2021/03/26

紙とウェブ

 水曜日、神保町。『歴史と旅』(二〇〇一年四月号)の「開道四〇〇年記念特集 東海道五十三次を歩く」を均一台で購入。『歴史と旅』は二〇〇三年に休刊。いっても仕方がないことだが、街道の研究を二〇〇〇年前後くらいに始めていれば……。この時期、江戸の五街道関連の博物館や史料館のイベントがたくさん開催されている。この先も“間に合わなかった感”を抱えて生きてゆくことになるだろう。とにかく今のわたしの目標は雑誌で街道特集を組むときに呼ばれるライターになることだ。十年以内に。

『ウィッチンケア』volume11が届く。今回は「古書半生記」と題したエッセイを書いた。
 二〇一七年に「わたしがアナキストだったころ」、二〇一八年に「終の住処の話」、二〇一九年に「上京三十年」を発表している。同誌では四作目だが、いずれも私小説風随筆である。
 しめきりと文字数さえ守れば何を書いてもいいという条件は、ライターとしては嬉しくもあり苦しくもある。つまらなかったときに言い訳がきかないからだ。結局、自由に執筆できるなら、面白いかどうかはさておき、自分の生きた証を書き残したい。
 わたしの半生を要約すれば、本を読んで酒飲んで原稿を書いてたまに旅して、就職せず、ふらふらと生きてきた——ということになる。

 仮にもし今自分が二十代であれば、そういう生き方は目指さないだろう。わたしの二十代は、ほぼ一九九〇年代と重なっている。定職に就かなくてもアルバイトでもそこそこの暮らしができた。まちがいなく時代の恩恵を受けている。定職につかなかった分、生活は不安定だったが、時間はたっぷりあった。その時間を本と酒に注ぎ込んだ。

 最近、若いライターと話をする機会があると、どこかのタイミングで何か一つのテーマに絞って、自分の看板を作ったほうがいいと助言する。好きなものはたくさんあっていいし、好奇心旺盛であることはわるくない。ただし“何屋”かわからない店だと仕事を頼みにくい。だからまず本業をはっきりさせる。そして自費出版でも何でもいいから形にする。名刺代わりになる作品をつくる。守備範囲を広げるのはそれからでも遅くない。

 もちろん最初からライフワークになるようなジャンルを絞りこめたら苦労はない。人生、乱読迷走期は不可避である。

 今はブログやSNSでも作品は発表できる。どうしてわざわざ紙に印刷しなければいけないのか。触れるか触れないかの差しかないではないか。そうおもう。わたしも漫画や雑誌は電子書籍で買っているし……。
 それでも「これは!」とおもう文章を書く人に出会うと「自費出版でも何でもいい、五十部でもいいから紙の本を作れ」といいたくなる。ネット上の無数の表現から切り離されたモノとして所有したいという気持が強いのかもしれない。

 現在、紙とウェブの仕事が半々くらいになっている。電子書籍の印税もちょこちょこ入る。いまだにウェブの仕事のスピード感にはついていける気がしない。紙の雑誌のテンポのほうが好きだ。