2019/08/19

私小説の話

 二十代後半から三十代の前半にかけて、年がら年中、文学や音楽の話をしていた旧友と久しぶりに飲んだとき、「(いろいろ本を読んできたけど)結局、私小説に戻るんだよなあ」といっていた。
 これまでも私小説が好きな理由をあれこれ書いてきた気がするが、読み慣れた作家の本を再読するのは精神安定剤のような効能があるような気がする。
 もちろん、私小説作家であれば、誰でもいいというわけではない。
 わたしは破滅型よりは調和型の作家が好みで、困ったときはその調和型の代表格の尾崎一雄の作品を読み返す。

 高松の本屋ルヌガンガで福田賢治さんとトークショーをしたときに会った若者が書いている「ボログ」というブログを読んでいたら、こんな一節があった。

《尾崎一雄「ある私小説家の憂鬱」読み終える。
「口の滑り」という話に古本屋の関本良三という人物が出てきたので、あれ?と思い調べてみたら、「昔日の客」の関口良雄がモデルのようだ》

 今、尾崎一雄の私小説を読んでいて、「関本良三=関口良雄」に気づく人は日本中探してもそんなにいないとおもう。

 岡崎武志さんの『古本病のかかり方』(ちくま文庫)の「視力がよくなる」でも似たような話を書いている。

《知識が増えていくと、それに比例して目が拾う情報も増えていく。極端なことを言えば、以前には見えなかったものが、のちに見えてくるようになるのだ》

 こうした「古本の視力」が何かの役に立つのかといえば、正直、わからない。
 読書にかぎらず、知識が増えたり、年を重ねたりするうちに、いろいろな発見がある。

「口の滑り」では尾崎一雄の二歳年上の大崎五郎という先輩作家も出てくる。たぶん「大崎五郎=尾崎士郎」だろう。
 ちなみに、尾崎一雄と尾崎士郎の娘はたまたま「一枝」という名前でよく間違えられた。

2019/08/15

新陳代謝

 青春18きっぷで京都に行こうとおもっていたが、台風が来そうだというので迷っているうちにお盆になってしまった。
 部屋の掃除をしながら、山本夏彦の文庫をいろいろ読み返す。

《隠居とはむかしの人はうまいことを考えたものです。親は未練を断ち切って、家督を子に譲って以後いっさい口出しをしません。こうして十年たてば子は三十代になって、親が口出ししたくても今後は出せなくなって、自分は全き過去の人になったと知って安心して死ねるのです。
 これを新陳代謝と言います》(「人間やっぱり五十年」/山本夏彦著『つかぬことを言う』中公文庫)

 隠居とまではいかなくても、もうすこしのんびり暮らしたいとおもっている。しかし「人生五十年」といわれても、いざ五十歳(ちかく)になってみると、精神年齢は三十代半ばくらいの気分だ。三十年前、ライターの仕事をはじめたころ、同業者の最年長は四十歳くらいだった。書く仕事よりも、雑誌のブレーンや最終稿をまとめるアンカーといわれる仕事をしていた記憶がある。

 すこし前に就職氷河期の人の就労支援のニュースがあった。今、四十歳前後の人たちは就職難だった。
 二〇〇〇年代のはじめ、大きな書店に行けば、三十歳以下はみんなアルバイトといったかんじだった。図書館の司書の平均年齢が五十代という記事を新聞で読んだ。団塊の世代、あるいはバブル期に社員をとりすぎて、そのしわよせを若い人たちが食らった。

 山本夏彦著『かいつまんで言う』(中公文庫)に「これを新陳代謝という」というコラムがある。

 内容は「人間やっぱり五十年」とほぼ重なっている。

《隠居するというのは、昔の人の叡知で、爾今自分は現役ではないと友人知己に声明して、口出しすることを自らに禁じたのである。そして五年たち十年たって、なお生きていれば、今度は口出ししたくても出せなくなって、文字通り過去の人になるのである。
 薄情のようだが、これが自然なのである。新陳代謝といって、古いものは去らなければいけないのである》

 さらに「こんなことを言うのは、寿命がのびたから定年をのばせという説があるからである。それはむろん老人の説で、若者の説ではない」と綴る。

 あらゆる分野で新陳代謝の失敗が蔓延している。シルバー民主主義を批判する若者たちもいずれ年をとる。
 わたしも老害といわれる日が来るだろう。
 その前に隠居したいのだが……。

2019/08/12

五分の理

《あの戦争は別に悪かったわけじゃないという理屈はいくらでもありますよね。日本って国は近代化をあわててやって、とにかく生き残ることに成功して、要するに西洋の植民地主義を真似しただけであり、他の連合軍であるイギリスとかフランスとかは植民地主義の面では札つきだったわけですし。だから理屈では合理化できると思う。そもそも理屈ってのは「泥棒にも三分の理」というくらいなんだから、普通の人だったら五分の理くらいまで持っていけるもんですよ。だからそういう眼で見てしまえば全部間違ってしまう》(「〈戦争〉と〈革命〉が終った時代へ」/菅谷規矩雄、鮎川信夫の対談/『すこぶる愉快な絶望』思潮社)

 ここ数日、鮎川信夫の「そういう眼で見てしまえば全部間違ってしまう」という言葉の意味を考えていた。

「(日本だけが)悪かったわけじゃない」というのは戦後ずっと多くの日本人の中にくすぶっていた気分だとおもう。でも当時の多くの日本人は戦争はもうこりごりだという気持やアジアの国々にたいして後ろめたさもあった。戦争に負けた以上、大っぴらに「五分の理」を主張するのは気が引けたとおもう。戦時中の日本が行ったといわれる「蛮行」や「戦争犯罪」にしても事実とそうでないものはあるだろう。当時の記録の中にも事実もあれば、捏造もある。戦争初期と後期でまったく事情が変わってくる。

《いろいろあって何が真実かわからないとき、大衆の好むものが真実になる。大衆は、自分にとって、最も面白いことや都合のよいことを真実にしたがる》(「信ずべし信ずべからず」/古山高麗雄著『反時代的、反教養的、反叙情的』ベスト新書)

 親日国の人たちの「日本の統治のおかげで豊かになった」という言葉を聞けば、わたしも悪い気はしない。いっぽう日本によって凄惨な目に遭った人たちの話を聞いたり、読んだりすると、申し訳ない気持になる。

 都合のいい史実だけを並べて「自分たちは間違ってなかった」という結論を出すのは、たぶん間違っている。