったら買う。

『フライの雑誌』の最新号は「はじめてのフライフィッシング」。初心者向けといっても、ほんとうに何も知らない人、まったく興味がない人には何をどういっても伝わらない。数ある釣りの中で「なぜフライフィッシングなのか?」。語れることはそれだけなのかもしれない。どんな趣味でもその面白さと奥の深さはやってみないと、やり続けてみないとわからないことだらけだ。

 フライフィッシングを構成する三要素は「キャスティング(フライを思い通りに操る)」「タイイング(望みのフライを作る)」「観察と実践(楽しく釣るための知識と技術の蓄積)」とある。

《たまたま魚が釣れた、釣れた、では進歩がありません。釣れたのがなぜか。いったい何がよかったのか。(中略)五感をフルに活用して自然を観察して、悩んでクリエイトして技術を磨いて、釣れたなら、また悩む。その繰り返しです》

 傍から見れば、なんでこんなことをやっているんだと不思議なのだが、おそらく当人もしょっちゅうそうおもっている。それでもやめられないのは「知識と技術の蓄積」——それを元にした経験の末にしか味わえないものがあるからだろう。

 はじめたときはできなかったことが、いつの間に難なくできるようになる。しかし一つのことができるようになると、二つ三つできないこと、知らないことが増えていく。

 初心者といわれる時期にどれだけわけがわからないままのめりこめるか。基本に躓き、自己流に走るもうまくいかず、結局、基本からやり直す——みたいなこともよくある。基本の大切さも「知識と技術の蓄積」の末にしかわからない。