2017/10/22

コスモス忌

 今週月曜日からヒートテック、水曜日から貼るカイロの世話になっている。気温下がりすぎ。雨降りすぎ。急に寒くなると、からだがついていかない。

 土曜日、築地本願寺。秋山清のコスモス忌。秋山清はアナキスト詩人。わたしは自伝が好きでしょっちゅう読み返している。コスモス忌は二十数年ぶり(以前、中野で開催されていたころ、参加したことがある)。
 一部は、林聖子さんと森まゆみさんの講演。林聖子さんは、大杉栄や辻潤の肖像画を描いていた林倭衛の長女でバー風紋の現役女主人。
 久しぶりにコスモス忌に参加したのは、今年ペリカン時代で石丸澄子さんの写真展をやっているときに関係者の人と会ったのがきっかけだった。行ってよかった。いい会だった。学生時代以来に会った人もいた。小沢信男さんともすこし話をした。

 会場で新居格の『杉並区長日記 地方自治の先駆者』(虹霓社)を刊行した古屋淳二さんに話しかけられる。虹霓社のホームページを見て、つげ義春の公式グッズの制作販売していることを知る。

2017/10/14

政治家がしてはならないこと

 ジョージ・マイクス著『偽善の季節 豊かさにどう耐えるか』(加藤秀俊訳、ダイヤモンド社、一九七二年刊)という本がある。ジョージ・ミケシュは、ジョージ・マイクス名義になっている本が何冊かあって、ややこしい。わたしはミケシュで通す。
 この本で、ミケシュは「政治家であるかぎり、してはならないことのいくつか」をあげている。

(1)「すみませんでした」ということばをけっして口にしてはならない。
(2)いったん決めたことは、変えてはならない。
(3)選挙に失敗してはならない。

 ミケシュは「およそ歴史というものは、長い間にわたる数えきれない多くの政治的失敗の連続である」という。だが、政治家は謝罪しない。
 その例として、オーストラリアの国務大臣だったデビッド・セシルが、野党から攻撃を受けたときの答弁を紹介している。

《あなたがたの質問のすべてに対して、わたしは完全な答えを用意しております。しかし残念なことに書類を紛失してしまったので、このさいどうお答えしてよいかわかりません》

 また「いったん決めたことは、変えては変えてはならない」にたいして、ミケシュはこんな感想をいう。

《もしも議席に立ち上がって「わたしはこの問題に関してわたしの政敵のおっしゃっていることはまったく正しく、われわれがまちがっていることがよくわかったからであります」などと述べることのできる国会議員がいたとしたら、わたしはただただ敬服し、そういう人物を深く愛するのみである。いうまでもないことだが、こういう人物が現われることは絶対ありえない》

 選挙に失敗しない方法はいくらでもある。仮に、選挙で惨敗したとしても「自分は自分の言いたいことを全部演説で述べた」と開き直ればいい。「自分が考えていたよりはるかに多い得票数であったといえば、これも勝利である」とも……。
 日常生活と政治における美徳は一致しない。

 長いあいだ、わたしは政治に無関心だったが、ミケシュのコラムによって、政治家の生態を研究するおもしろさを知った。彼らにできないことを期待するのではなく、できることだけを望む。そのくらいのスタンスでいいのではないかとおもうようになった。

2017/10/10

わたしにはわからない

 臼井吉見著『自分をつくる』(ちくま文庫)を読む。忘れられた作家というほど、無名ではないが、もうすこし読まれてほしい。大事な提言をたくさん残している。

 この本の第三部の「人間と文学」という講演の中でこんなエピソードを紹介している。

 小学校四年生の作文に、子どもが自分の家の話を書いた文章があった。
 うちでは、お父さんがあたたかいご飯を食べ、お母さんは冷やご飯を食べる。いつもお父さんが先にお風呂に入り、お母さんと自分は後から入る。
 その後、「ほうけんてき(封建的)」という言葉が出てくる。
 先生はこの問題を取り上げ、他の生徒にも「みんなのうちではどうか」と作文を書かせた。
 すると、ほとんどの生徒が、判で押したように「私のうちも、ほうけんてきだ」と書いてきた。
 臼井吉見は、そのことを薄気味悪くおもう。いっぽう、クラスでひとりだけ「わたしにはわからない」という文章を書いてきた女の子がいた。

《お父さんは外に出て働いているのだから、おふろをわかしても、お父さんに先に入ってもらうことは、自分はうれしい。そして、お母さんがいつも冷たいご飯を食べなければならないというきまりはない。たくさん残っているときは、チャーハンにしてみんなで食べる。しかし、たいていは、お母さんがひやご飯を食べ、おふろにはお父さんが先に入る。それがどうしていけないのか、わたしにはわからない》

 臼井吉見は「ぼくはこの作文をよんでほっとしました」という。他の生徒は「ほうけんてき(封建的)」という言葉をトランプのジョーカーのようにつかっている。

《それをちょいと出すと、みんなまいっちまう。(中略)これを一度使い出すとこたえられない。信州ことばでいうとコテエサレナイのです。そういうコテエサレナイことを覚えたら、もう、ものなんか考えようとしなくなる》

「封建的」という言葉でわかったような気になったり、相手を黙らせたりする——そういう癖がついてしまうと人はものを考えなくなる。臼井吉見は、わからないまま、考え続けることの大切さを語る。

《封建社会には、いろいろの点で、不合理きわまるもので、いまそんなものが残っていたのでは、こまるわけだけれど、しかし、封建社会というものがあったからこそ、これをジャンプ台にして、ヨーロッパも日本も近代的な社会に飛躍することができました》

 この作文の授業の前に、臼井吉見はタイを訪れ、政治家で作家のククリット・プラーモートに会っている。彼は、日本には徳川三百年という封建社会の蓄積があったが、タイにはそれがないといった。
 封建社会を経ずに近代社会を作る。そんな困難な課題に取り組んでいる国の人たちがいる。

「封建的」のような符牒、レッテルは使い続けているうちに効力を失ってしまう。気をつけたい。