2019/05/13

コタツをしまう

 日曜日、ようやくコタツ布団をしまう。今日はすでに暑い。室温は二十五度。仕事の合間、掃除をしなら、旅行の計画を立てる。時間があっという間にすぎてゆく。最近、TVのニュースをあまり観なくなった。

 四十代もあと半年ちょっとで終わる。もうすぐ五十歳。生まれ育ちその他、自分のおもい通りにならない部分はさておき、どうにかこうにか生きてきた。ふとした瞬間、「あと何年くらい仕事をするのだろう」と考えてしまう。自分のピークは過ぎてしまったとよくおもう。ただ、そこから先の手立てはないわけではない。
 あるていど手間暇をかける部分を絞る。体調管理(とくに休息)は四十代よりも五十代のほうが切実な課題になるだろう。
 気力さえあれば何とかなるのは三十代後半くらいまでだ。今は気力で乗りきった後、その反動がきつい。
 わたしは水木しげるの「睡眠至上主義」の信奉者なのだが、四十代以降、寝ても疲れがとれない日が増える。そういう日は無理せず、のんびりしたい。しかし、のんびりしていると、焦りが生じてしまう。

 焦りは自分の頭が作り出している。だから切り離すこともできる——これはわたしがスポーツ心理学で学んだもっとも有益な知識のひとつだ。焦りの大半は「勝手に不安になっているだけ」なのだ。

 二軍から一軍に上がってきた選手が、フォームを崩してしまうことはよくある。実績のある選手とちがい、与えられるチャンスは限られている。
 結果を出すことにとらわれ、ぎこちないフォームでボールに当てにいく。そうこうするうちにフォームを崩してしまい、再び二軍に戻る。
 ヒットを打ちたい。ホームランを打ちたい。打点を上げたい。しかし相手もプロだから、そう簡単には打たせてくれない。いい当たりが好守に阻まれてしまうこともよくある。
 打者であれば、いかに迷いのないスイングをするか。そのことに専念するのがいちばんいいのではないか……というのは、野球の素人の意見ですけどね。

 若いライターもかならずといっていいくらいそういう壁にぶつかる。わたしもぶつかった。ぶつかりまくっていた。別にお金にならなくてもいいから、ずっと取り組みたいとおもえることがあれば、ちょっとくらいの足踏み状態は気にならなくなる。

 時間をかけた小さな積み重ねがものをいう。そのことにもっと早く気づきたかった。

2019/05/08

本の整理

 毎年五月のだいたい連休中にコタツ布団を洗い、押入に片付けているのだが、今年はまだ明け方が寒くてコタツ生活を継続している。そのかわりカーテンを洗濯した。洗濯機の水が真っ黒になるくらい汚れていた。

 掃除をはじめると止まらない。本の整理もしたい。
 たぶんわたしは整理整頓欲というものが強い。といって、きれい好きなわけではない。どちらかと適度に散らかっている状態を好む。ただしその適度さを保つのがむずかしい。

 一度に大量に本を売ることは避けたいのだが、そうもいってられなくなってきた。
 何を残し、何を売るか。昔からそんなことばかり考えている。それでも残す本と売る本の仕分けは悩みの種だ。
 蔵書の整理は、部屋の本棚に並んでいる本と自分の心境や関心のズレを微調整できる効能はある。

 昔と比べると、生活の変化にたいして慎重(億劫)になっている。このままではいけないとわかっていても、おもいきった取捨選択ができない。

 目先の問題を片付けると次の問題が出てくる。次の問題にとりかかっているうちに別の問題が浮上する。
 ずっと人生設計を怠ってきたツケかもしれない。
 
 ゴールがあったほうがいいのか、ないほうがいいのか。むずかしい問題は時の経過に解いてもらうという方法もある。それも万全の方法ではない。

2019/05/06

商店街散策

 この数日、ブログを投稿しようとしても「読込中…」の表示が出たまま動かなかった。原因不明。

 この連休は読書野球掃除酒の日々。山浦正昭著『「歩き」の文化論』(経済界、一九八六年)が令和初読書。

《「歩くことは遅れたものである」というイメージこそ、もっとも遅れた人(国)の考え方であり、「歩くことをどう文明に組み入れるか」といったイメージを持つ人こそ、これからの文明をつくっていける人たちだと思う》

 八〇年代半ばに出た本だけど、これからの世の中は「徒歩」の文化が重要になるだろう。歩いて暮らせる町——だけでなく、町と町を歩いて行き来できるような社会になってほしい。

 二日、横浜の保土ケ谷へ。保土ケ谷は東海道の宿場町。今年に入って神奈川宿、保土ケ谷宿は何度か歩いていた。ほどよい距離で見所がたくさんある。
 今回はJRの保土ケ谷駅から相鉄線の天王町駅方面に歩いて、松原商店街に行った。商店街内はカートで移動できる(商店街は旧東海道とも重なっている)。

 ある東海道関係の本を読んでいたら、神奈川宿あたりの東海道について「街道の名残りがない」といったかんじの記述があった。
 著者は旧東海道ではなく、第一京浜(だけ)を歩いている。神奈川宿界隈の旧東海道は史跡だらけで前に進むのに苦労するくらいなのだ(幕末から明治にかけて諸外国の領事館だった寺社があちこちにある)。わたしもこういうおもいこみの失敗はよくやってしまうので気をつけたい。

 今、神奈川宿や保土ケ谷宿の町中には宿場関係の案内板などがたくさん出ている。
 昭和期は道幅の狭い街道は、どんどん拡張され、石碑、常夜燈、一里塚は消えていった。
 昭和に失われつつあった街道文化が、平成(二〇〇〇年代)になって保全や修復の動きが出てきた。神奈川宿の案内板や地図なども二〇〇〇年代に作られたものが多い。
 八王子道の追分から江戸以前の東海道もすこし歩いた。八王子と横浜を結ぶ道は「絹」の道だった。
 そのあと横浜駅に出て、地下街(ジョイナス)を散策する。横浜駅の工事はいつまで続くのか。

 翌日はJRの東神奈川駅から東急東横線の白楽駅まで歩いた(けっこう近い)。イオンスタイル東神奈川(すこし前まではサティだった)で夏用の長袖シャツを買う。

 数年前まで、中野から阿佐ケ谷にかけて、おっさん向けの衣類が(安く)買える店が何軒かあったのだが、どんどんなくなっている。服(靴下や下着も)は旅先で買うことが増えた。

 白楽は六角橋商店街がある。この商店街も活気がある。ごちゃごちゃした小さな路地が残っているのもいい。古本屋もある。
 六角橋は旧綱島街道で、この街道も今年に入ってからすこしずつ歩いている。階段を登り、篠原園地にも寄る。横浜は坂が多い。
 神奈川県も面白い街道がたくさんある県だ。
 活気のある商店街とシャッター商店街は、どこで差がついてしまうのか。

 帰り、久しぶりに東急東横線に乗り、渋谷駅へ。JRへの乗り換えが面倒くさい。改修工事によって前より不便になった。