2014/01/14

反復練習

 野球選手が、守備練習で連続でノックを受ける。野球の場合、試合中に守りの選手が起き上がる間もなく、ボールが飛んでくることはない。
 長年、わたしは「千本ノック」のような練習の意味がわからなかった。
 たぶん、考えなくても瞬時にからだが動くようにするための練習なのだろう。
 反復練習の目的というのは、たいていそうだ。

 草野球をやっていた子どもが、二、三十年ぶりに野球をする。
 運動不足でからだはおもいどおりに動かない。真っ正面に飛んできた簡単なゴロが捕れない。あれ、おかしい。逆に、ものすごく速くてむずかしい逆シングルの球に、からだが勝手に反応して、捕れてびっくりすることもある。

 不思議な感覚だ。考える間もなく、からだが動く。というか、考える間がないから、からだが自然に動く。

 慣れや熟練は、考える間を短縮する。

 すごい職人やミュージシャンを見ると、からだと道具や楽器が一体化しているかんじがする。
 ある種の技能というのは、できるようになってはじめてわかる。できないうちはわからない。

 連休中、昨年十二月からこのブログで書き続けてきた「試行錯誤」と「自分の声」を読み返した。半知半解で書いているから未消化なところが多い。
 それこそ“自分の声”でこのテーマを書きこなすには、まだまだ時間がかかりそうだということがわかった。

 反復練習が必要だということも……。

2014/01/13

自分の声 その六

「試行錯誤」を書きはじめたときは、どこにたどり着くのか、わからなかった。そのうち「自分の声」という問題が浮上してきた。

「自分の声」は、個性や独自性だけでなく、内なる「子どもの声」という意味合いもあるのではないか。
 この十年くらい、バラバラに考えていたことが、なんとなく、つながりそうになってきた。

 三十代のわたしは私小説と海外コラムとスポーツ心理学に傾倒していた。
 そこから自分が導き出そうとしていた答えは、ほとんど同じものだということに四十代になって気づいた。

 二十代後半に失業状態になり、自分の感情その他のコントロールが必要だとおもうようになった。
 編集者に何かいわれるたびに、一々ケンカしたり落ち込んだりしていたら、身が持たない。子どものころから「わがままだ、身勝手だ」といわれ続けた性格はそう簡単には変わらないだろうが、せめて怒りや不安などの負の感情は抑えられるようになりたい。

 吉行淳之介や鮎川信夫は、自己抑制や規律を大事にする作家だった。
 いっぽう自分の感情をコントロールしようとすればするほど、本能とか欲望とか内なる自分の「子ども」みたいなものが弱ってしまう。
 自分の中の「子ども」の部分を温存しながら、自分を律していくというのは、かなりむずかしい。今もどうしていいのかわからない。
 スポーツ心理学の本を読んでいても、いかにして規律と本能のバランスをとるかということがテーマになっている。
 ガルウェイのインナーゲーム理論もそうだし、勝木光の『ベイビーステップ』(講談社コミックス)もそうだ。

 わたしの場合、あまりにも急に感情を抑えようとしすぎて「自分の声(言葉)」が出せなくなった。あまり怒らなくなったかわりに、文章に気持がこもらなくなった。

 中途半端に自己抑制を心がけるだけではいけない。
 で、どうすればいいのかわからず悩んでいたときにマイク・ルピカのコラム集を読んだ。

 ピート・ハミルの「序」には、コラムニストは「自分の声」と「驚いたり恐れたりすることへの感受性や能力」を保持することの大切さを説いている。
 ルピカは、スポーツライティングにとって「心にたっぷり少年の部分」を持ち続ける必要があるといった。

 規律と本能をどう調和させるか。

 日本の私小説——尾崎一雄の文学もそのことについてくりかえし書いている。

(……続く)

2014/01/12

成人の日

 本田圭佑がイタリア・セリエAのACミランの入団会見のさい、「心の中のリトル・ホンダが選んだ」と答えた。
 いくつかのスポーツ新聞の補足には、オランダのFWファンペルシーがマンチェスターUへの移籍時に「自分の心の中にいるリトル・ボーイに聞くと、彼は“ユナイテッド”と叫んだ」という発言が元ネタとあった。

 何か大きな決断をするとき、自分の心の中の「子ども」に相談する。子どもは好きなこと、やりたいことを選ぶ(そうじゃない子どももいるとおもうが)。

 わたしの場合、自分の内なる「子ども」の声は「やめたい」「休みたい」を連呼しかねないので、重要な決断をまかせるのは心配だ。
 かといって、「子ども」の部分を抑えすぎると、その声はだんだん聞こえなくなる。

 わたしは十九歳でフリーライターになった。
 成人式には行かず、高円寺の飲み屋でひとりですごした。
 数年後、大学を中退した。

 大学でやめて学生ライターじゃなくなったら、仕事が減った。
 その年、バブルがはじけた。住んでいたアパートも取り壊しになった。
 古本を買うだけでなく、売る生活がはじまった。

 貧乏生活が続くうちに、自分の中の「子ども」の部分が磨り減り、削られていくような気がした。

 自分がおもしろい人だなとおもった大人は、みんな「子ども」の部分を大事にしていたとおもう。
 損得抜きで「いやなものはいやだ」といえる人たちだった。
 親戚にひとりくらいいる変なおっさん——大人らしくない大人の存在に救われる子どもだっている。

 無理や我慢をすることで身につく力もあれば失う力もある。

 成人の日から二十数年経った今おもうのは、別に急いで大人になる必要はないということだ。誰かにとって「扱いやすい」人間になることが大人になることではない。

 自分の中の「子ども」の声を失ったら、つまらない大人になる。