2013/01/16

雪散歩

 雪の日、ほとんど家にこもって、年末できなかった掃除をしていた。紙袋やダンボールに入った新聞、雑誌などの切り抜きやコピーをどうするかで悩む。きちんとファイルしないと、必要なときに見つけることができない。増えれば増えるほど、探すのも困難になる。
 資料整理は諦めの連続で気が滅入るが、これも仕事のうちとおもうことにする。

 気分転換のため、高円寺北口を散歩する。いくつか家の前で雪だるまを見つけた。

 その翌日、夕方、スーパーがむちゃくちゃ混んでいた。雪と連休が重なったせいか。

 来月発売の『本の雑誌』の連載で夏葉社と幻戯書房の上林曉の本をとりあげた。

 原稿には書かなかったけど、今は上林曉の『草餅』(筑摩書房)を読み返している。不自由な左手で扉の題字を書いている。

「木山君の死」という随筆に昔の高円寺の話が出てくる。
 木山捷平は満洲に行く前に高円寺駅のちかくに住んでいた。荻窪在住の上林曉は高円寺の公益質屋に寄って、木山を誘い、煮込み屋で酒を飲んだり、将棋を指したりした。そんな回想を綴っている。

 上林曉も木山捷平も作家としてはかなり苦労人なのだが、昭和の中央線文士の交遊には憧れる。

 木山捷平の田舎は岡山県の笠岡で、近くに住む写真家の藤井豊さんの案内で生家を訪れたことがある。
 まさに田園風景というべきかんじのところだったが、後日、やはり郷里が木山捷平の生家のちかくの河田拓也さんから「あのあたりは街道筋で昔は栄えていたんですよ」と教えられた。

 木山捷平の家は祖父も父も百姓だった。木山捷平は貧乏話をよく書いていたから、それほど裕福な家の生まれではないとおもっていた。しかし、当時、地方在住者が子どもを東京の大学まで行かせるというのは、かなり恵まれた家なのかもしれない。
 そのあたりの感覚が本を読んでいるだけは掴みきれない。
 電車で二駅くらいの距離の友人の家を歩いて訪ね、そのまま酒を飲んで、将棋をするという暮らしはすごく贅沢な気がしてしかたがない。

(追記)
後日、河田さんから再び説明があって、木山捷平の生家と街道はちょっと離れていて、木山家の周辺はそれほど栄えてなかったとのこと。わたしの勘違いだった。