2026/03/15

前川千帆

 三月十九日(木)に発売予定の本の雑誌編集部『この作家この10冊(3)』(本の雑誌社)が届く。わたしは「吉行淳之介の10冊」を書いた。吉行淳之介のエッセイ集が中心の選書である。最初はもうすこし小説とエッセイのバランスをとったほうがいいのではないかと考えた。しかし自分が読み返すのはほぼエッセイなので致し方ない。初出は『本の雑誌』二〇二〇年六月号。

 十四日(土)、昼すぎ、西部古書会館(木曜日から開催だった)。気になる図録があったのだが、状態がよくなかったので棚に戻した。しかし帰り道に「買わなかったら後悔しそう」と折り返し、『平木コレクションによる 前川千帆展』(千葉市美術館、二〇二一年)を買う。
 絵の好みは自分の軸みたいなものがない。巧拙もわからない。今は人物画より風景画に惹かれる。

 年譜を見ると、前川千帆(せんぱん)は一八八八(明治二十一)年、京都生まれ。一九六〇年没。戦前、「おてんばチャッピー」という漫画も描いている。田中冬二の『故園の歌』(アオイ書房、一九四〇年)の装丁、挿絵も前川千帆。アオイ書房は詩誌『新領土』を刊行していた出版社でもある。

 前川千帆は関西美術院で浅井忠、鹿子木孟郎に学んだ。浅井忠は、夏目漱石『三四郎』の深見画伯のモデルといわれる洋画家。津田青楓も浅井、鹿子木の教え子である。漱石の周辺、面白そうな画家がけっこういる。

 鹿子木孟郎は「津の停車場」などの作品で知られる洋画家でパノラマ地図の吉田初三郎の恩師でもある。鹿子木は三重県尋常中学校(現在の津高校)の図画の先生だった。

 晩年、前川千帆は杉並区荻窪二丁目に住んでいたこともある。

 バラバラに買った図録が年譜の中でつながる。自分は絵が好きというより、図録の年譜が好きなのかもしれない。

 今週、荻窪を二度散策していた。古書ワルツの前から青梅街道に向かう道(ラーメン二郎荻窪店などがある)はドコモタワーがよく見える。高円寺は駅のホーム以外、ドコモタワーが見えるところが少ない。

 ビーンズ阿佐ケ谷のカルディ。気に入っていたさぬきシセイの乾麺(うどん)は売ってなかった。
 乾麺でいえば、金とびの名古屋きしめん、みうら食品の日本そばと中華そばも常備している。いずれも多めに茹でて冷凍している。