旅の疲れのせいか、頭がまわらん。こんなときは漫画を読むにかぎる。
ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)は、すばらしい作品だった。
古代ローマの建築家ルシウスが、タイムスリップして日本の銭湯や温泉にタイムスリップする。荒唐無稽としかいいようがない話なのだが、とにかく読まされてしまう。
SFの要素よりも、ローマと現代日本の文化、そして時代の比較(ズレ)が、ふざけ半分まじめ半分に描かれている。
ルシウスは、世界に名だたるローマ人としてのプライドをもっているのだが、現代の日本の銭湯にやってきて、「なんという文明度の高さ……!」とカルチャーショックを受ける。
主人公にとって、富士山の絵もケロリンのおけも巨大な鏡も衣類かご、フルーツ牛乳など、見るものすべてが斬新なのである。
彼は日本語がわからない。ゆえに、コミュニケーションはとれない。だが、建築家、技術者の目で日本の風呂文化を(ときどき誤解しながらも)どんどん吸収する。
そして再び古代ローマに戻ると、日本で得た知見をいかして、新しいローマ風呂を次々と考案する。
堪能、堪能。温泉に行きたくなる。
2010/02/23
小移動の記
倉敷に行ってきた。蟲文庫で知久寿焼さんのライブ。独特の、不思議な詞とメロディを本に囲まれた空間で聴くというのは、たまらんでした。
打ち上げも楽しく、あっという間に時間がすぎる。
酔っぱらい運転(自転車)で駅前のビジネスホテルに帰る途中で道に迷う(約二十分)。コンビニの店員がものすごく親切に駅までの道順を教えてくれる。
カメラマンの藤井豊くんと会い、翌日(日曜日)、高松に行く。宇野から高松までフェリー片道三百九十円。このフェリーが廃止になるかもしれないという。もったいない。
高松から琴電に乗って、商店街(シャッターがしまっている店多し)をぶらぶらして、さぬきうどんを食い、讃州堂書店に寄る。地元の喫茶店を探すが、「ガストくらいしかない」といわれる。
帰りは船ではなくJRで岡山に戻る。岡山から大阪に行って、ちょうちょぼっこに寄る。ブックオフに寄って、梅田のサンルートに(リニューアル記念かなんかで安くなっていた)。
月曜、正月に三重に帰ることができなかったので、難波から近鉄で鈴鹿に行くつもりだったが、その前に京都に行く。阪急で河原町まで行って、六曜社に寄って、出町柳でレンタサイクルを借りて、恵文社一乗寺店、ガケ書房、善行堂をかけあしでまわる。
思文閣の地下の店で鍋焼きうどん(わたしの理想の鍋焼うどん。いたって普通の味)を食う。
京都滞在二時間半というのは最短記録かもしれない。
京阪、近鉄を乗りついで帰省する。
鈴鹿は不況らしく、ブラジル人がたくさん国に帰ってしまって、アパートやマンションがガラガラだという話を聞く。親の住んでいるマンションもあちこち不具合が出ている(なかなかお湯がでないとか)。
ここ数年、親元に帰るたびに、新たな親族関係の謎を知ることになる。昨年亡くなった母方の祖母のところにいた謎のおばあさんが、祖父(大工・あまり仕事をしない人だったらしい)の乳母だったという事実が判明する。父方のほうにはいとこで編集者(漫画関係?)がいることも知った。
周辺の県道はチェーン店銀座と化している。「まさかこんなところに」とおもっていたブックカフェらしき喫茶店はなくなっていた。そのあと焼肉屋か焼鳥屋になりそう。
ベルシティ(ショッピングモール)のブックオフに行く。ドトールに買ったばかりの本を忘れる。取りに戻ったら、そのまま座席の上に置いてあった。
鈴鹿ハンターで福助のあられとコーミソースを買う。財布の中を見たら、帰りの電車賃が足りないことに気づき、年金生活をしている親から金を借りることに……。
夕方、名古屋に出る。エスカ(地下街)で格安チケットを買い、すがきやのラーメンを食って東京に帰る。
三泊四日で八万歩くらい歩いた。
これから仕事をせねばならぬのだが眠い。
打ち上げも楽しく、あっという間に時間がすぎる。
酔っぱらい運転(自転車)で駅前のビジネスホテルに帰る途中で道に迷う(約二十分)。コンビニの店員がものすごく親切に駅までの道順を教えてくれる。
カメラマンの藤井豊くんと会い、翌日(日曜日)、高松に行く。宇野から高松までフェリー片道三百九十円。このフェリーが廃止になるかもしれないという。もったいない。
高松から琴電に乗って、商店街(シャッターがしまっている店多し)をぶらぶらして、さぬきうどんを食い、讃州堂書店に寄る。地元の喫茶店を探すが、「ガストくらいしかない」といわれる。
帰りは船ではなくJRで岡山に戻る。岡山から大阪に行って、ちょうちょぼっこに寄る。ブックオフに寄って、梅田のサンルートに(リニューアル記念かなんかで安くなっていた)。
月曜、正月に三重に帰ることができなかったので、難波から近鉄で鈴鹿に行くつもりだったが、その前に京都に行く。阪急で河原町まで行って、六曜社に寄って、出町柳でレンタサイクルを借りて、恵文社一乗寺店、ガケ書房、善行堂をかけあしでまわる。
思文閣の地下の店で鍋焼きうどん(わたしの理想の鍋焼うどん。いたって普通の味)を食う。
京都滞在二時間半というのは最短記録かもしれない。
京阪、近鉄を乗りついで帰省する。
鈴鹿は不況らしく、ブラジル人がたくさん国に帰ってしまって、アパートやマンションがガラガラだという話を聞く。親の住んでいるマンションもあちこち不具合が出ている(なかなかお湯がでないとか)。
ここ数年、親元に帰るたびに、新たな親族関係の謎を知ることになる。昨年亡くなった母方の祖母のところにいた謎のおばあさんが、祖父(大工・あまり仕事をしない人だったらしい)の乳母だったという事実が判明する。父方のほうにはいとこで編集者(漫画関係?)がいることも知った。
周辺の県道はチェーン店銀座と化している。「まさかこんなところに」とおもっていたブックカフェらしき喫茶店はなくなっていた。そのあと焼肉屋か焼鳥屋になりそう。
ベルシティ(ショッピングモール)のブックオフに行く。ドトールに買ったばかりの本を忘れる。取りに戻ったら、そのまま座席の上に置いてあった。
鈴鹿ハンターで福助のあられとコーミソースを買う。財布の中を見たら、帰りの電車賃が足りないことに気づき、年金生活をしている親から金を借りることに……。
夕方、名古屋に出る。エスカ(地下街)で格安チケットを買い、すがきやのラーメンを食って東京に帰る。
三泊四日で八万歩くらい歩いた。
これから仕事をせねばならぬのだが眠い。
2010/02/11
エレクトロニック・ジャーナリズム
すこし前に、アマゾンの倉庫で働く人の映像を見た。巨大な倉庫の中をどこに何があるのかを表示する機械(コンビニやスーパーのバーコード読み取り機みたいな形をしている)を手に持ち、その番号にしたがって商品を探す。
棚には本だけでなく、アマゾンで販売されている電化製品から雑貨まで無秩序に並んでいる。
著者別や出版社別に並べてあるよりも、どんどん棚のあいているところにモノをいれ、機械の指示で探すほうが効率がいいのだそうだ。
人間は機械が示す数字にしたがって動く。本も鼻毛切りカッターもぬいぐるみも同じ扱いである。いかに素早く数字の示す場所にたどりつけるか。仕事で問われる能力はそれだけである。
そのうち商品探索運搬用のロボットが開発されるかもしれない。もしくは倉庫自体が巨大な自動販売機のようになるかもしれない。
二十年くらい前、かけだしのフリーライターのころ、手書の原稿をワープロで打ち直すアルバイトがあった。たしか一文字五十銭という相場だった。しばらくすると、その仕事は手書の原稿をスキャナーで読み込んで、誤変換したものを直すようになった。
その後、電子メールで原稿がやりとりされる機会が増えた。
テープおこしの仕事もずいぶんやった。
海老沢泰久さんの取材のテープをおこすアルバイトもしたことがある。その報酬でアップル社のノートパソコンとプリンターを買うことができた。
仕事先ではじめて紀伊国屋書店のホームページを見たとき、あまりの便利さにおどろいた。
これまである著者の本が何年何月にどの出版社から出ていたかということを調べるのは、かなり面倒な作業だった。著作リストを作るために何日も図書館に通った。それでもわからないことが多かった。
インターネットですべて調べられるわけではない。でも検索ボタンひとつで大半のことがわかる。この大半のことがわかるのに、かつてはものすごく時間がかかったのである。
アンディ・ルーニーの〔男の枕草子〕シリーズの『下着は嘘をつかない』(北澤和彦訳、晶文社、一九九〇年刊)に「エレクトロニック・ジャーナリズム」というコラムがある。
《ほとんどの新聞記者はいま、さまざまな形でビジネスに入りこんでくるテクノロジーのことを心配している。オフィスがコピー機器を導入しはじめたときに、カーボン紙の製造業者が感じたにちがいない危機感である》
新聞はテレビ・ニュースが普及しても生き残った。
しかし、ルーニーは「もし新聞自体が紙でなくなり、個人の家庭にあるコンピュータのスクリーンに呼び出す画像となる日が来たら、記者たちがこのビジネスなればこそ愛していたものの多くは消えてしまうだろう」という。
二十年前のルーニーの懸念は、かなり現実化している。
(……続く)
棚には本だけでなく、アマゾンで販売されている電化製品から雑貨まで無秩序に並んでいる。
著者別や出版社別に並べてあるよりも、どんどん棚のあいているところにモノをいれ、機械の指示で探すほうが効率がいいのだそうだ。
人間は機械が示す数字にしたがって動く。本も鼻毛切りカッターもぬいぐるみも同じ扱いである。いかに素早く数字の示す場所にたどりつけるか。仕事で問われる能力はそれだけである。
そのうち商品探索運搬用のロボットが開発されるかもしれない。もしくは倉庫自体が巨大な自動販売機のようになるかもしれない。
二十年くらい前、かけだしのフリーライターのころ、手書の原稿をワープロで打ち直すアルバイトがあった。たしか一文字五十銭という相場だった。しばらくすると、その仕事は手書の原稿をスキャナーで読み込んで、誤変換したものを直すようになった。
その後、電子メールで原稿がやりとりされる機会が増えた。
テープおこしの仕事もずいぶんやった。
海老沢泰久さんの取材のテープをおこすアルバイトもしたことがある。その報酬でアップル社のノートパソコンとプリンターを買うことができた。
仕事先ではじめて紀伊国屋書店のホームページを見たとき、あまりの便利さにおどろいた。
これまである著者の本が何年何月にどの出版社から出ていたかということを調べるのは、かなり面倒な作業だった。著作リストを作るために何日も図書館に通った。それでもわからないことが多かった。
インターネットですべて調べられるわけではない。でも検索ボタンひとつで大半のことがわかる。この大半のことがわかるのに、かつてはものすごく時間がかかったのである。
アンディ・ルーニーの〔男の枕草子〕シリーズの『下着は嘘をつかない』(北澤和彦訳、晶文社、一九九〇年刊)に「エレクトロニック・ジャーナリズム」というコラムがある。
《ほとんどの新聞記者はいま、さまざまな形でビジネスに入りこんでくるテクノロジーのことを心配している。オフィスがコピー機器を導入しはじめたときに、カーボン紙の製造業者が感じたにちがいない危機感である》
新聞はテレビ・ニュースが普及しても生き残った。
しかし、ルーニーは「もし新聞自体が紙でなくなり、個人の家庭にあるコンピュータのスクリーンに呼び出す画像となる日が来たら、記者たちがこのビジネスなればこそ愛していたものの多くは消えてしまうだろう」という。
二十年前のルーニーの懸念は、かなり現実化している。
(……続く)
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