ビル・ブライソン著『ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー』(高橋佳奈子訳、朝日文庫、二〇〇二年一月)はくりかえし読んでいる。紀行文、アウトドア、語学、科学と守備範囲の広い作家だ。同書に「なぜ誰も歩かない?」というコラムがある。ビル・ブライソンはアメリカのアイオワ州の生まれだが、十八年くらいイギリスの新聞社などで働いていた。
《アメリカに戻ろうと決めた際、妻と私が望んだことの一つに、手ごろな大きさの町で、商店街へ歩いて行ける距離のところに住みたいということがあった》
希望通り、たいていの用事は歩いてすませることができる町に住むことになった。しばらくすると町を歩いている人を見かけないことに気づく。町の人からすると、彼の徒歩生活は「奇妙で風変わりな習慣」だった。
《みな、何をするにも車を使うのに慣れてしまっているため、縮こまっている足を伸ばし、体を支えるその二本の足に何ができるか試してみようとはけっして思わない》
先月末、ビル・ブライソン著『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』(桐谷知未訳、新潮文庫、単行本は二〇二一年)が刊行された。同書、第9章 「解剖室で骨と向き合う」、第10章「二足歩行と運動」でも、歩くことに紙数を割いている。
《足には、三つの異なる役割がある。緩衝装置、基盤、そして圧力を加える器官。一歩踏み出すごとに——一生のあいだに、おそらくおよそ二億歩ほど踏み出すことになるだろう——あなたはこの三つの機能を順番に実行する》
《アーチと弾力性の組み合わせが足に反動機構を与え、そのおかげでヒトの歩行は、他の類人猿のやや重々しい動きに比べて、リズミカルで軽快な、効率のよい動きになっている》
引用は第9章「解剖室で骨と向き合う」から。
いっぽうヒトは直立姿勢で様々な行動するようになって「脊椎を支えクッションの役割をする軟骨円板に余分な圧力がかかり、結果としてときどき位置がずれたり、椎間板ヘルニアを起こしたりする」。二足歩行は常に腰や膝、股関節などに大きな負荷がかかる。いろいろ思い当たる。
第10章「二足歩行と運動」によると、散歩や適度な運動は、骨を強くする、免疫系の機能を高める、病気の予防になる、気分が明るくなるといった効果があるようだ。
《では、どのくらい運動するべきなのか? はっきり答えるのはむずかしい。ほとんど誰もが信じている一日一万歩歩くべきだという考えも悪くないが、特別な科学的根拠があるわけではない》
《一万歩説は、一九六〇年代に日本で行われたたったひとつの研究から生まれたとよく言われる——が、もしかするとそれもつくり話かもしれない》
このブログでわたしは「晴れの日一万歩、雨の日五千歩」と何度となく書いているが、たしかに根拠はない。その日の体調によって「もっと歩きたい」とおもうときもあれば、目標未満でも「もういいや」とおもうことがある。
近年の健康関係の本を読んでいると、一日八千歩説もよく目にする。体格をふくめて歩くことの負荷にも個人差がある。自分に合った運動(量)はいろいろ試して体得するほかない。
第16章「人生の三分の一を占める睡眠のこと」も興味深く読んだ。
《体のどこだろうと、睡眠の恩恵を受けない部分、不眠の悪影響を受けない部分はひとつもない》
寝不足はあらゆる病気につながる。精神状態も不安定になる。最近の研究では認知症の原因のひとつにも数えられているそうだ。体の概日リズムの乱れは体重増加の一因になっているという説もある。寝なきゃいけないとおもいすぎて眠れなくなることもよくある。そういうときは「横になって目を閉じているだけでもいい」と自分に言い聞かせている。
(付記)『人体大全』は参考文献の頁をふくめて七百十五頁もある。ものすごく分厚い文庫というわけでもない。紙がいいのか。