夕方から仕事。神保町の三省堂書店に行き、その向いの三崎市場でかすうどんを食う。最初はあまり期待していなかったのだが、好みの味だった。
そのあとダイバーの古本市に行くと、NEGIさんがいた。
すこし前に、NEGIさんが、職場で歩きながら本を読んでいたら、同僚に笑われたというような話を聞いた。こんどフルマラソンに挑戦するそうだが、たぶん本を読みながら走るのではないかとおもう。
それはさておき、わたしもよく歩きながら読む。エスカレーターやエレベータに乗った瞬間、ほとんど無意識のうちに本を開く癖がついている。
ここ数日、文庫化された『手塚治虫大全』(全三巻、光文社知恵の森文庫)を読み続けている。おもしろい。
一巻の「若さの証明」というエッセイには、昔は「仕事即道楽」だったが、上京してからは執筆から趣味の部分が消えたと述懐している。漫画家のような人気稼業は、すこしの油断も妥協も許されない。
《きびしい競争に負けて、ぼくの同世代の描き手がどんどん脱落して行き、ぼくのまわりは一世代も二世代も若い後輩ばかりになっていった》
手塚治虫は「若さ」とは「自信」だという。作品が失敗しても、連載が打ち切られても、「おれの作品は正しい」とおもい、「次の作品を見ていろよ」と新しい仕事にとりくんだ。
(……以下、『活字と自活』本の雑誌社所収)
2009/01/14
明哲保身
寒さに弱く、寝起がわるい。そのかわり睡眠時間はやたら長くなる。酒量も増える。外出するときは、ユニクロのヒートテックの長そでのシャツ(中に半そでのも着る)を着て、防寒仕様の靴をはき、耳まですっぽりはいる帽子をかぶり、さらに腰に温楽を貼って、葛根湯も飲む。文明の力を借りて、どうにかなっているかんじだが、こんな生活をしていたら、ますます脆弱になってしまうのではないかと心配だ。
池袋往来座の「外市」の翌日も、ほぼ一日寝ていた。充電期間というより、ほとんど冬眠状態である。
年末に買ったPSPの「ボナンザ」という将棋ゲームばかりやっている。
春になったらもうすこし元気になるとおもう。
ある古典を読んでいたら、「知恵ある者たちは知性のいとも心穏やかな僕たる意志の力」をもっているという文章があった。ヴィーコという十七世紀生まれの哲学者の書いた『学問の力』(上村忠男、佐々木力訳、岩波文庫)にあった一節だ。
古本屋通いをしていると、おそらく膨大な本を読んできて、いろいろなことを知っているとおもわれる年輩の人々が、人を突き飛ばしたり、いきなりレジで怒鳴りつけたりするような光景をよく見る。
知性によって自分を律する「意志の力」が足りない。
かつては自分を律したいとおもう気持があった。でもだんだん、無理をしないということに意志の力をつかうようになった。多少の不義理はいたしかたなしと諦めている。
池袋往来座の「外市」の翌日も、ほぼ一日寝ていた。充電期間というより、ほとんど冬眠状態である。
年末に買ったPSPの「ボナンザ」という将棋ゲームばかりやっている。
春になったらもうすこし元気になるとおもう。
ある古典を読んでいたら、「知恵ある者たちは知性のいとも心穏やかな僕たる意志の力」をもっているという文章があった。ヴィーコという十七世紀生まれの哲学者の書いた『学問の力』(上村忠男、佐々木力訳、岩波文庫)にあった一節だ。
古本屋通いをしていると、おそらく膨大な本を読んできて、いろいろなことを知っているとおもわれる年輩の人々が、人を突き飛ばしたり、いきなりレジで怒鳴りつけたりするような光景をよく見る。
知性によって自分を律する「意志の力」が足りない。
かつては自分を律したいとおもう気持があった。でもだんだん、無理をしないということに意志の力をつかうようになった。多少の不義理はいたしかたなしと諦めている。
2009/01/05
帰省
三十日、ぷらっとこだまで帰省。すこし時間に余裕があったので、東京駅で降り、R.S.Booksをのぞくと、『深沢七郎ライブ』(話の特集)があった。ちょっと高い本は、何かきっかけがないと買えない。それが今だ。これから田舎に帰るというのに、重い本を買ってしまった。八重洲古書館のすこし先にあるアロマでコーヒーを飲む。
電車の中では、山田風太郎エッセイ集成『風山房風呂焚き唄』(筑摩書房)を読む。旅先に単行本を持っていくことはめずらしいのだが、山田風太郎のこのシリーズはゆっくり読みたい。
電車が小田原駅の手前で止まる。一時間四十分。風太郎、読み終わる。結局、名古屋まで六時間くらいかかってしまった。『深沢七郎ライブ』を買っておいてよかった。
《仕事をすることは食べること以外に意味を求めてはいけないのです》
という深沢七郎の一行にうなる。
前に帰省したとき、沼津で電車が止まったことがあった。そのとき電車の中で読んでいたのも山田風太郎だった。たしか『戦中派不戦日記』だった気がする。
そんなこんなで鈴鹿へ。
父も自動車関係の工場で五十年ちかく働いているのだが、鈴鹿ではフィットなどの小型車が中心のため、今のところ自動車不況の影響はそれほど受けていないらしい。でも今年、小型車の生産を関東の工場にも分割するという話もあり、そうなると、かなり深刻な事態になるかもしれない。
大晦日、町に出る。ブックセンター白揚の場所が田舎の家の近くに移転していた。それから鈴鹿ハンター。ゑびすやでかやくうどん。そのあとボンボンという喫茶店でコーヒーを飲む。
母、テレビを見ながらずっとナンクロをやっている。自作の回答用紙も作っていた。
元旦は静岡に移動。妻の親族が大勢集まる。十四、五人。にぎやか。食いものがあっという間になくなる。
次の日、自転車を借りて浅間神社へ。
近くには正月からやっている古本屋がいくつかある。
三日、各駅列車で東京に帰る。
今日から仕事はじめ……といっても、昨年渡した原稿の校正をちょこっとやっただけ。
そのあと高円寺の古本屋をまわる。
まだちょっと正月ボケ。
電車の中では、山田風太郎エッセイ集成『風山房風呂焚き唄』(筑摩書房)を読む。旅先に単行本を持っていくことはめずらしいのだが、山田風太郎のこのシリーズはゆっくり読みたい。
電車が小田原駅の手前で止まる。一時間四十分。風太郎、読み終わる。結局、名古屋まで六時間くらいかかってしまった。『深沢七郎ライブ』を買っておいてよかった。
《仕事をすることは食べること以外に意味を求めてはいけないのです》
という深沢七郎の一行にうなる。
前に帰省したとき、沼津で電車が止まったことがあった。そのとき電車の中で読んでいたのも山田風太郎だった。たしか『戦中派不戦日記』だった気がする。
そんなこんなで鈴鹿へ。
父も自動車関係の工場で五十年ちかく働いているのだが、鈴鹿ではフィットなどの小型車が中心のため、今のところ自動車不況の影響はそれほど受けていないらしい。でも今年、小型車の生産を関東の工場にも分割するという話もあり、そうなると、かなり深刻な事態になるかもしれない。
大晦日、町に出る。ブックセンター白揚の場所が田舎の家の近くに移転していた。それから鈴鹿ハンター。ゑびすやでかやくうどん。そのあとボンボンという喫茶店でコーヒーを飲む。
母、テレビを見ながらずっとナンクロをやっている。自作の回答用紙も作っていた。
元旦は静岡に移動。妻の親族が大勢集まる。十四、五人。にぎやか。食いものがあっという間になくなる。
次の日、自転車を借りて浅間神社へ。
近くには正月からやっている古本屋がいくつかある。
三日、各駅列車で東京に帰る。
今日から仕事はじめ……といっても、昨年渡した原稿の校正をちょこっとやっただけ。
そのあと高円寺の古本屋をまわる。
まだちょっと正月ボケ。
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