2026/04/10

わからないまま

 先月末から高円寺駅と阿佐ケ谷駅の間の高架下のビッグ・エー杉並阿佐谷南店が改装のため臨時休業していたのだが、リニューアルオープン。ビッグ・エーでコーヒー豆とビールをよく買う。高円寺に引っ越して以来、中央線のガード下を数えきれないくらい往復している。ビッグ・エーができたのは何年ごろだったか。昔からあったようにおもえるし、つい最近のようにもおもえる。
 夜、近所の飲み屋。日付が変わり、隣に座っていた常連客の誕生日になった。三十八歳になったらしい。
「ハンカチ世代だ」と口に出る。ハンカチ王子、二十年前か。時の流れは早い。

 福原麟太郎の随筆「命なりけり」の題名は西行の「年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜の中山」からとっている。一一八六(文治二)年、西行六十九歳の歌である。
 わたしが学生のころは鎌倉幕府ができた年は一一九二年(いい国つくろう鎌倉幕府)と習ったが、今は一一八五年説が有力になっている。西行の「命なりけり小夜の中山」は鎌倉時代の歌ということになる。

 小夜の中山(静岡県掛川市)は東海道の日坂(にっさか)宿と金谷宿の間にある峠で東海道の三大難所の一つ。
 わたしは西行の「年たけて」の歌を知り、歌枕に興味を持つようになった。
 街道の本を読んでいると西行と芭蕉の名がやたらと出てくる。二人はわたしの郷里の三重県とも縁が深い。鈴鹿の歌、句もある。東京と三重の間に歩きたい道、見たい川がたくさんある。

 西行が出家したのは二十三、四歳。出家の理由は諸説あり。調べれば調べるほど、わからないことだらけ。「命なりけり小夜の中山」はいつごろの作品なのかわかってる。しかしわからない歌のほうが多い。

 くらもちふさこ『花に染む』(クイーンズコミック、全八巻)を読み返し、この題も西行の歌からとっていたのか……と今さらながら気づく。気づくのが遅い。

 文学にせよ歴史にせよ地理にせよ、雑学のカケラが頭の中に散らばっている状態だ。何かを理解するには知識の整理整頓が必要なのだが、そういうことを怠ってきた。興味がとっちらかっている。そのおかげで古本趣味が続いているともいえる。
 何がやりたいのかわからない。だから本屋(古本屋)に行く。本に反応して何かしら考える。気がついたら、五十歳半ばを過ぎていた。あと干支が一回りで西行の「命なりけり」の年になる。
 十二年前のわたしは四十四、五歳。そのころ、自分は何に興味を持っていたのか。二〇一四年四月六日のブログに「隠居欲」という記事を書いている。

《この先、生活の「縮小」がテーマになる気がしている》

 五十歳のわたしは生活の「縮小」ができなかった。今のわたしはとっちらかった興味を「縮小」したい。それは容易ではない。たぶんできない。