2011/06/02

仙台に行って

 この二ヶ月くらい、ずっと思考と感情がちぐはぐな状態が続いている。
 お気楽な身の上でありながら、愚痴や不満をこぼしてばかりいるのは、どうなのかとおもう。どうなのかとおもうが、どうすればいいのかわからない。

 五月末、東京駅から深夜バスで仙台に行った。扉野良人さんの誘いだった。バスは途中、佐野と安達太良のサービスエリアに止まった。降りる人は少なかったが、わたしは降りた。真っ暗なバスの中で、帰ってから書く予定の原稿を頭の中で考えていた。

 早朝、火星の庭に着くと、おにぎりとお茶と布団が用意されていた。ありがたい。
 この日の河北新報の一面は、前日の宮城沿岸を襲った大雨と強風の記事だった。

 昨年十月に佐伯一麦さんの読書会で仙台に行っている。あれから半年以上経っている。この三年間くらい、二、三ヶ月に一度のペースで仙台通いをしていた。春、夏、秋、冬、どの季節に行っても、すごしやすい。食い物がうまい。くつろげる。
 火星の庭で知り合った人たちと飲むのも楽しい。

 昼すぎ、前野久美子さんの運転で塩釜、石巻、七ヶ浜を案内してもらう。

 車の中から町を見ると、道一本、川ひとつ隔てて、津波に巻き込まれた場所、巻き込まれなかった場所が分かれている。
 石巻の日和山公園から北上川の河口付近を見た。マルハニチロの建物があって、そのまわりは更地になっている。その更地の上にショベルカーやトラックがまばらに行き来している。
 テレビの映像で何度も見た光景だったが、呆然とした。 
 
 七ヶ浜のほうは倒壊して家、横転した車が残っていた。屋根の上に船が乗っている。
 前野さんの説明によると、このあたりは高級住宅地とのことだった。大きな家が多い。海がきれいで、関東でいうなら、湘南とか鎌倉とかの雰囲気に近い。
 視覚からの情報でからだが重くなる。生まれてはじめての経験だった。
  
 避難所で暮らす人が「仮設住宅ができたらすぐ出ていくから」という理由で不動産屋に部屋を貸してもらえないという話も聞いた。

 夕方、仙台市内に戻ってきて、メディアテークの向いの喫茶ホルンに行った。三月はじめにオープンしたばかりのyumboの渋谷さんの店。お店をはじめてすぐ地震にあった。ひっきりなしにお客さんが来る。もう何十年も続いている店のような不思議な落ち着きのある店だった。またひとつ仙台に遊びに行く楽しみができた。

 夜、扉野さんの知り合いの仙台在住で東北大学博士課程で数学を研究している学生と待ち合わせて、住宅街のアパートの一室で営業しているごはん屋つるまきに行く。店主は、版画家の若生奇妙子さん。お店のコンセプトは「ごはんのときだけシェアハウス」。
 ごはん屋つるまきには、Book! Book! Sendai!のスタッフの人たちも集まっていた。
 かねてから扉野さんと火星の庭の前野健一さんが似ているとふたりを知る人のあいだでは評判になっていたのだが、この日、念願の二ショットを見ることができた。顔だけでなく、表情やのんびりした雰囲気も似ている。
 本人同士も「似てるとおもいます」といっていた。

 日付が変わってしばらくして、コタツに入って手料理を食って、お酒を飲んでいるうちに、いつの間にか寝てしまった。楽しかったなあ。生きているからには楽しまなければ損だとおもった。

(……続く)

2011/05/30

程よい怠惰

 本を読むときのからだの調子や頭の具合についてよく考える。
 健康すぎるとだめだ。外に出たくなる。酒が飲みたくなる。からだを動かしたくなる。じっとしていられない。かといって、風邪をひいていたり、疲れすぎたりしていてもいけない。体調がわるいと、活字も頭にはいってこない。
 程よく怠いこと。
 わたしが本を読んでいるとき、集中できるというか、しっくりくるのはそういう状態である。
 程よい怠さは、酒を飲んだときのほろ酔いの状態と似ている。狙ってその状態を作り出せない。
 ずっとほろ酔いが続けばいいのになあとおもっていても続かない。たいてい痛飲し、泥酔し、二日酔いになる。
 尾崎一雄の「日記」という随筆がある。
 これまで日記を書いてこなかったのだが、今年の元旦から書きはじめたという。
 志賀直哉の全集の日記の巻を読んで「文章はどうでもいい、その日あつたことを簡単に書きとめ、かつは又何か感想でもあつたら、自分があとで読んで判る 程度に書いておく、将来何かの足しになるかならぬかはしばらく措き、現在の自分を整理するための一助にはなるだろう」とおもい、毎日何かを書き記そうと決 めた。

《志賀先生の日記には、一日分として、「忘れた」あるいは「無為」などと書いてあることがある。私のにもそんなのが続々と出てくるかも知れぬが、とにかくつけることはつける》

 わたしもかつて日記をつけよとしたことが何度かあるのだけど、あまりにも毎日同じようなことしかやっていなくて続かなかった。
 でも「無為」な時間が、何かの拍子に「有意義」に変わることがある。
 そのときそのときはただただどうしようもなく怠惰にすごしているだけなのだが、後からふりかえると、そんな無意味におもっていた時間から得るものが、あったりなかったりする。
 本を読んでいるあいだ考えていたことは、ほとんど忘れてしまうのだが、やっぱり、それも何かの拍子におもいだすことがある。

 今は何もおもいだせない。

2011/05/24

散財散歩

『小沢信男さん、あなたはどうやって食ってきましたか』(編集グループSURE)を読む。聞き手は、津野海太郎、黒川創。

《昔からずーっと、そんなに仕事をしないやつと思われていて。だけど、それにしちゃあね、まめに仕事をしているんだよ》

 どうやって食ってきたのかと聞かれて、「ようするに、基本的にはずっと親のすねをかじっていたんですよね」「すねっていうのは、かじり続けていれば、かじれるんですよ」と悪びれずに語っているかんじが、おかしい。

 新聞代や光熱費などの生活費は、タウン誌(『うえの』)の編集でどうにかなった。
「新日本文学」のような左翼系の場合、労働組合の新聞や雑誌の仕事があり、それが定収入になることもあったようだ。

 あまりお金をつかわない生活をしていれば、サラリーマンの平均収入の半分くらいでも大丈夫という話に勇気づけられる
           *
 午後、ひさしぶりに阿佐ケ谷散歩。最近、十二枚セットの布巾を見かけなくて困っていた。以前は二百円前後だったのだが、三百円前後になっている。
 帰りは新高円寺のほうに向かって歩き、アニマル洋子、ルネサンスに寄る。
 昔住んでいたアパートの近所にdaysという文房具のセレクトショップがあり、カッターナイフと消しゴムを買う。

 そのあと円盤に行って、かえる目の『拝借』をようやく購入。
 しばらくかけっぱなしになる予感。

 最近、京都のガケ書房に行ったとき、ちょうど店内でかかっていた平賀さち枝の『さっちゃん』というCDをずっと聴いていた。「阿佐ケ谷の部屋」「高円寺にて」という曲も収録。
 歌手になるしかないような声だなとおもう。

 散歩して古本屋をまわってCDを聴きながら酒を飲んで気分がよくなる。