月曜日、起きたら午後三時すぎ……と焦ったら、しばらくして時計を見たら午後二時。一時間得した気分になる。
夕方、吉祥寺。スターパインズカフェ。世田谷ピンポンズの『喫茶品品』のレコ発ライブの前によみた屋に寄ると岡崎武志さんとバッタリ。街道関係の図録三冊。たまたま探していた本が見つかる。
この日のライブは、たけとんぼの演奏も世田谷ピンポンズの曲を素材にしつつ、全員が楽しんで演奏していたかんじがした(うまいだけじゃく、絵になる)。ドラム以外の楽器が入れ替わる。なんでこんなに七〇年代や八〇年代の音の質感を表現できるのか不思議でしょうがない。
世田谷さんもこの一年レコーディングを通して大きな変化があった(気がする)。角がとれつつ、弾けている。これまでのフォークの枠からはみだす部分が、バンドによって形になった。音楽の幅が広がった。すべての曲がよかった。アンコールまであっという間だった。でも長年(ほぼ)ひとりでずっとやり続けきた核があったからこそ、今があるようにもおもう。
同時代の音楽との比較の中で作られた音とはちがう妙な独自性がある。
ライブのあと居酒屋。さらに高円寺に帰り、ペリカン時代。かなり酔っぱらう。
2018/11/25
古書会館
金曜日、久しぶりに東京古書会館。岸井良衞著『街道散策』(毎日新聞社、一九七五年)など、街道本たくさん買う。そのあと神保町の某古書店で『東海道宿駅設置四〇〇年記念 歴史の道〜東海道〜』(豊橋市美術博物館、二〇〇一年)を見つける。この一冊だけで古書会館で買った十冊分と同じくらいの値段だったが、買う。
最近、アマゾンの中古本で値段は「一円」で送料が「千八百円」という表示の仕方をよく見かける。「引っかけてやろう」という意図をかんじる。どんなにほしい本でもそういう出品者からは買いたくない。
話は変わるが、大岡昇平の『小林秀雄』(中公文庫)を読んでいたら「江藤淳『小林秀雄』」というエッセイの中にこんな文章があった。
《わたしは小林の無名時代の断片を偶然持っていたので、その一部を氏にまかせた。わたし自身、いつか小林論を書くつもりであったが、ほかに仕事を持っているので、いつのことになるのかわからない。資料をいつまでも死蔵しておくのは、小林秀雄が共通の文化財産になりつつあるこんにち、公正ではないのではないか、という自責を感じることがあった》
文中の「氏」は江藤淳のこと。さらっと書いてあるが、自分が大岡昇平の立場だったら、おそらく世に出回っていない貴重な資料を若い書き手に託せるだろうか。
初出は一九六二年一月の『朝日ジャーナル』。大岡昇平五十二歳、江藤淳二十九歳だった。
あと何年今の仕事を続けられるのかと考えたとき、使わないまま死蔵してしまいそうな資料をどうしたものかと悩む。すでにこの先仕事につながりそうにないジャンルの本は整理してしまった。古本の世界に本を戻す。まわり回って誰かの手元に届く。それでいいのではないか。
これまで集めた本を残しながら、新しい分野に取り組むのはむずかしい。ただし、こうした制約はかならずしもマイナスではない。制約があるから絞り込む必要が生じ、限られた時間の中でやりたいことが見えてくる……ということもある。
そんなことをおもいつつ、土曜日、西部古書会館に行った。
最近、アマゾンの中古本で値段は「一円」で送料が「千八百円」という表示の仕方をよく見かける。「引っかけてやろう」という意図をかんじる。どんなにほしい本でもそういう出品者からは買いたくない。
話は変わるが、大岡昇平の『小林秀雄』(中公文庫)を読んでいたら「江藤淳『小林秀雄』」というエッセイの中にこんな文章があった。
《わたしは小林の無名時代の断片を偶然持っていたので、その一部を氏にまかせた。わたし自身、いつか小林論を書くつもりであったが、ほかに仕事を持っているので、いつのことになるのかわからない。資料をいつまでも死蔵しておくのは、小林秀雄が共通の文化財産になりつつあるこんにち、公正ではないのではないか、という自責を感じることがあった》
文中の「氏」は江藤淳のこと。さらっと書いてあるが、自分が大岡昇平の立場だったら、おそらく世に出回っていない貴重な資料を若い書き手に託せるだろうか。
初出は一九六二年一月の『朝日ジャーナル』。大岡昇平五十二歳、江藤淳二十九歳だった。
あと何年今の仕事を続けられるのかと考えたとき、使わないまま死蔵してしまいそうな資料をどうしたものかと悩む。すでにこの先仕事につながりそうにないジャンルの本は整理してしまった。古本の世界に本を戻す。まわり回って誰かの手元に届く。それでいいのではないか。
これまで集めた本を残しながら、新しい分野に取り組むのはむずかしい。ただし、こうした制約はかならずしもマイナスではない。制約があるから絞り込む必要が生じ、限られた時間の中でやりたいことが見えてくる……ということもある。
そんなことをおもいつつ、土曜日、西部古書会館に行った。
2018/11/23
四十九歳
先週の土曜日、滋賀(草津宿など)をまわって京都へ。古書善行堂の隣のゴーリーの一箱古本まつりに顔を出し、夜はアフリカ音楽の店(?)で東賢次郎さんのDJ。知らない曲ばかりだったが、おもしろかった。
高松から『些末事研究』の福田さんも来て、東さん宅に宿泊し、朝から座談会。
そのあと翌日は岐阜をまわって郷里の家へ。岐阜と三重を結ぶ美濃街道も気になる。三重にいたころは滋賀も岐阜も地理上の距離よりも遠く感じていたが、今は近くおもえる。帰りはJR中央本線。恵那を歩いて塩尻に泊る。
火曜日、旅行から帰ってきてパソコンが不調というか、メールの調子がよくない。
コンピュータのおかげで便利になった分、不具合になると、いろいろな仕事が滞る。不具合の原因がわからないのも困る。
ただこれまでのメールの不具合は、プロバイダー側が原因のことが多かった。焦っても仕方がないので飲みに行く。日付が変わったら、送信できるようになっていた。
今月の中公文庫、大岡昇平著『小林秀雄』、武田泰淳著『新・東海道五十三次』——カバーデザインが渋い。『新・東海道五十三次』は、増補新版で自作解説、武田花の書き下ろしエッセイが新たに収録されている。旧版を持っていても買って損はないとおもう。
もともと好きな本だが、街道旅行をはじめて以来、『新・東海道』のおもしろさは格段に増した。武田泰淳の父は愛知県と三重県の県境のあたりの生まれと知る。いつか歩いてみたい。
先月刊行された井伏鱒二著『七つの街道』(中公文庫)と『新・東海道五十三次』を読み比べるのもおすすめだ。
どちらも思索と観察に「癖」がある。「街道文学館」は泰淳の『新・東海道』方式(地名を並べる)を真似した。
今週、四十九歳になった。大人の休日倶楽部の入会資格の年齢まであと一年。待ち遠しい。
高松から『些末事研究』の福田さんも来て、東さん宅に宿泊し、朝から座談会。
そのあと翌日は岐阜をまわって郷里の家へ。岐阜と三重を結ぶ美濃街道も気になる。三重にいたころは滋賀も岐阜も地理上の距離よりも遠く感じていたが、今は近くおもえる。帰りはJR中央本線。恵那を歩いて塩尻に泊る。
火曜日、旅行から帰ってきてパソコンが不調というか、メールの調子がよくない。
コンピュータのおかげで便利になった分、不具合になると、いろいろな仕事が滞る。不具合の原因がわからないのも困る。
ただこれまでのメールの不具合は、プロバイダー側が原因のことが多かった。焦っても仕方がないので飲みに行く。日付が変わったら、送信できるようになっていた。
今月の中公文庫、大岡昇平著『小林秀雄』、武田泰淳著『新・東海道五十三次』——カバーデザインが渋い。『新・東海道五十三次』は、増補新版で自作解説、武田花の書き下ろしエッセイが新たに収録されている。旧版を持っていても買って損はないとおもう。
もともと好きな本だが、街道旅行をはじめて以来、『新・東海道』のおもしろさは格段に増した。武田泰淳の父は愛知県と三重県の県境のあたりの生まれと知る。いつか歩いてみたい。
先月刊行された井伏鱒二著『七つの街道』(中公文庫)と『新・東海道五十三次』を読み比べるのもおすすめだ。
どちらも思索と観察に「癖」がある。「街道文学館」は泰淳の『新・東海道』方式(地名を並べる)を真似した。
今週、四十九歳になった。大人の休日倶楽部の入会資格の年齢まであと一年。待ち遠しい。
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