2023/03/29

南島町と日野町

 月曜夕方、荻窪散策、行きは電車で帰りは歩いた。荻窪〜阿佐ヶ谷間の大陸飯店にはじめて行く(何度か店の前を通って気になっていた)。醤油ラーメン、五百五十円。

 桑野淳一著『熊野灘もうひとつの古道 南島町 浦竃の謎を追う旅』(彩流社、二〇〇九年)を読む。三重県の南島町(現・南伊勢町)は、わたしの母方の郷里(浜島町/現・志摩市)も近い。どちらも海岸線が入り組んでいて、陸の移動はけっこう大変なところだ。

 南島町は「竃」の字が付く集落が多い。このあたり「平家街道」と呼ばれる山道があるらしい。
 平家の落人が生計のため、塩を作った。塩を焼くための竃が地名の由来といわれている。
 昔は海上交通が盛んで、陸路では行きにくい地域でも人の行き来がけっこうあった。地図を見ているだけではなかなかそういうことに気づかない。

 この本、南島町のことから、和歌山、滋賀と話が広がる。
 たとえば、近江商人と伊勢商人のつながりについても詳しく書いている。
 一五八八(天正十六)年、松坂城に蒲生氏郷が入城した。

《彼は近江商人、とりわけ日野からの商人をもろとも連れてこの地に移り住んだため、今日でも松阪駅の近くに日野町という地名を見ることができる。近江の日野町から移り住んだ人々が形成した町である》

 近江の日野から松阪に移った商人たちが松坂商人(伊勢商人)になった。

 滋賀県の日野町(蒲生郡)は東海道の水口宿に近い。中山道の愛知川の少し先の五箇荘(小幡)から御代参街道(近江商人街道)という道があり、日野町を通り、東海道の土山宿に至る。御代参街道は中山道と東海道を結ぶ脇街道で、土山宿の先に鈴鹿峠があり、そこを越えると三重県である。

 歯科通い(まだしばらくかかりそう)が一段落したら、日野町(滋賀・三重)を歩いてみたい。

2023/03/26

社会恐怖症

 土曜午後一時すぎ、西部古書会館。筒井作蔵著『五日市街道を歩く』(街と暮らし社、二〇〇六年)など。同社の江戸・東京文庫シリーズが好きで少しずつ集めている。筒井作蔵は『青梅街道を歩く』も書いている。街と暮らし社、二〇一三年五月以降、新刊が出ていない。

 そのあと小雨の中、野方に散歩、肉のハナマサで米(五キロ)を買ってしまったので環七に出て野方消防署のバス停からバスで帰る。いつも買っている米だが、高円寺のスーパーより三百円くらい安かった。バス代は二百十円。

 文芸創作誌『ウィッチンケア』(vol.13)に「社会恐怖症」というエッセイを書いた。四頁。
 最初にタイトルが浮んで、あとは行き当たりばったりに書こうと決めた。たまたま近所の飲み屋で流れていた曲の話も書いた。佐々木伶さんの「人間が怖い」という曲なのだが、文中ではややぼかしている。というか、執筆中は店で聞いたばかりで誰の歌なのかよくわかっていなかったのだ。すこし前のライブの映像を見たら、自分の記憶と歌詞がちょっとちがっていた。

 夜まで一冊の雑誌をじっくり読む。

2023/03/22

終わりよければ

 WBC準決勝メキシコ戦、朝から視聴。攻めの時間、守りの時間、一球一球痺れた。村上宗隆選手のサヨナラ打——テレビの前で声を上げてしまった。いい試合だった。

 近所の飲み屋で予選を観ていたとき、村上選手がずっと不調で燕党のわたしはちょっと居心地がよくなかったのだが、「栗山英樹監督も元ヤクルトだから」と……。

 決勝のアメリカ戦、両チームの投手リレーも見ごたえがあった。ここまで日本代表は僅差リードの展開がほとんどなかった。若手の投手たち、世界の舞台でも平常運転なのがすごい。中村悠平捕手、素晴らしい。ヤクルトの背番号「27」の重みが増した。

 WBC優勝を見て神保町へ。桜も満開に近い。一週間ぶりに電車に乗ったら、JRと東京メトロの運賃が値上がりしていた(三月十八日から)。JRの初乗り運賃は百五十円になった。

 ウェブの「高円寺経済新聞」に「旧高円寺ストリート2番街、『高円寺マシタ』に刷新 7飲食店オープンで」(三月十七日付)という記事があった。高円寺駅の西方面のガード下「高円寺ストリート2番街」はケンタッキーフライドチキンや洋品店、地下にラーメン店街などがあった。二〇二一年十月末に閉館し、ずっと工事中だった。
 営業再開は三月三十一日からでケンタッキーフライドチキンの高円寺店も再オープンするそうだ。

「高円寺ストリート2番街」は中古レコード屋のRARE(レア)があったエリアだ。RAREの閉店は二〇一九年四月末——かれこれ四年になる。
 わたしが上京した一九八九年、九〇年ごろは高円寺のガード下には都丸書店分店、小雅房、球陽書房分店の三軒の古本屋があった。毎日のように通っていた。ガード下の古本屋がなくなったのは寂しい。