衆議院と参議院の「ねじれ国会」という状態になっている。野党だったころ、「ねじれ国会」のときにまったく審議に協力しなかった。それが今では逆の立場になっている。
いっぽう与党のバラマキや年金問題を批判する(かつて与党だった)野党にたいし、国民の大半は「おまえがいうな」とおもうだろう。
昨日のニュースで、あるキャスターが(政治家や政策の)欠点を指摘するだけでは何も生まれない、われわれ(マスコミ側)も反省しなければいけないのかもしれません、というようなことを語った。
遅いとおもうが、一歩前進だとおもう。
チャンネルを変えると、別のニュース番組で与野党の若手議員(といっても若くないのだけど)が国会内のエチケット(審議を妨害する野次にペナルティを与えようなど)について話し合っている。
この番組のキャスターは「今、こんなことを議論している場合なのでしょうかねえ」と呆れた顔をする。
与党も野党も議事進行を改めないと、衆参が「ねじれ国会」では何もできない。これは何千時間費やしても(それほど意見のちがいはない)合意点に至る可能性のない議論を続けることに意味があるのか、という問題である。
「ねじれ国会」に状況だと数の力で押しきるだけでなく、調整型の政治をせざるをえない。そのさい、無意味な野次を禁止しようといったことを話しあうことは、すくなくとも、これまでの議論よりは三歩くらい前進しているとおもう。
まあ、些末だけど。
2011/01/26
田舎の両親
東京に人が集中する理由は仕事があるからだろう。大学の数も多い。
地方はその逆。進学あるいは就職を機に都会に出て、都会で仕事を見つけ、そのまま住み続ける。
今年七十歳になる父は、七十五歳になったら車の免許は更新しないといっている。そうなれば、買物のたびに車が必要な場所には住み続けることはできない。
年金(企業年金大幅カット)暮らしの身では、都会に移住したら、地方にいるときより格段に生活が苦しくなる。
親孝行はしたいが、できる範囲は限られている。親のほうも不安定な生活をしている一人息子に面倒みてくれとはいいだせない。共倒れになるのが目に見えているから。
最善手ではないが、両親には田舎(三重県)の特急の止まる駅のスーパーのそばに引っ越してもらうことを考えている。そうすれば、近くに親戚もいるし、車がなくても歩いて買物に行ける。
こちらも乗り換えが楽だし、名古屋、大阪、京都あたりに用事があって出かけたときにも寄りやすくなる。
ただし、その前にかなりの荷減らしをしなければならない。
リミットは五年。
さて、どうしたものか。
地方はその逆。進学あるいは就職を機に都会に出て、都会で仕事を見つけ、そのまま住み続ける。
今年七十歳になる父は、七十五歳になったら車の免許は更新しないといっている。そうなれば、買物のたびに車が必要な場所には住み続けることはできない。
年金(企業年金大幅カット)暮らしの身では、都会に移住したら、地方にいるときより格段に生活が苦しくなる。
親孝行はしたいが、できる範囲は限られている。親のほうも不安定な生活をしている一人息子に面倒みてくれとはいいだせない。共倒れになるのが目に見えているから。
最善手ではないが、両親には田舎(三重県)の特急の止まる駅のスーパーのそばに引っ越してもらうことを考えている。そうすれば、近くに親戚もいるし、車がなくても歩いて買物に行ける。
こちらも乗り換えが楽だし、名古屋、大阪、京都あたりに用事があって出かけたときにも寄りやすくなる。
ただし、その前にかなりの荷減らしをしなければならない。
リミットは五年。
さて、どうしたものか。
2011/01/25
屁理屈
コタツと布団に入っている時間が長く、からだがなまる。
寒さに弱い。夏の睡眠時間は平均六時間くらいなのだが、冬だと十時間以上になる。二時間以上外出すると、具合がわるくなる。
まあ、昨日今日こうなったわけではなく、かれこれ三十年くらいこんなかんじなのだ。
時間に縛られない職業を選んだのもそのためである。寝たいときに寝て、調子のわるいときに休みたい。それがわたしの職業選択の最優先事項だった。
大リーグの松井秀樹選手は、自分の才能について訊かれたとき、「からだが丈夫なことだとおもう」と答えている。
からだが丈夫だから、人より練習ができる。だからうまくなれる。
素晴らしいことだ。
でも彼の方法論は、わたしには何の参考にもならない。
では、からだがあまり丈夫ではない人はどうすればいいのか。
ひとつは、なるべく早い段階で体力がものをいう世界に見切りをつけ、なんとか自分ひとり食っていけるだけのお金が稼げたらそれでよしとすることだ。
多少、不安なこともあるが、月十万円くらいあれば、生きていけるという自信がつくとけっこう楽になる。
また体力がなくても「ちまちましたことを地道に続けることは苦にならない」とか「楽をするための工夫はわりと得意」とかその人に合った(生き方の)方向性がある。
たまに大昔、石器時代だったらどうか、あるいは戦国時代だったらどうかみたいなことを考えるのだけど、怠け者にもそれなりに生きる場があったようにおもう。
体力があって勇敢な人が命がけで狩猟やいくさに励んでいるあいだ、からだを動かすことがあまり好きではない人は新しい武器を作ったり、楽な火のおこし方を考えたりしていたのではないか。
激しく動いて生きのびる人の比率とあまり動かずに生きのびる人の比率は、その時代時代によってちがうかもしれない。でも生きのび方の幅が広く、その種類が多い世の中のほうが、わたしはいいなとおもっている。
やたらと早寝早起を奨励する人がいるが、だったら誰が天文学を発達させたんだ、誰が夜襲に備えるための見張りをしてたんだ、夜中は誰ひとり働かない社会で暮らしたいのか、とわたしはいいたくなる。心の中で。
そろそろ仕事しようとおもう。
寒さに弱い。夏の睡眠時間は平均六時間くらいなのだが、冬だと十時間以上になる。二時間以上外出すると、具合がわるくなる。
まあ、昨日今日こうなったわけではなく、かれこれ三十年くらいこんなかんじなのだ。
時間に縛られない職業を選んだのもそのためである。寝たいときに寝て、調子のわるいときに休みたい。それがわたしの職業選択の最優先事項だった。
大リーグの松井秀樹選手は、自分の才能について訊かれたとき、「からだが丈夫なことだとおもう」と答えている。
からだが丈夫だから、人より練習ができる。だからうまくなれる。
素晴らしいことだ。
でも彼の方法論は、わたしには何の参考にもならない。
では、からだがあまり丈夫ではない人はどうすればいいのか。
ひとつは、なるべく早い段階で体力がものをいう世界に見切りをつけ、なんとか自分ひとり食っていけるだけのお金が稼げたらそれでよしとすることだ。
多少、不安なこともあるが、月十万円くらいあれば、生きていけるという自信がつくとけっこう楽になる。
また体力がなくても「ちまちましたことを地道に続けることは苦にならない」とか「楽をするための工夫はわりと得意」とかその人に合った(生き方の)方向性がある。
たまに大昔、石器時代だったらどうか、あるいは戦国時代だったらどうかみたいなことを考えるのだけど、怠け者にもそれなりに生きる場があったようにおもう。
体力があって勇敢な人が命がけで狩猟やいくさに励んでいるあいだ、からだを動かすことがあまり好きではない人は新しい武器を作ったり、楽な火のおこし方を考えたりしていたのではないか。
激しく動いて生きのびる人の比率とあまり動かずに生きのびる人の比率は、その時代時代によってちがうかもしれない。でも生きのび方の幅が広く、その種類が多い世の中のほうが、わたしはいいなとおもっている。
やたらと早寝早起を奨励する人がいるが、だったら誰が天文学を発達させたんだ、誰が夜襲に備えるための見張りをしてたんだ、夜中は誰ひとり働かない社会で暮らしたいのか、とわたしはいいたくなる。心の中で。
そろそろ仕事しようとおもう。
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