今日七月九日(月)から七月三十一日(火)まで神保町のアクセスで第五回書肆アクセスフェア「荻原魚雷の選んだ書肆アクセスの20冊」を開催しています。アクセスで取り扱っている本の中から、わたしの好きな本と雑誌を選んで並べてもらうという企画です。
期間中、お買い上げの方には小冊子もプレゼント。
■書肆アクセス
〒101-0051
千代田区神田神保町1-15
TEL 03-3291-8474
■営業時間
月・火 AM10:00〜PM6:00
水・木・金 AM10:00〜PM7:30
土 AM11:00〜PM6:30
さて、昨日一昨日の池袋の古書往来座の第三回「外市」が無事終了。二日間雨も降らず、涼しくて、ほんとうによかった。「文壇高円寺」の売り上げは一万四千円。売り上げ冊数は五十四冊。今回も「ホンドラベース」で出品した。
浅生ハルミンさんとのワメトークはシラフで挑むつもりだったけど、極度の緊張ゆえ、退屈君に白角の水割(缶)を二本買ってきてもらい、開演前に一本、対談中も飲みながら話すことになった。いちおうタオルで隠していたんだけど、途中から完全にバレていた。
中学時代、校舎の中をバイクが走っていたり、授業中、爆竹とロケット花火が飛び交い、窓ガラスがなくて冬ものすごく寒くて、教室の中でたき火をしていたという話はすべて実話。あと授業中、教室の後ろでシンナーを吸っている生徒もいたなあ。先生はまったく注意せず、シンナーを吸っていない生徒を「連帯責任だ」とかいって、往復ビンタをくらわせた。わけがわからない。いまだにおもいかえすと理不尽なことだらけだ。
まあそんなことも笑い話にできる日がくると……。
イベント会場の上り屋敷会館からもどると、古本ソムリエの山本善行さんと岡崎武志さんが来ていた。なぜか往来座のマンションの角にへばりついて上を眺めるのが流行する。
打ち上げもおもしろかった。毎週月曜朝しめきりの仕事があるので、日曜日は水割三杯までと決めているのだが、「まあ、いいか、今日は」とおもって飲みまくる。
その後、神田川の面影橋に笹を流しに行く。
タクシーで高円寺に帰り、三時間ほど寝てから朝まで仕事する。なんとか原稿も書き終えて、午後三時すぎまでまた寝る。
2007/07/06
外市とワメトーク
七月七日(土)、八日(日)に第三回往来座の「外市」に今回も「文壇高円寺」として一箱参加することになりました。
※わめぞblogから転載
「外、行く?」
第3回 古書往来座外市〜わめぞ七夕、外に願いを!〜
■日時
7月7日(土)〜8日(日)
7日⇒11:00〜20:00(往来座も同様)
8日⇒11:00〜17:00(往来座は22:00まで)
■会場
古書往来座 外スペース(池袋ジュンク堂から徒歩3分)
東京都豊島区南池袋3丁目8-1ニックハイム南池袋1階
http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/
■メインゲスト(大棚使用約200冊出品)
古本ソムリエ 山本善行 http://d.hatena.ne.jp/zenkoh/
山本善行(やまもと・よしゆき)
1956年、大阪市生まれ。古本エッセイスト。「エルマガジン」にて「天声善語」を連載中。著書に「古本泣き笑い日記」(青弓社)、「関西赤貧古本道」(新潮新書)。
■わめぞ古本屋軍団(大棚使用約200冊出品)
古書往来座(雑司が谷)http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/
古書現世(早稲田)http://d.hatena.ne.jp/sedoro/
立石書店(早稲田)http://d.hatena.ne.jp/tate-ishi/
■わめぞオールスター(小棚 or 一箱)
武藤良子(雑司が谷)http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/5403/
旅猫雑貨店(雑司が谷)http://www.tabineko.jp/
リコシェ(雑司が谷)http://www.ricochet-books.net/
ブックギャラリーポポタム(目白)http://popotame.m78.com/shop/
琉璃屋コレクション(目白) 版画製作・展覧会企画
退屈男(名誉わめぞ民)http://taikutujin.exblog.jp/
■一箱スペシャルゲスト
岡崎武志堂 http://d.hatena.ne.jp/okatake/
蟲文庫(岡山) http://homepage3.nifty.com/mushi-b/
嫌記箱(塩山芳明)http://www.linkclub.or.jp/~mangaya/
臼水社(白水社有志)http://www.hakusuisha.co.jp/
ハルミン古書センター(浅生ハルミン)http://kikitodd.exblog.jp/
文壇高円寺(荻原魚雷) http://gyorai.blogspot.com/
「朝」(外市アマチュアチャンピオン)
北條一浩(「buku」編集長)http://www.c-buku.net/aboutbuku/index.html
貝の小鳥 http://www.asahi-net.or.jp/~sf2a-iin/92.html
伴健人商店(晩鮭亭)http://d.hatena.ne.jp/vanjacketei/
ふぉっくす舎 http://d.hatena.ne.jp/foxsya/
他、往来座お客様オールスターズ
さらに八日(日)はイラストレーターの浅生ハルミンさんと「ワメトーク」に出演します。司会は古書現世の向井透史さん。
■ワメトークvol.2 『古本暮らし』刊行記念「三重県人!〜わたしたちが東京に来るまで〜」
14:00〜16:00(開場1:30)
■会場
上り屋敷会館 2階座敷
東京都豊島区西池袋2−2−15
地図はコチラです。→http://f.hatena.ne.jp/wamezo/20070413174217
■参加料 600円
■定員 40名
昨日、向井さん、浅生ハルミンさんと古本酒場コクテイルで打ち合わせ。向井さん、インタビューうまいなあ。すっかり忘れていたことをずいぶんおもいだした。
わたしが鈴鹿市で、ハルミンさんは津市出身(くわしい場所は当日ハルミンさん特製の地図を参照)です。
おそらく東京の人からすれば、信じられないような話がいろいろ出ることでしょう。
ハルミンさんの衝撃の生い立ちとか……。
定員、まだまだ余裕があります。
お時間のある方はぜひ来てください。よろしくおねがいします。
※わめぞblogから転載
「外、行く?」
第3回 古書往来座外市〜わめぞ七夕、外に願いを!〜
■日時
7月7日(土)〜8日(日)
7日⇒11:00〜20:00(往来座も同様)
8日⇒11:00〜17:00(往来座は22:00まで)
■会場
古書往来座 外スペース(池袋ジュンク堂から徒歩3分)
東京都豊島区南池袋3丁目8-1ニックハイム南池袋1階
http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/
■メインゲスト(大棚使用約200冊出品)
古本ソムリエ 山本善行 http://d.hatena.ne.jp/zenkoh/
山本善行(やまもと・よしゆき)
1956年、大阪市生まれ。古本エッセイスト。「エルマガジン」にて「天声善語」を連載中。著書に「古本泣き笑い日記」(青弓社)、「関西赤貧古本道」(新潮新書)。
■わめぞ古本屋軍団(大棚使用約200冊出品)
古書往来座(雑司が谷)http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/
古書現世(早稲田)http://d.hatena.ne.jp/sedoro/
立石書店(早稲田)http://d.hatena.ne.jp/tate-ishi/
■わめぞオールスター(小棚 or 一箱)
武藤良子(雑司が谷)http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/5403/
旅猫雑貨店(雑司が谷)http://www.tabineko.jp/
リコシェ(雑司が谷)http://www.ricochet-books.net/
ブックギャラリーポポタム(目白)http://popotame.m78.com/shop/
琉璃屋コレクション(目白) 版画製作・展覧会企画
退屈男(名誉わめぞ民)http://taikutujin.exblog.jp/
■一箱スペシャルゲスト
岡崎武志堂 http://d.hatena.ne.jp/okatake/
蟲文庫(岡山) http://homepage3.nifty.com/mushi-b/
嫌記箱(塩山芳明)http://www.linkclub.or.jp/~mangaya/
臼水社(白水社有志)http://www.hakusuisha.co.jp/
ハルミン古書センター(浅生ハルミン)http://kikitodd.exblog.jp/
文壇高円寺(荻原魚雷) http://gyorai.blogspot.com/
「朝」(外市アマチュアチャンピオン)
北條一浩(「buku」編集長)http://www.c-buku.net/aboutbuku/index.html
貝の小鳥 http://www.asahi-net.or.jp/~sf2a-iin/92.html
伴健人商店(晩鮭亭)http://d.hatena.ne.jp/vanjacketei/
ふぉっくす舎 http://d.hatena.ne.jp/foxsya/
他、往来座お客様オールスターズ
さらに八日(日)はイラストレーターの浅生ハルミンさんと「ワメトーク」に出演します。司会は古書現世の向井透史さん。
■ワメトークvol.2 『古本暮らし』刊行記念「三重県人!〜わたしたちが東京に来るまで〜」
14:00〜16:00(開場1:30)
■会場
上り屋敷会館 2階座敷
東京都豊島区西池袋2−2−15
地図はコチラです。→http://f.hatena.ne.jp/wamezo/20070413174217
■参加料 600円
■定員 40名
昨日、向井さん、浅生ハルミンさんと古本酒場コクテイルで打ち合わせ。向井さん、インタビューうまいなあ。すっかり忘れていたことをずいぶんおもいだした。
わたしが鈴鹿市で、ハルミンさんは津市出身(くわしい場所は当日ハルミンさん特製の地図を参照)です。
おそらく東京の人からすれば、信じられないような話がいろいろ出ることでしょう。
ハルミンさんの衝撃の生い立ちとか……。
定員、まだまだ余裕があります。
お時間のある方はぜひ来てください。よろしくおねがいします。
2007/07/02
詩を必要とする人
辻征夫が詩人になろうと決意したとき、「そういうことは趣味として余暇にやれ」といわれた。
詩人は職業ではない。ならば、詩は?
前回とりあげた追悼詩にしても「鮎川さん」という名前を見て「鮎川信夫」だとわかる人向けの詩である。「鮎川さん」が「上村さん(仮名)」だったら、あの詩はどうなるのだろう。
《隅田川の
いまはない古びた鉄柵に手を置き
日暮れの残照に黒々とうなだれている
1965年8月の上村さん(仮名)
あなたがぼくに
はじめて本をくれたのは
たぶんこの写真が撮影されてから
ちょうど一年後の夏でした
本の名は『プレイボーイ入門』
いつも ぼんやりしていて
女の子と遊び歩くこともなく
失業ばかりを繰り返して二十代の半ばを
ふらりと越えてしまったぼくの肩を
ぽんと叩くような感じであなたは
《あげるよ》と
ひとこと言ったのでしたが
あんなに まったく
役に立たなかった本もありませんでした》
上村さん(仮名)は、二十五歳の辻君の上司で、たまにはこういう本でも読んで、女の子と遊ばなきゃというようなノリで『プレイボーイ入門』を手わたす。
辻君は役に立たなかったといいつつも、そのときのことをとても鮮明におぼえている。
上村さんは仕事にきびしい上司で、新入社員の辻君にとっては、あこがれの存在でもあった。
鮎川さんを上村さん(仮名)にしただけで、「だからなんだ」という詩になってしまう。でもこのとぼけた詩の行間には、ものすごい情報量が隠されている。
「1965年」と算用数字を縦書の詩で横に表記するやり方は、鮎川信夫の詩の模倣だと辻征夫はいう。
詩の中におけるふたりの関係も知っている人にしかわからない。そしていちばんわからないのは、なぜこれを詩にしなければならなかったということだ。
散文ではなぜいけなかった。詩人だから詩を書いた。だが辻征夫は、エッセイも小説も書く詩人である。俳句もやった。
でもこの詩の情報量をエッセイで書くとすれば、何倍もの長さになるだろう。辻征夫はそうしたくなかった。詩人、あるいは鮎川信夫に関心のある人にしかわからない詩にしたかった。
詩人鮎川信夫を知らない一般の読者にもわかるような追悼文は書きたくなかった。
内輪にしか通じない詩。その批判はあって当然だ。当時の難解な詩が多いといわれた現代詩の世界で、辻征夫はわかりやすく、やさしい言葉の詩を作っていた人でもある。そんな辻征夫が、わかりやすい言葉でものすごくわかりにくい詩を書いた。
鮎川信夫の追悼詩は、こうでなくっちゃいけない。と、いろいろ理屈をこねることができるが、たんなる気まぐれかもしれない。
《どんな世の中になっても(詩人や作家が爪はじきされず、それどころかアコガレの眼で見られたりする世の中、という意味であるが)、詩人とか作家は、やはり追い詰められ追い込まれて、そういうものになってしまうのが本筋ではあるまいか、と私はおもう。人生が仕立下ろしのセビロのように、しっかりと身に合う人間にとっては、文学は必要ではないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ》 (「文学を志す」/『吉行淳之介エッセイ・コレクション3』ちくま文庫)
高校生で詩の道を志し、二十代半ばすぎまで転職をくりかえした辻征夫も、やはり詩や文学を必要とする人だった。
詩では食えない。そんなものは趣味や余暇でやればいい。でもそういう考えをすんなり受け容れられる余裕があれば、そもそも詩人にはならないだろう。
詩人は、どんな世の中になっても、たとえそれで食えなくても、詩を書くことさえできれば生きていけるというようなギリギリのところで、選択するしかない職業である。
《本当のことをいえば、わたくしたちのこの日常生活は、はなはだ散文的でほとんど詩を必要としない面もあります。人々の心が詩の世界に歩みより、詩に近づくことができるのは、ごく特別な場合だけで、われわれの方から求めて接近しないかぎり、詩は無縁の状態に置き去りにされます》
( 「生活の詩」/鮎川信夫『現代詩入門』飯塚書店)
詩を必要とするのは「ごく特別な場合」というのは、吉行淳之介がいうところの「仕立おろしのセビロ」が身に合わないというたとえにも通じるだろう。
鮎川信夫は「(生活には)その内容のいかんによらず、それが習慣化してしまうと、一様に頭も尻尾も見わけがつかない循環作用に化してしまう、そんな眩惑をおこさずにはいられないような性質」がひそんでいて、そういう生活を送っているうちに神経が麻痺し、感情もかわき、思想は画一化して退化の一途をたどるという。
《こういったことは大変スムースに、意識の内部で進行していくので「なんだか前にくらべると、少し生活のキメが荒くなったみたいだが、多分おとなの仲間入りするようになったからだろう」ぐらいの自覚で終ってしまうのが普通です》(生活の詩)
普通の大人は詩人を志す若者に「そういうことは趣味として余暇にやれ」と助言する。あるいはもっときびしく「そんなふざけたことを考えているひまがあったら勉強(仕事)しろ」というかもしれない。
わたしが詩を読むのはあくまでも「趣味」にすぎない。でも単調な生活を送っていると、感覚が麻痺してくるようで不安になる。ほうっておくと、貧乏性ゆえ、思考が効率と損得勘定に向かい、どんどん無駄なことができなくなる。
無駄なことができなくなると、さらに感覚が麻痺してくる。
ただし、そうした刺激は別に詩でなくてもいいではないかといわれたら、そのとおりなのである。生活のキメが荒くなったときの清涼剤のような役割ということであれば、映画、小説、漫画、音楽、ゲーム、スポーツ、ギャンブル、旅行、買物、恋愛でもいいわけだ。
そんなさまざまな娯楽の中で、どうして詩(なんか)を読んでしまうのか。
ひまだからか。でも忙しくて仕事に追われているときほど詩が読みたくなるのだが。
やっぱり現実逃避ですかね。でもそれもまた別に詩でなくてもいいわけだし、うーむ。
詩人は職業ではない。ならば、詩は?
前回とりあげた追悼詩にしても「鮎川さん」という名前を見て「鮎川信夫」だとわかる人向けの詩である。「鮎川さん」が「上村さん(仮名)」だったら、あの詩はどうなるのだろう。
《隅田川の
いまはない古びた鉄柵に手を置き
日暮れの残照に黒々とうなだれている
1965年8月の上村さん(仮名)
あなたがぼくに
はじめて本をくれたのは
たぶんこの写真が撮影されてから
ちょうど一年後の夏でした
本の名は『プレイボーイ入門』
いつも ぼんやりしていて
女の子と遊び歩くこともなく
失業ばかりを繰り返して二十代の半ばを
ふらりと越えてしまったぼくの肩を
ぽんと叩くような感じであなたは
《あげるよ》と
ひとこと言ったのでしたが
あんなに まったく
役に立たなかった本もありませんでした》
上村さん(仮名)は、二十五歳の辻君の上司で、たまにはこういう本でも読んで、女の子と遊ばなきゃというようなノリで『プレイボーイ入門』を手わたす。
辻君は役に立たなかったといいつつも、そのときのことをとても鮮明におぼえている。
上村さんは仕事にきびしい上司で、新入社員の辻君にとっては、あこがれの存在でもあった。
鮎川さんを上村さん(仮名)にしただけで、「だからなんだ」という詩になってしまう。でもこのとぼけた詩の行間には、ものすごい情報量が隠されている。
「1965年」と算用数字を縦書の詩で横に表記するやり方は、鮎川信夫の詩の模倣だと辻征夫はいう。
詩の中におけるふたりの関係も知っている人にしかわからない。そしていちばんわからないのは、なぜこれを詩にしなければならなかったということだ。
散文ではなぜいけなかった。詩人だから詩を書いた。だが辻征夫は、エッセイも小説も書く詩人である。俳句もやった。
でもこの詩の情報量をエッセイで書くとすれば、何倍もの長さになるだろう。辻征夫はそうしたくなかった。詩人、あるいは鮎川信夫に関心のある人にしかわからない詩にしたかった。
詩人鮎川信夫を知らない一般の読者にもわかるような追悼文は書きたくなかった。
内輪にしか通じない詩。その批判はあって当然だ。当時の難解な詩が多いといわれた現代詩の世界で、辻征夫はわかりやすく、やさしい言葉の詩を作っていた人でもある。そんな辻征夫が、わかりやすい言葉でものすごくわかりにくい詩を書いた。
鮎川信夫の追悼詩は、こうでなくっちゃいけない。と、いろいろ理屈をこねることができるが、たんなる気まぐれかもしれない。
《どんな世の中になっても(詩人や作家が爪はじきされず、それどころかアコガレの眼で見られたりする世の中、という意味であるが)、詩人とか作家は、やはり追い詰められ追い込まれて、そういうものになってしまうのが本筋ではあるまいか、と私はおもう。人生が仕立下ろしのセビロのように、しっかりと身に合う人間にとっては、文学は必要ではないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ》 (「文学を志す」/『吉行淳之介エッセイ・コレクション3』ちくま文庫)
高校生で詩の道を志し、二十代半ばすぎまで転職をくりかえした辻征夫も、やはり詩や文学を必要とする人だった。
詩では食えない。そんなものは趣味や余暇でやればいい。でもそういう考えをすんなり受け容れられる余裕があれば、そもそも詩人にはならないだろう。
詩人は、どんな世の中になっても、たとえそれで食えなくても、詩を書くことさえできれば生きていけるというようなギリギリのところで、選択するしかない職業である。
《本当のことをいえば、わたくしたちのこの日常生活は、はなはだ散文的でほとんど詩を必要としない面もあります。人々の心が詩の世界に歩みより、詩に近づくことができるのは、ごく特別な場合だけで、われわれの方から求めて接近しないかぎり、詩は無縁の状態に置き去りにされます》
( 「生活の詩」/鮎川信夫『現代詩入門』飯塚書店)
詩を必要とするのは「ごく特別な場合」というのは、吉行淳之介がいうところの「仕立おろしのセビロ」が身に合わないというたとえにも通じるだろう。
鮎川信夫は「(生活には)その内容のいかんによらず、それが習慣化してしまうと、一様に頭も尻尾も見わけがつかない循環作用に化してしまう、そんな眩惑をおこさずにはいられないような性質」がひそんでいて、そういう生活を送っているうちに神経が麻痺し、感情もかわき、思想は画一化して退化の一途をたどるという。
《こういったことは大変スムースに、意識の内部で進行していくので「なんだか前にくらべると、少し生活のキメが荒くなったみたいだが、多分おとなの仲間入りするようになったからだろう」ぐらいの自覚で終ってしまうのが普通です》(生活の詩)
普通の大人は詩人を志す若者に「そういうことは趣味として余暇にやれ」と助言する。あるいはもっときびしく「そんなふざけたことを考えているひまがあったら勉強(仕事)しろ」というかもしれない。
わたしが詩を読むのはあくまでも「趣味」にすぎない。でも単調な生活を送っていると、感覚が麻痺してくるようで不安になる。ほうっておくと、貧乏性ゆえ、思考が効率と損得勘定に向かい、どんどん無駄なことができなくなる。
無駄なことができなくなると、さらに感覚が麻痺してくる。
ただし、そうした刺激は別に詩でなくてもいいではないかといわれたら、そのとおりなのである。生活のキメが荒くなったときの清涼剤のような役割ということであれば、映画、小説、漫画、音楽、ゲーム、スポーツ、ギャンブル、旅行、買物、恋愛でもいいわけだ。
そんなさまざまな娯楽の中で、どうして詩(なんか)を読んでしまうのか。
ひまだからか。でも忙しくて仕事に追われているときほど詩が読みたくなるのだが。
やっぱり現実逃避ですかね。でもそれもまた別に詩でなくてもいいわけだし、うーむ。
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