2010/11/18
黒岩比佐子さん
その前後の記憶が飛んだ。
気がついたら、ふらふらと神保町を歩いていた。
黒岩比佐子さんとはじめて会ったのは、五反田の古書会館である。古本仲間数人と戦利品をかかえ、ハンバーガーショップに行って、お互い、自己紹介をした。
どんな紹介だったかは忘れてしまったが、わたしは「伝書鳩の人」とおぼえた。
収入のほとんどを資料代に費やしているという話も聞いた。
つい数ヵ月前、「『パンとペン』って『活字と自活』みたいなタイトルでしょ」と話しかけられた。
黒岩さんは、明治大正の世界を自在に見聞きできる貴重な目をもっていた。まだまだいっぱい書きたいことがある人だったし、書いてほしかった。
でも古本を通して年齢の倍以上の時間を生きたとおもう。そうかんがえてやりきれなさを誤魔化そうとしてみたが、無理。
また飲んだ。二軒目の店でNEGIさんと会った。
2010/11/15
まだ脱線
——この話は個別の案件であって、有無をいわせないような才能があったり、周囲との衝突や摩擦を苦にしない人には関係ないといってもいい。
食うに困らない身の上であれば、問題の九割くらいは解決してしまうかもしれない。
長年、やる気のなさや社交性のなさを自覚しつつ、ごまかしごまかしやりくりし、それなりに生きるための工夫はしてきた上でのていたらくなのである。そこを否定されると立つ瀬がない。立つ瀬がなくても仕事をしないわけにはいかない。
昔、友人との愚談で「われわれは仕事がきらいなわけでも、社交性がないわけでもなく、ただ、そのための燃料のようなものが、ちょっと人より不足しているだけではないか」という話になった。わたしは「そうだ、そのとおりだ」と同意した。
たとえば、コタツにはいって酒を飲んで寝っ転がっているとき、わたしはよく喋る。あるいは原稿を書くのも、机の前に座っている時間は一日三時間くらいが限度だが、布団の中であれこれ考えている時間はかなり長い。脳というのはものすごくエネルギーをつかうといわれている。おそらく、どうでもいいことを考えてばかりいるから、疲れるのである。
その結果、からだを動かしたり、人前で明るくさわやかにふるまったりするための燃料が足りなくなるのではないか。つまり、こんな屁理屈ばかり考えているから、社交性がなくなってしまうのである。
三十代後半くらいから、あちこち旅行したり、外で飲み歩いたりする機会が増えたのは、二十代のときよりも考える時間が減ったからかもしれない。
自分の考えていることをブログに書くことによって、書いたことの続きから考えることができるようになった。長年の堂々めぐりの蓄積によって、思考の省略が可能になったともいえる。
その分、文章が薄味になってきているという自覚もある。掘下げなくてもいいことを掘下げたり、考えなくてもいいことを考えたり、そうした非効率な作業をどんどんしなくなっている。言葉にする前にジタバタする時間も減った。
……話がどこに向かうかわからなくなっているが、続ける。
2010/11/13
個別の案件
もともと癖が強くて社交性のない人間にとっては「内輪受け」すらむずかしいのである。
社交性がない人というのは、他人に非寛容であることが多い。他人に非寛容にされるから、非寛容になるのか。非寛容になるから、非寛容にされるのか。どちらが先かはわからない。
この話は個別の案件であって、有無をいわせないような才能があったり、周囲との衝突や摩擦を苦にしない人には関係ないといってもいい。
集団行動が苦手な協調性のない人の生息領域はずいぶんせばまっている。統計があるわけではなく、あくまでも実感でしかないのだけど、この十年、二十年で五分の一くらいに減少しているのではないかとおもう。
不況の影響もあるだろう。競争がきびしくなると、ある種の癖の強い人は排除されやすい。就職するにせよ、バランス感覚があって何でもできる人(またはその意志のある人)でないと採用されにくい。
今回の話に該当するようなタイプは、排除されるか、囲いこまれて二進も三進もいかなくなるか、どちらかの選択しかなく、出口の見えない状況にある。
たぶん、昔のほうが「しょうがねえ奴だなあ」といいながら、偏屈で不器用な若者を調子にのせるのがうまい大人の数は多かった気がする。
どこの世界にも、素直で明るい若者だけでなく、そういう若者をおもしろがる人がいたわけだ。
長所と短所は表裏一体で、ある種の欠点はその人の独自性につながる。
順調な人があまりしない失敗や挫折を経験し、そういう経験をしたことのない人が考えないことを考える。そうした経験や思索が底にとごっている人の表現というのは、一見わかりにくいところもあって「一般受け」はしにくい。
……この話、もうすこし続ける。