2018/09/05

18きっぷ紀行(後篇)

 台風接近でJR身延線が運休するかもしれないというニュースを見て、予定を変更する。

 石和温泉の宿では二時間くらいしか眠れなかった。おかげで朝六時のJR中央線の高尾行の電車に乗ることができた。

 石和温泉〜高円寺は二時間半。途中下車しながらでも昼前には高円寺に着くだろう。だったら「日本三大奇橋の猿橋(えんきょう)が見たい」とおもった。
 歌川広重の「六十余州名所図絵」で猿橋の絵を見て以来、気になっていた。
 大月駅の隣の猿橋(さるはし)駅には午前六時四十四分に着いた。さすがに店は一軒もあいていない。駅で「甲州街道を巡る」というマップを手に入れる。名勝猿橋までは一・四キロ。余裕だとおもった。

 小雨の中、甲州街道を歩く。車が速度をまったく落としてくれない。トラックが通りすぎるたびに傘が飛ばされそうになる。水しぶきをかぶる。なんとか猿橋に着いた。壮観。桂川もきれいだ。猿橋からあじさいの遊歩道を歩く。ここまではよかった。

 猿橋から歩いて鳥沢駅に向かうことにした。地図だと名勝猿橋は猿橋駅と鳥沢駅の中間とまではいわないが、けっこう近くに見える。雨がすこし強くなる。甲州街道は車が怖かったので小学校のある道を歩く。地図を見るとこの道のほうが近そう。でも行けども行けども鳥沢駅にたどり着けない。

 たまたま人が乗っている車が止まっていたので鳥沢駅までの道を聞くと「え?」という顔をされる。「まっすぐ歩いていくと左手に陸橋に行く道があって、橋の先に駅がある」と教えてもらう。
 ところが地図を見てもそれらしき道がない。まっすぐ行くと猿橋トンネルがある。トンネルだけは歩きたくないし(車が怖いから)、そのトンネルを抜けると、どんどん鳥沢駅を遠ざかる。
 なんとしても左に曲る道を見つけたい。しかし標識らしきものはどこにも出ていない。
 勘で曲るしかない。この道で合っているのかどうかわからない。陸橋も見えない。不安になる。しばらく歩くと新桂川橋梁が見えた。鉄道橋である。川からの高さ四十五・四メートル。全長五百十三メートル。電車に乗っていると、あっという間に通りすぎてしまうが、歩くとけっこうな距離だ。いちおう断っておくと、歩行者は鉄橋の下の道を歩く。
 橋の先にものすごい急勾配の坂と階段らしきものが見える。そこを登ると鳥沢駅がある。

 一見遠回りのようだが、猿橋から国道20号線——甲州街道をひたすら歩けばよかった。わたしは県道513号線を歩いてしまった。そもそも台風の前に川の近くの名所に行こうとおもったことがまちがっている。

 鳥沢駅に着いたのは午前八時半。駅のホームで汗と雨でずぶ濡れになったシャツを変える。服を着替えると、気持に余裕ができた。急におなかが空いてきた。

 午前八時四十三分の高尾行きに乗る。
 午前九時十二分。高尾駅のひとつ手前の相模湖駅で途中下車する。通勤ラッシュは過ぎている時間だが、まだ東京には帰りたくない(混んでいる電車に乗りたくなかった)。
 駅で「甲州古道案内図」というマップを手に入れ、駅前の「いかりやレストラン デミタス」という喫茶店に入る。客はわたしひとり。
 今さらながら「さがみ湖ピクニックランド」が「さがみ湖リゾート プレジャーフォレスト」になったことを知る。二〇〇七年に名称と運営会社が変わったらしい。

 学生時代に一度だけ相模湖を訪れたことがある。そのとき、相模湖は神奈川県であることを知った。

 エビチャーハンとコーヒーを注文。店のテレビで台風21号のニュースを見る。どしゃ降りになる。
 食事をすませ、立川行きの電車に乗る。相模湖駅から立川駅まで三十分。立川駅から高円寺まで三十分。今度は天気のいいときに行きたい。

(追記)
 昼前までに高円寺に帰りたかったのは関東甲信越地方の台風接近時刻が午後すぎというニュースを見たから。台風よりも通勤ラッシュを回避したいとおもったのはどうかしている。