2026/08/24

夏の日記

 土曜日、午前中に西部古書会館。『万葉集』関係の本と街道の本を買う。夕方、雨と雷。日課の散歩(晴れの日一万歩、雨の日五千歩)がおもうようにできない。
 深夜二時、茨城県南部で地震(最大震度五弱)。杉並区も震度四。長い揺れ。本棚の上に積んでいた本が落ちてきた。

 夏の甲子園終わる。今大会、真剣に見たのは三重高校と履正社の試合だけ。他の試合は仕事や家事の合間にちらちら眺める感じだった。年をとると野球を見るのも体力がいる。三重高校の校歌に「北は城趾の鈴の屋を」という歌詞がある。「鈴の屋」は本居宣長の書斎である。宣長は鈴の音色が好きで「鈴せんせい」と呼ばれていた。
 鈴の音を聞くと頭の疲れがとれる――宣長はそう信じていた。

 わたしは公園などの水景施設の水の音を聞くのが好きになった。なんとなく頭がすっきりする。
 今から二十年くらい前、三十代半ば、スポーツ心理学の本を読み耽っていた時期がある。怒り、焦り、不安などの感情は自分の脳が作り出しているにすぎない。歩いたり、水の音を聞いているうちに、ささくれだった気分がすこしずつ治ってくる。

 深夜の地震で崩れた本の中に常盤新平著『うつむきながら、とぼとぼと』(読売新聞社、一九九二年)があった。この本に「夏の日記」が入っている。
 常盤新平は一九三一年三月生まれ。日記の冒頭付近に「この夏も暑くてかなわないし、証券会社、銀行のスキャンダルがぞくぞくと明るみに出て、いっそううっとうしい」とある。

 証券会社の巨額の損失補填が発覚し、大きく報じられたのは一九九一年の夏である。同じころ、尾上縫(おのうえぬい)事件をはじめ、銀行でも巨額の架空預金証書事件があった。この日記を書いていたころの常盤新平は六十歳。

 還暦になったばかりの常盤新平は一橋診療所で睡眠剤を処方してもらっている(日本とアメリカの行き来による時差ぼけの解消のため)。同診療所で血糖値を測る。いつもより高い。「美人の看護婦さん」から「なるべく水分をとってどんどん尿を出すようにしなさい」「ただし、ビールはいけませんよ」といわれる。

《ニューヨークから帰って、酒はほとんど飲んでいない。酒を飲むにも体力のいる年齢である》

 前にこの本を読んだのはいつだったか。「酒を飲むにも体力のいる年齢である」という文章はまったく覚えてなかった。
 今、この言葉が身にしみる。本を読むのも体力がいる。
 五十代になって酒が弱くなった。プロ野球の中継ぎ投手のように連投は二日まで、回跨ぎ(ハシゴ酒)はなるべくしないようになった。
 今のところ加齢による体力の低下は節酒でどうにかカバーしている。そのカバーも効かなくなってきたら、どうするか。
 あらためて『うつむきながら、とぼとぼと』はいい題だなとおもった。