2023/02/26

中村星湖

 土曜日午後、西部古書会館。『中村星湖展』(山梨県立文学館、一九九四年)など、文学展パンフレットを数冊買う。
 中村星湖(一八八四〜七四)は山梨の南都留郡河口村(現・富士河口湖町)生まれ。一九一五年、神奈川県鶴見に移り住み、「釣りに熱中し始める」。その後『釣ざんまい』(健文社、一九三五年)を刊行(同書は復刻版もある)。
 一九二四年、豊多摩郡井荻村に転居。二六年、井荻村→井荻町に。年譜は「豊多摩郡上井草(現杉並区井荻町)」となっているが、現在「井荻町」および「井荻」の地名はない。
 元々「井荻村」は「上井草・下井草・上荻窪・下荻窪」の四つの村が合併してできた村である。「井草」+「荻窪」で「井荻」という地名になったようだ(『杉並の地名』杉並区教育委員会、一九七八年)。旧地名ややこしい。
『中村星湖展』のパンフに山梨日日新聞の「西荻窪より 小説選評」の記事あり。

 一九四五年五月、山梨の郷里の河口湖町に疎開し、晴耕雨読の日々を送る。六十一歳。
 大正末に「山人会」を発足、戦中は活動を中断していたが、一九五一年に復活第一回の総会を高円寺で開催している。

 あと『別冊るるぶ愛蔵版 街道の旅130選』(交通公社のMOOK、一九八七年)も入手できた。表紙は妻籠宿。一九八〇年代の「交通公社のMOOK」シリーズは街道関係が充実している。『別冊るるぶ愛蔵版 街道と町並の旅』(交通公社のMOOK、一九八二年)もよかった。

『街道の旅130選』に山梨県河口湖町のページあり。河口湖は黒曜石の産地で古代から道が開けていて、鎌倉往還も通っている。
 河口湖の産屋ガ崎の説明にこんな記述があった。

《その産屋ガ崎には、「雲霧の暫時百景を尽くしけり」という松尾芭蕉の有名な句碑が立つ。そして肩を並べるように『少年行』で「溶岩のくずれの富士の裾は、じつに広漠たる眺めである」と記した中村星湖の句碑が、また写真家岡田紅陽、日本画家望月春江の碑がある》

 まさか中村星湖の名前を見ることになるとは……。河口湖町が富士河口湖町になったのは二〇〇三年十一月か(河口湖町・勝山村・足和田村が合併し、発足した)。古本、古雑誌を読んでいると、市町村名の変更に戸惑うことが多い。