2021/02/06

汽車に乗り遅れて

 金曜日、荻窪の古書ワルツので円地文子、吉行淳之介、小田島雄志『おしゃべり・えっせいⅡ』(朝日新聞社、一九八四年)を買う。『銀座百点』のホストが三人の座談集。シリーズ「Ⅰ」のほうは尾崎一雄や田中小実昌もゲストだった。

 シリーズ「Ⅱ」のゲストは服部良一(作曲家)、大庭みな子(小説家)、小沢昭一(俳優)、田代素魁(画家)、木の実ナナ(俳優)、和田誠(イラストレーター)、江國滋(随筆家)、山口瞳(小説家)、暉峻康隆(国文学者)、太地喜和子(俳優)、加藤芳郎(漫画家)、佐多稲子(小説家)、佐野洋(小説家)、山本紫朗(プロデューサー)、宮尾登美子(小説家)、丸谷才一(小説家)、奈良岡朋子(俳優)、飯沢匡(劇作家)、吉村昭(小説家)、斎藤茂太(医者)、東海林さだお(漫画家)——。

 日劇のプロデューサー、山本紫朗がゲストの「レビューの華やかなりし頃」は興味深い話がいろいろあった。

 戦争末期、山本は新潟で長谷川一夫、笠置シズ子、芳村伊十郎らといっしょにいた。

《小田島 豪華メンバーですね。
 山本 どうしてそこへ行ってたかというと、はじめ北海道へ渡るはずだったんです。それが笠置がちょっと汽車に遅れたんです。
 小田島 ああ、それで助かったという》

《吉行 さっきの、船に乗れなかったという話、もうちょっと詳しく話してください。
 山本 いや、長谷川さんたちの一行が、北海道に渡るために青森で青函連絡船に乗るはずだったが、笠置シズ子が汽車に乗り遅れたために、それを待っていたのです。その船が爆撃されて沈んじゃった》

《円地 でも、運がいいですねえ。
 吉行 笠置さんがブギウギで大スターのころ、日劇の楽屋でインタビューしたことがあるんです。
 小田島 「モダン日本」のころ。
 吉行 そう。きちんとした、遅れそうにない人だったですよ(笑い)。
 山本 それが上野へ遅れてきた。それで結局、待っていたために爆撃に遇わずにすんだ、と》

 ちょっとしたことで助かったり、助からなかったり。ふだん遅刻しない人が遅刻したおかげで沈む船に乗らずにすんだ。でも逆に遅刻したせいで沈む船に乗ってしまうこともある。戦時中ではないが、今だって人はこうした運不運の分れ道を歩んでいる。人間万事塞翁が馬。だから遅刻に寛容になろうという話ではなく、いやまあそういう話だ。

 あと昔の日劇の話で山本紫朗が踊り子にヘソが出る衣装を着せようとしたら、みんな泣いて怒ったという話も時代のちがいを感じた。ところが、ミニスカートが流行したときは平気ではいた。そのあとヘソを出すことに抵抗がなくなったと……。

2021/02/04

運だらけ

 水曜日、神保町。草思社文庫の二月の刊行予定を見ていたら、古山高麗雄著『人生しょせん、運不運』と北村太郎著『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』があった。どちらもわたしの愛読書である。二冊とも絶筆となった自伝風エッセイだ。

《人生とは、運だらけ、自分ではどうにもならないものだらけ、ではありませんか。選択は自分の意思であり、それが招来したものについては、当然、引き受けなければならない、なんて、えらそうなことを言ってみても、選ぶ、ということは、自分の力の及ばない“流れ”の中にあり、“運”の中にある。(中略)人は、自分が選んだのだから引き受けなければならないのではなく、選ぼうが選ぶまいが、自分にふりかかって来るものを、引き受け、付き合って行かなければならないのです》(『人生しょせん、運不運』)

 わたしも物事を考えるときに運や偶然の要素をわりと重視している。古山さんの影響もあるだろうし、もともとそういう気質があったから古山さんの作品を愛読するようになったともいえる。

 生まれた時代、場所、親などは選べないが、何かと制約はあるとはいえ、自分の進路や仕事を選べた境遇というのは幸運なことだ。一年早く、あるいは遅く生まれるかで人生は大きく変わってしまう。いっぽう年々自分の力の及ばないことをあれこれ考えたり、意見したりするのが億劫になっている。

 古山さんは「あなたは若いんだから運命論者になってはいけない」と二十代のころのわたしにいった。時々この言葉の意味を考える。「しょせん、運不運」かもしれないが、その結論に至るまでには膨大な思索と迷いがある。そもそも運の見極めはとてつもなく難解であり、おそらく一生わからない。この本自体、未完の遺作だから結論はない。おかげでその続きを想像する楽しみがある。

2021/02/02

元気です

 一月三十日(土)、ひさしぶりに北品川のKAIDO book&coffeeへ。いつ来ても街道本が充実している。北から南まで地域ごとに本が並んでいるのもいい。この日は雑誌『つくづく』の取材で品川宿の旧街道を歩きながら雑談した。どんな記事になるのか、いつ雑誌が出るのかわからないが、楽しかったからよしとする。

 日曜日、西部古書会館。けっこういい本が百円、百五十円で売っている。安すぎて心配になる。

 先週、部屋の水まわりの工事があって、他にも調子のよくないところをいろいろ直してもらっている。午前中から工事の人が出入りしている状況で、本の移動やらなんやらで腰痛の兆候もすこしあったりして、そのせいでブログの更新が滞ってしまった。とりあえず元気です。仕事もやってますが、終わりません。今頑張っているところです。仕事をしながらカレーを作っていたら鍋をこがした。何とかリカバリーした。

 昨年の春に五十肩になったときもおもったのだが、とくに面白いことや楽しいことがなくても、これといった問題のない日々を送れることは幸せなのだな。やっぱり無事がいちばんです。

 都内の新型コロナの感染者も減少傾向——やはり二月が正念場か。こんなに春が待ち遠しいとおもったことはちょっと記憶にない。