早朝、地震。岩手震度五強。東京もけっこう長く揺れた。
昨日は台風。ナイターは中止。スワローズは連敗中。でも去年の今ごろは借金二ケタだったとおもえば、まだマシだ。ノーアウトで出塁したランナーがまったく進まない。打線のつながりがない。四年くらい前のノーヒットで点をとる野球を完全に忘れてしまったみたいだ。
梶原一騎原作の作品が電子書籍化されていることを知る(『男の星座』とか『プロレススーパースター列伝』とか)。グループ・ゼロという会社は、どんな会社なのだろう。上村一夫作品も激安で電子化している。
高円寺の南口に串カツの店ができていた。まだ入ったことはないが、メニューにかすうどんがある。肉の油かすが入ったうどんで、わたしの大好物なのだが、東京ではあまり見かけない。串かつの店だが、かすうどんだけ食いに行きたい。
WEB本の雑誌の「日常学事始」は七回目。見切り発車、いつネタが尽きるかわからない綱渡り連載である。身辺雑記はネタが尽きてからが勝負だと覚悟している。
日常学事始 http://www.webdoku.jp/column/gyorai/
ずっと続いていた早起きが、ようやく終わり、昼起きに戻る。
2015/05/06
私事と仕事
連休中、とくに予定なし。ずっと掃除している。
日曜日、阿佐ケ谷に散歩。北口の航海屋でラーメンを食う。基味と新味があるのだが、わたしは新味派。久しぶりにスターロードのほうまで行く。南口のアーケードで食材や調味料などを買い、青梅街道を通って帰る。
一週間ちかく、午前中に目が覚める日が続いている。日中、あまりにも原稿が書けなくて、自分には早起きは合っていないと痛感する。
キンドルの月替わりセールで白山宣之の『地上の記憶』(双葉社)をダウンロードする。白山宣之(1952年〜2012年)は長崎生まれで、一九九六年まで高円寺に二十五年暮らしていた。関川夏央の『名探偵に名前はいらない』(東京三世社)の表題作の作画も白山宣之が手がけている。名前のない探偵に「仕事は一流、営業は五流」という台詞があるのだが、今読み返すと寡作な漫画家だった白山宣之のことをいっているかのようにおもえる。
南陀楼さんの『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)を読んでいて、二〇〇四年に無明舎出版から出た『ナンダロウアヤシゲな日々』を読み返す。「私事」と「仕事」の垣根をとりはらう生き方をこのころから実践していた。
《文章を書くこと、編集をすること、ミニコミやメールマガジンを出すこと、ヒトとヒトを結びつけること……。これが、いま南陀楼綾繁がやっていることです。「私事」と「仕事」をクロスさせながら、このような「ひとり出版」(とても「出版社」とは云えませんが……)を続けていきたい、とぼくはいま考えています》(ナンダロウヤシゲなまえがき)
……「趣味を仕事にする」とか「仕事の中で遊ぶ」のではなく、趣味か仕事かわからない渾沌とした状態を模索しているのかもしれない。まずおもしろいとおもうことをやる。別にすぐ仕事につながらなくてもかまわない。仕事からはみだす部分がないと、好きなことをしていてもつらくなる。
日曜日、阿佐ケ谷に散歩。北口の航海屋でラーメンを食う。基味と新味があるのだが、わたしは新味派。久しぶりにスターロードのほうまで行く。南口のアーケードで食材や調味料などを買い、青梅街道を通って帰る。
一週間ちかく、午前中に目が覚める日が続いている。日中、あまりにも原稿が書けなくて、自分には早起きは合っていないと痛感する。
キンドルの月替わりセールで白山宣之の『地上の記憶』(双葉社)をダウンロードする。白山宣之(1952年〜2012年)は長崎生まれで、一九九六年まで高円寺に二十五年暮らしていた。関川夏央の『名探偵に名前はいらない』(東京三世社)の表題作の作画も白山宣之が手がけている。名前のない探偵に「仕事は一流、営業は五流」という台詞があるのだが、今読み返すと寡作な漫画家だった白山宣之のことをいっているかのようにおもえる。
南陀楼さんの『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)を読んでいて、二〇〇四年に無明舎出版から出た『ナンダロウアヤシゲな日々』を読み返す。「私事」と「仕事」の垣根をとりはらう生き方をこのころから実践していた。
《文章を書くこと、編集をすること、ミニコミやメールマガジンを出すこと、ヒトとヒトを結びつけること……。これが、いま南陀楼綾繁がやっていることです。「私事」と「仕事」をクロスさせながら、このような「ひとり出版」(とても「出版社」とは云えませんが……)を続けていきたい、とぼくはいま考えています》(ナンダロウヤシゲなまえがき)
……「趣味を仕事にする」とか「仕事の中で遊ぶ」のではなく、趣味か仕事かわからない渾沌とした状態を模索しているのかもしれない。まずおもしろいとおもうことをやる。別にすぐ仕事につながらなくてもかまわない。仕事からはみだす部分がないと、好きなことをしていてもつらくなる。
2015/05/03
タマゾン川
日曜日、西部古書会館。『シンラ』(一九九七年二月号、新潮社)、中村鋭一著『愛釣記』(ぬ書房、一九七六年刊)を買う。『シンラ』の特集は「釣りがわかる100冊の本」。「映画にもなった釣り文学」ではノーマン・マクリーン著『マクリーンの川』(渡辺利雄訳、集英社)もとりあげられていた。
すこし前の『フライの雑誌』の堀内さんのブログ「あさ川日記」に「今さらタマゾン」と題したエッセイがあった。堀内さんのエッセイは読んでしばらくしてからおもいだして考えさせられることが多い。この文章もそうだった。
多摩川に外来魚が多いことからアマゾン川にかけて「タマゾン川」と呼ぶことにたいし、「多摩川のありようをからかうような、思慮の浅い呼称」と批判している。
さらに堀内さんは、在来魚、外来魚を分けるものは何か、誰が区別するのか——と問いかける。
もし堀内さんの文章を読んでなかったら「最近、多摩川のことをタマゾン川っていうらしいよ」と聞かされて、とくに何もおもわなかったかもしれない。いや、おもしろがっていたかもしれない。自分の性格からするとその可能性は高い。
また「外来魚」のことも、わたしはそう呼ばれる魚を有害だとする報道を信じていた。外国から来た獰猛な魚が、日本固有の魚を駆逐している。そんなふうにおもっている人はけっこういるはずだ。いまだにわたしもよくわかっていない。
それでも「外来魚」という言葉にたいして、以前よりは敏感になった気がする。
わたしのペンネームは「魚雷」で、たまに「雷魚」と誤植される。そのせいもあって勝手に親近感をもっている。子どものころ、「雷魚」は「害魚」の代表のようにいわれていた。「害魚」もひどい言葉だ。でも釣りに興味をもつまでは何ともおもってなかった。
知らないと考えることもできない。そのことを忘れないようにしたいが、すぐ忘れてしまう。
すこし前の『フライの雑誌』の堀内さんのブログ「あさ川日記」に「今さらタマゾン」と題したエッセイがあった。堀内さんのエッセイは読んでしばらくしてからおもいだして考えさせられることが多い。この文章もそうだった。
多摩川に外来魚が多いことからアマゾン川にかけて「タマゾン川」と呼ぶことにたいし、「多摩川のありようをからかうような、思慮の浅い呼称」と批判している。
さらに堀内さんは、在来魚、外来魚を分けるものは何か、誰が区別するのか——と問いかける。
もし堀内さんの文章を読んでなかったら「最近、多摩川のことをタマゾン川っていうらしいよ」と聞かされて、とくに何もおもわなかったかもしれない。いや、おもしろがっていたかもしれない。自分の性格からするとその可能性は高い。
また「外来魚」のことも、わたしはそう呼ばれる魚を有害だとする報道を信じていた。外国から来た獰猛な魚が、日本固有の魚を駆逐している。そんなふうにおもっている人はけっこういるはずだ。いまだにわたしもよくわかっていない。
それでも「外来魚」という言葉にたいして、以前よりは敏感になった気がする。
わたしのペンネームは「魚雷」で、たまに「雷魚」と誤植される。そのせいもあって勝手に親近感をもっている。子どものころ、「雷魚」は「害魚」の代表のようにいわれていた。「害魚」もひどい言葉だ。でも釣りに興味をもつまでは何ともおもってなかった。
知らないと考えることもできない。そのことを忘れないようにしたいが、すぐ忘れてしまう。
登録:
投稿 (Atom)