山田五郎が亡くなった。享年六十七。一九五八年十二月生まれ。共著を含め、著作もいろいろ出している。
山田五郎の思い出……といっても面識はない。昔、二十代半ばの半失業時代に、わたしは古本屋で山田五郎著『キャフェのテラスで』(清水弘文堂書房、一九八八年)という本を買った。
わたしがこの本を買った時期は、ちょうど山田五郎がテレビに出始めたころだ。
『キャフェのテラスで』の山田五郎はおそらく一九四〇年前後の生まれ。普通に読めば、まちがえることはない。でも『キャフェ』の山田さん、上智大学卒でヨーロッパに留学をしていて、若いころから雑誌に文章を書き、編集の仕事もしているのである。ほな山田五郎やないか。
本の帯には「『時』の熟成を伝える『軽文学』の響き!」とある。
『キャフェのテラスで』はやや縦が短い判型で、短文を集めたエッセイ集である。この本に「原稿」と題したエッセイがある。
《私のまわりには、二種類の人間がいる。文章を紙に書きつけるとお金になると考えている人間と、書けば書くほど出費がかさむと考える人である》
《ある時、「もの書き」の一人が、つくづくと話してきかせれくれたことには、同人雑誌に載っている作品ほど、コワイものはないそうである。なにしろ、身銭をきって書くのである》
『キャフェのテラスで』のプロフィール欄には「東京・有楽町にて街頭詩人を勤める。『月刊えくてびあん』編集人。ぐるーぷ・ぱあめ同人。文芸誌『とんぼ』同人」とある。生年月日は載っていない。
創作集団「ぐるーぷ・ぱあめ」の礒貝浩は同書の装丁・挿画を手がけている。「ぐるーぷ・ぱあめ」は“伝説”の編集プロダクションである。礒貝浩と山田五郎は上智大学時代の知り合い。礒貝浩は一九四〇年生まれ。『キャフェ』の山田五郎も同世代だろう。
わたしは仕事部屋の本棚に『キャフェのテラスで』と『山田五郎のマニア解体新書』(講談社、二〇〇六年)を並べていた。
『山田五郎のマニア解体新書』の冒頭には「『マニア道』十一箇条」(山田五郎 認定!)が載っている。
一、マニアは趣味を仕事にしない
一、マニアは見返りを期待しない
一、マニアは決して妥協しない
一、マニアは変に欲張らない
一、マニアは気を散らさない
一、マニアは手間ひま、カネを惜しまない
一、マニアは他人にやさしく、自分に厳しい
一、マニアは無口なほうがいい
一、マニアは意味を求めない
一、マニアに定年はない
一、マニアは(いろんな意味で)怖い
山田五郎自身、いろいろなものを収集してきたが「マニア」の域には達していないと自嘲している。
同書の対談でみうらじゅんは「人を喜ばせようとか、笑いをとろうとか、エンタテインメントが入るとマニアじゃなくなると思う」と語っている。
山田五郎著『キャフェのテラスで』に「散歩」というエッセイがある。
《散歩は「趣味」などという範疇はとうに超えている。何かの「役に立つ」というような実用性はない。だからといって即「趣味」と規定するのは早計にすぎよう。断固、何の役にもたたない。むしろ、ここに散歩の骨頂があり、「可愛らしさ」もそこにある》
街頭詩人であり、同人誌活動もしていた『キャフェ』の山田五郎はNHK・FMの「クロスオーバーイレブン」の台本のスクリプトを担当していた。一九六〇年代の話である。
何をどう読んでも別人なのだが、わたしは二人の山田五郎を同一人物と思っていた時期がある。別人とわかっていて、それでも読みたいならかまわないが、勘違いで購入しないよう気をつけてください。
(追記) 『キャフェのテラスで』のインターネットの古書価の話を書いたが、記憶違いの可能性があったのでその部分を削りました。ちなみに現在(七月二十八日)在庫なし。『山田五郎のマニア解体新書』も入手難になっているようだ。