五十代以降は充実した日々を送るより、のんびり静かに暮らしたいという気持が強くなった。
長年の経験上、体が冷えてよかったことがない。腰に貼るカイロを装着し、部屋を暖かくして、温かいものを食べる。汁物にはほぼ生姜を入れる。しかし野菜が高い。白菜はまだましか。近所のスーパーだと四分の一カットの白菜が百六十八円。すこし前まで百円以下だった。
中野重治著『本とつきあう法』(ちくま文庫、一九八七年)の表題のエッセイはこんなふうにはじまる。
《このごろ私はなかなか読めない。からだが弱くなったうえに眼が弱くなった。からだ全体に馬力がなく、その上眼に馬力がない。そのせいでかなかなか読めないが、何かのきっかけで読むとなると、読むということはやはりほんとに楽しいことだなと思う》
初出は一九六五年。中野重治は一九〇二年一月生まれだから、六十三歳のときのエッセイである。
わたしも「眼が弱くなった」という実感はある。それ以上に集中力が途切れやすくなった。本を読んでいても、以前と比べると、心が動かなくなった。音楽もそう。それでも本を読むし、音楽を聴く。衰えていく過程ではじめて気がつくこともあるだろう。
四日昼すぎ、今年初の西部古書会館。三冊縛りはやめた。岩壁義光編『横浜絵地図』(有隣堂、一九八九年)、加太こうじ、木津川計、玉川信明著『下町演芸なきわらい』(駸々堂、一九八四年)、多くの作家と画家のサイン(印刷)入りの手拭いなど。『横浜絵地図』はプラカバ付の美本。地図だけでなく、写真も多数ある。
日頃、朝寝昼起の生活なのだが、年明けから昼寝夜起になり、そのあと夕方に寝て深夜に起きる睡眠時間ズレ周期になる。深夜一時すぎ、早稲田通りを阿佐ケ谷方面に向かって散策した。高田馬場方面に向かう空車のタクシーがけっこう走っている。
「日本の古本屋」で注文した『旅別冊 特集 地図 夢・謎・愉しみ』(日本交通公社、一九八四年)が届く。送料込みで六百円ちょっと。「自東部西国筋 旅中懐宝」(結城甘泉、一八五二年)を十七頁にわたって掲載している。現物は七メートル余もあった。
《雑誌での全巻一挙掲載は、もちろん本誌が初めてである》
江戸から大隅諸島、永良部島まで描いた見事な鳥瞰図だ。結城甘泉は筑紫(福岡)の人らしい。東海道は四日市や鈴鹿を通る伊勢廻り。関から上野、初瀬から奈良への道も描かれている。
鳥瞰図は、城や家も描かれているので当時の町の大きさもわかる。
あと瀬戸内航路が細かく記されていて勉強になる。「室は瀬戸内航路の要」とある。室は播磨の港町。室の津。岡山の牛窓も金比羅航路として栄えていた。
古地図(鳥瞰図)を見ていると、鉄道や車が普及する以前の地理の感覚がおぼろげながらわかってくる。町と町のつながりも見えてくる。