午前十時に寝て、起きたら夕方十六時半。ぼーっとした頭のまま、原稿の校正作業と掃除。
季節の変わり目はいつも睡眠時間がズレる。家にこもりがちなのもよくないようだ。
枕もとに置いてある色川武大著『戦争育ちの放埒病』(幻戯書房)を読んでいたら、移住の話が出てきた。
《現に、私の気持ちの中にあるいくつかの地方で住むことを空想してみることがある。たとえば、鹿児島。あるいは、岡山あたりの山村。徳島県の東南の海岸端。東北の横手盆地あたり——。いずれも私の好きなところだ》(「引越し症候群」)
色川武大は引っ越し魔だった。一ヶ所に定住すまいと決め、借家を転々としていた。
「私の日本三景」(『いずれ我が身も』中公文庫)でも似たような記述がある。この「日本三景」は「鹿児島県薩摩半島の外海側」「高知県東部海岸、甲浦付近白浜」「新幹線岡山駅手前の山村」とある。
岡山は何度となく行っているが、岡山駅手前の山村はどこなのか。
まだ行ったことがないのだが、岡山と兵庫の県境付近にある山陽道の三石宿も気になっている。岡山から下久井につながる金毘羅往来という街道も歩きたい。時間がほしい。
2019/08/26
仕事の喜び
イギリスの歴史学者、政治学者のP・N・パーキンソンは「パーキンソンの法則」でその名を知られている。
彼が提唱した法則は「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というもの。
パーキンソンはさまざまな人生訓も残している。
久しぶりに『パーキンソンの経済を見ぬく目』(三田貞雄訳、至誠堂)を読んでいたら、こんな言葉を見つけた。
《いちばん幸福な人間は、働く時間がいちばん短い人間ではなく、自分の仕事によろこびを見出す人間である》
この言葉のすこし前にパーキンソンは、古い自宅の話をしている。一九一〇年、パーキンソンが生まれた一年後に建築された家は細部にいたるまで熟練職人による加工が施されていた。
《箪笥や靴箱の戸を開けたり閉めたりすると「フーシュ」という音をたてた。指物大工がこの戸を文字どおり気密につくっておいたのだ》
大工たちはみな自らの仕事、技術に誇りを持っていた。
わたしの母方の祖父も大工だった。当時としては珍しいひとりっ子で乳母日傘で育った。母からは気がのらないと仕事をしない人だったという話を聞いた。欄間を作るさい、いい木材じゃないと、やる気をなくしたらしい。
そのかわり、いい木材が入ると採算度外視し、手間ひまかけて仕事した。
つまり、仕事をしてもしなくても貧乏だった。それでも祖父の話を聞くと羨ましい働き方だなとおもう。
彼が提唱した法則は「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というもの。
パーキンソンはさまざまな人生訓も残している。
久しぶりに『パーキンソンの経済を見ぬく目』(三田貞雄訳、至誠堂)を読んでいたら、こんな言葉を見つけた。
《いちばん幸福な人間は、働く時間がいちばん短い人間ではなく、自分の仕事によろこびを見出す人間である》
この言葉のすこし前にパーキンソンは、古い自宅の話をしている。一九一〇年、パーキンソンが生まれた一年後に建築された家は細部にいたるまで熟練職人による加工が施されていた。
《箪笥や靴箱の戸を開けたり閉めたりすると「フーシュ」という音をたてた。指物大工がこの戸を文字どおり気密につくっておいたのだ》
大工たちはみな自らの仕事、技術に誇りを持っていた。
わたしの母方の祖父も大工だった。当時としては珍しいひとりっ子で乳母日傘で育った。母からは気がのらないと仕事をしない人だったという話を聞いた。欄間を作るさい、いい木材じゃないと、やる気をなくしたらしい。
そのかわり、いい木材が入ると採算度外視し、手間ひまかけて仕事した。
つまり、仕事をしてもしなくても貧乏だった。それでも祖父の話を聞くと羨ましい働き方だなとおもう。
阿波踊り
土曜日、高円寺、阿波踊りの日。午後、西部古書会館。古書会館近くの中華料理屋でチャーハンをテイクアウト。夕方くららで生ビール、KYOYAさんの店で祭り用のステーキ、抱瓶で焼きそばを買い、仕事部屋の掃除の続き。今週はずっと本の整理していた。再読したい本がいっぱい出てくる。
日曜日、夕方くららで生ビール、KYOYAさんの店でスープカレーをテイクアウト。松永の串カツとだし巻き卵。あと北口のあずま通りで大道芸(エキセントリック吉田)を見て、芋煮を買って帰る。この二日間、自炊せず、屋台メニュー三昧だった。
なるべく人通りの少ない道を選んで移動していたのだが、あちこちから笛や太鼓の音が聞こえてきて、お祭りの雰囲気も堪能した。
ちょっと涼しくなった。これから仕事をせねば。
日曜日、夕方くららで生ビール、KYOYAさんの店でスープカレーをテイクアウト。松永の串カツとだし巻き卵。あと北口のあずま通りで大道芸(エキセントリック吉田)を見て、芋煮を買って帰る。この二日間、自炊せず、屋台メニュー三昧だった。
なるべく人通りの少ない道を選んで移動していたのだが、あちこちから笛や太鼓の音が聞こえてきて、お祭りの雰囲気も堪能した。
ちょっと涼しくなった。これから仕事をせねば。
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