昨年の『文藝春秋SPECIAL』(二〇一五年冬)を読んでいたら、渡辺京二さんの「二つに割かれる日本人」というインタビューが収録されていた。
《長い間、人間は天下国家に理想を求めてきましたが、これもうまくいかなかった。人間が理想社会を作ろうとすると、どうしても邪魔になる奴は殺せ、収容所に入れろ、ということになるからです》
《政治とはせいぜい人々の利害を調整して、一番害が少ないように妥協するものです。それ以上のものを求めるのは間違っているんですよ》
二十代のころ、わたしはアナキズム(無政府個人主義)を理想としてきたが、今のわたしは渡辺さんの政治観にかなり近い。
いうなれば、紆余曲折を経て、穏健主義者になった。
まずは自分が食っていくこと。健康であること。それから余力があったら、世の中のことを考えたい。
社会の変革には時間がかかる。そのあいだも家賃や光熱費を払う必要がある。本や酒だって、ただではない。
《僕はこれまで生きてきて、困ったなと思ったこと、解決しなければならない問題の九割九分までは、金で片付くことでした。ところが、残りの一分が片付かない。
その残りの一分、人としての生きがいは、やっぱり人との関わりの中にしかないんです。女、家族の次には、仲間です。ともに仕事した、一緒に遊んだ、近くに暮らした人たちに、ちゃんと取るべき態度が取れたら、死ぬときに満足感が持てるのではないか》
「近くに暮らした人たちに、ちゃんと取るべき態度」はどんな態度なのか。それを見つけ、実践することは今後の課題にしたい。
2016/09/15
まとまった時間
高円寺のOKストアが耐震工事でしばらく休業(十一月半ばくらいまで)。上京以来、自炊生活の軸になっていたスーパーの休業は困る。どうにかしのぐしかない。
忙しいわけではないが、ちょっとした雑用が多くて時間が細切れになっている感覚がある。まとまった時間がとれない。現代人は、テキパキといろいろなことを素早くこなす能力が重宝されている。その分、ひとつのことを長く考えたり、一冊の本をぶっ通しで読んだりする時間が減っているのではないか。
ちょっとずつつまみ読みしていると、なんとなく不完全燃焼になる。物語に入りこめない。
重厚な長編小説を読むとか、全十巻以上の漫画を一気に読むとか、それなりに時間をかけないと味わえない高揚感がある。
今はちょこまかネットを見たり、メールをチェックしたり、家事をしたり、何かと時間が寸断される。
二十代後半から三十歳くらいまで、お金もなく、やることもなかった。おかげで読書の時間はたっぷりあった。そのころの生活に戻りたいとはおもわないが、切実に本を読んだり音楽を聴いたりする時間はすこし取り戻したい。
忙しいわけではないが、ちょっとした雑用が多くて時間が細切れになっている感覚がある。まとまった時間がとれない。現代人は、テキパキといろいろなことを素早くこなす能力が重宝されている。その分、ひとつのことを長く考えたり、一冊の本をぶっ通しで読んだりする時間が減っているのではないか。
ちょっとずつつまみ読みしていると、なんとなく不完全燃焼になる。物語に入りこめない。
重厚な長編小説を読むとか、全十巻以上の漫画を一気に読むとか、それなりに時間をかけないと味わえない高揚感がある。
今はちょこまかネットを見たり、メールをチェックしたり、家事をしたり、何かと時間が寸断される。
二十代後半から三十歳くらいまで、お金もなく、やることもなかった。おかげで読書の時間はたっぷりあった。そのころの生活に戻りたいとはおもわないが、切実に本を読んだり音楽を聴いたりする時間はすこし取り戻したい。
2016/09/07
マニアとは
たまに「マツコの知らない世界」(TBS)を見ていると、いわゆるマニアの人たちのひとつのことに傾ける尋常ではない熱量に圧倒される。
趣味、あるいは好きというだけで生活に支障が出るくらいの時間とお金を費やす。自分にはできない。わたしも仕事そっちのけで、趣味(古本)に溺れていたこともあるが、「これ以上はまずい」というところでブレーキを踏んでいた気がする。
すこし前に番組に出ていた人は、生活雑貨が好きすぎて一千万円の借金を作った人物として紹介されていた。
本業は別にあり、生活雑貨を買うのは趣味である。趣味で一千万円の借金を作ってしまう感覚がわからない。一千万円の借金はどういう種類の借金かもわからない。資産家の親から借りたのか、金融機関から借りたのか。借金にもいろいろある。
番組に登場した人は雑貨の話になると止まらなくなる。溢れんばかりの雑貨愛はすごいとしかいいようがない。
何かを伝えるさい、好きで好きでたまらないから紹介したい——というおもいがある人には敵わない。
生活雑貨マニアの人が買うグッズは、ふだんわたしが買っている古本の値段とそんなに変わらない。ほとんどがワンコインで買えるものだ。ただ、海外まで雑貨を探しに行く。「どうしてそこまでして」とおもうが、マニアとはそういうものだともいえる。
制御不能になるくらいのめりこむことがマニアの証なのではないかとおもっていた。でもそれでは続かない。
趣味の持続のためには自己規律が必要だ。しかし、自己規律が強くなりすぎると、何かに熱中したり、没頭したりしにくくなる。
世の多くの人はおこづかいの範囲内で趣味を楽しんでいる。お金がないときはガマンする。生活を犠牲にして趣味にのめりこんでいる人は少数派だろう。少数派の世界は気になるし、おもしろい。おもしろいが、わたしにはできない。
話は変わるが、朝の情報番組で広島のユニフォームを着たアナウンサー(?)が、最後にほんとうは阪神のファンだと告白していた。
広島ファンにも阪神ファンにも失礼だ。
趣味、あるいは好きというだけで生活に支障が出るくらいの時間とお金を費やす。自分にはできない。わたしも仕事そっちのけで、趣味(古本)に溺れていたこともあるが、「これ以上はまずい」というところでブレーキを踏んでいた気がする。
すこし前に番組に出ていた人は、生活雑貨が好きすぎて一千万円の借金を作った人物として紹介されていた。
本業は別にあり、生活雑貨を買うのは趣味である。趣味で一千万円の借金を作ってしまう感覚がわからない。一千万円の借金はどういう種類の借金かもわからない。資産家の親から借りたのか、金融機関から借りたのか。借金にもいろいろある。
番組に登場した人は雑貨の話になると止まらなくなる。溢れんばかりの雑貨愛はすごいとしかいいようがない。
何かを伝えるさい、好きで好きでたまらないから紹介したい——というおもいがある人には敵わない。
生活雑貨マニアの人が買うグッズは、ふだんわたしが買っている古本の値段とそんなに変わらない。ほとんどがワンコインで買えるものだ。ただ、海外まで雑貨を探しに行く。「どうしてそこまでして」とおもうが、マニアとはそういうものだともいえる。
制御不能になるくらいのめりこむことがマニアの証なのではないかとおもっていた。でもそれでは続かない。
趣味の持続のためには自己規律が必要だ。しかし、自己規律が強くなりすぎると、何かに熱中したり、没頭したりしにくくなる。
世の多くの人はおこづかいの範囲内で趣味を楽しんでいる。お金がないときはガマンする。生活を犠牲にして趣味にのめりこんでいる人は少数派だろう。少数派の世界は気になるし、おもしろい。おもしろいが、わたしにはできない。
話は変わるが、朝の情報番組で広島のユニフォームを着たアナウンサー(?)が、最後にほんとうは阪神のファンだと告白していた。
広島ファンにも阪神ファンにも失礼だ。
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