2022/08/12

一区切り

 五十代になる——そのすこし前から大きな目標とかゴールとかではなく、一区切りを目指して日々を過ごすようになった。
 週の仕事が終わったら一区切り、月の仕事が終わったら一区切り。区切りながら続ける。

 十一日、休日(山の日)。夕方神保町、小諸そば、神田伯剌西爾。小諸そばでは季節メニューの「健康オお野菜ぶっかけそば」。ここのところ、神保町から足が遠のいていて伯剌西爾のコーヒーも三週間ぶり。うまい。

 この日、均一で『週刊日本の街道』(講談社)の「甲州道中」の「1」を見つける。「甲州道中」の「2」は西部古書会館ですでに買っていたのだが、なぜかそのとき「1」がなかった。他にも『日本の町並み 宿場町を満喫する』(学研、二〇〇五年)も同じ店の均一にあった(『週刊パーゴルフ』の別冊)。『日本の町並み』は全三十巻のシリーズだが、ほしかったのはこの巻のみ。東海道の関宿(三重)、北国街道の海野宿(長野)も大きく紹介している。
『日本近代文学の巨星 漱石と子規展』(サンケイ新聞社、一九八四年)はなんとなく家にあるような気がしたけど、買った。やっぱり、あった。この数年、文学展パンフの重複買いは何冊目だろう。これも勉強である。

 帰り九段下方面、昨年十二月にオープンした「BOOK HOTEL 神保町」をちらっとのぞく。南(東南)からの風がちょっと気持いい。

 話は変わるが、今月、高円寺駅北口の日高屋が閉店した(新高円寺店はまだある)。深夜、店の前で工事の貼り紙を読んでいたら、近くを歩いていた二十代前半くらいのカップルも立ち止まり、男性のほうが「マジか」と声を出した。北口の日高屋、けっこう繁盛していたのだが……。
 翌日、新高円寺を散歩していたとき、青梅街道をはさんだ向いのドトールのシャッターが下りていて、貼り紙のようなものが見えた。日高屋の件もあったから、ちょっと不安になったが、お盆休みだった。よかった。

 高円寺の喫茶店でいうと、北口の琥珀が閉店して以降、いわゆる行きつけの店を失った。打ち合わせや取材で利用する店はいくつかある。散歩のついでにふらっと入って、好きな味のコーヒーが飲めて、一服できて、文庫本を数十頁読み、気分転換できる店——高円寺だとグッディグッディ、ちびくろサンボ、琥珀だった。

 このブログは二〇〇六年八月にはじめた。最初は十年くらい続けようとおもったが、いつの間にか十六年になった。まだ続ける。

2022/08/03

街道その他

 月末、有志舎の季刊フリーペーパー『CROSS ROAD』(VOL.13)が届いた。連載「追分道中記」は三回目。今回は長野の話を書いた。残り一回。街道に興味を持ちはじめたころ、これまで通り過ぎてきた町を知りたいという気持だった。
 通り過ぎていたのは町だけでなく、歴史や地理に関してもそうだ。知らない町を訪れ、その土地をすこしずつ知る。知識を得た後、その町を再訪するとまた見方もすこしずつ変わる。その体験が楽しい。

「中央公論.jp」の「私の好きな中公文庫」で「街道をめぐる3冊」というエッセイを書いた。武田泰淳『新・東海道五十三次』ほか——『新・東海道』の話はこの五、六年の間にあちこちで書きまくっている。まちがいなく中年以降の自分の人生を変えた本だ。
 日本橋から品川、川崎と順番に旅をする感じではなく、どんどん脱線していくのもいい。

 新刊、佐野亨さんの『ディープヨコハマをあるく』(辰巳出版)が素晴らしい。横浜、町ごとに土地の雰囲気がちがい、一括りにできない。それぞれの町を掘り下げていけば、どこもすごく面白い。名著。街道と川の話が出てくると付箋を貼る。

『フライの雑誌』の最新号で横浜の大岡川の話を書いた。真金町(桂歌丸の生まれ故郷)から弘明寺あたりまで歩いた。真金町近辺、昔は運河が流れていたという話を桂歌丸の本で読み、それで歩きに行ったのである。

『ディープヨコハマをあるく』の第1章も大岡川の話だった。町と川の結びつきについてもいろいろ勉強になった。佐野さんも弘明寺駅の近辺に住んでいたことがあると書いてあった。川の取材を通して、弘明寺は好きになった土地の一つ。旧鎌倉街道も近くを通っている。

 第9章「神奈川をあるく」の子安・大口のところで足洗川(入江川の支流。現在は暗渠)の話も出てくる。浦島太郎が足を洗ったという伝承が残っている川なのだが、何度かこのあたりは歩いているのに気づかなかった。

 七月三十日から尾道、倉敷、高松を旅行で昨晩帰京——。瀬戸内の旅の話はまた今度。

2022/07/28

文と本と旅と

 毎日ものを探してばかりだ。スクラップするためにとっておいた雑誌がない。読みかけの本が見当たらない。この時間をもっと有意義なことにつかいたい。

『文と本と旅と 上林曉精選随筆集』(山本善行編、中公文庫)は喫茶店に入ったときにすこしずつ読んでいた。ところが二日前から行方不明になり、今日ようやく見つけた(ふだんつかっていない鞄に入れっ放しになっていた)。「古木さん」を読む。
 古木さんは古木鐵太郎。編集者時代の上林曉の先輩で、高円寺、野方あたりに長く住んでいた。葛西善蔵「湖畔手記」の口述筆記を行ったのも古木である。上林は古木を「美しい市民」と評した。酒を「うまそうに飲む」とも。

 上林曉と古木鐵太郎は『現代作家印象記』(赤塚書房、一九三九年)という共著もある(けっこう入手難の本だ)。

 上林曉の随筆を読んでいると、文学にたいする真面目さに胸を打たれる。

《生命の通った小説を書けるようになるためには、生涯の精進を必要とするのだと覚悟を決めている》(「私の小説勉強」/同書)

 生涯の精進——わたしもそういう気持で何かに取り組みたい……とおもうのだが、すぐ楽なほうに流される。つい手間と時間のかかることを先送りしてしまう。