2026/04/01

中野の花見

 土曜日、中野散歩。四季の森公園の桜を見る。花見客がたくさんいた。桜だけでなく、花桃(ハナモモ)が咲いている。
 中野通り沿いの桜並木をすこし歩いて、駅南口に向かい、桃の花を見る。南口のサンロード中野・桃商会の通りには照手桃(テルテモモ)があった。花桃の一種で小栗判官の照手姫から名前をとっている。照手桃は相模原市で品種改良された桃(ほうき性樹型)である。
 このあたりは旧・桃園町だったからか、桃の木がけっこうある。桃の花に魅かれる。

 中野のコープみらいで冷凍チャーハン(わりとあっさり味)を買い、桃園川緑道を通って高円寺に帰る。自分でもチャーハンはよく作るが、冷凍チャーハンの進化には敵わない(あと安さも)。

 日課の散歩(一日一万歩)で歩きたい気分じゃないときでも歩いているうちに、樹木や草花が好きになった。同じようなことのくりかえしの中にも変化がある。

 二〇二六年になって、まだ三ヶ月ちょっとだが、世の中の話題展開の速度についていけない。
 インターネットはその時々の気になる情報が自分の許容量を超えて集まってくる。どこかで制御しないと自分の思考が拡散してうやむやになってしまう。
 半世紀以上前の古本(古雑誌)を読んだり、音楽を聴いたりするのは、頭を冷ますのによい。

 文芸創作誌『ウィッチンケア』Vol.16に「ブログの話」を書く。最初「ブログ二十年」という題をつけていたが、原稿を送る直前に変えた。なぜ変えたのか、よくわからない。

 年に一回発行の同誌でわたしは私小説風のエッセイを書いてきた。連作ではないが、古本の話、住まいの話、散歩の話など、どこかでつながっている。

 日曜日昼すぎ、西部古書会館(木曜日から開催していた)。『浅野竹二の木版世界』(府中市美術館、二〇一七年)、『武者小路実篤記念 新しき村美術館』(新しき村美術館、一九八八年)、滝田ゆう『寺島町奇譚 ぬけられます 現代漫画家自選シリーズ』(青林堂、一九七一年)、佐藤春夫著『打出の小槌』(講談社文芸文庫、一九九〇年)など。

 浅野竹二の図録は手にとってパラパラ見ているうちに気に入った。一九〇〇年十月二十四日京都生まれ、一九九九年二月十日没(同図録の年譜)。インターネット上はウィキペディアをはじめ、一九九八年没になっている記述も多い。いずれにせよ長生きだ。

 浅野竹二、若いころは繊細な風景画を描いていたが、途中で画風が大きく変わり、九十代になるとポップアートみたいな絵になる。

 画家の中にはずっと同じような絵が描き続ける人もいる。そういう人も面白い。

 ブログの話に戻るが、ずっと同じことを続けていると、どこかで飽きてくる。そこから模索がはじまり、工夫を重ねる。そうした模索や工夫を経て、何がどう変わるのか。
 年々、働かないおじさん(おじいさん)の日記になりつつある。それもまたよし。

(追記)浅野竹二の生年を「一九九〇年」と書き間違える。さらに「一八九〇年」と間違えて直してしまう。訂正した。注意力散漫。