2019/05/24

本屋Titleでトークショー

 一九八九年春に上京し、六月からライターの仕事をはじめました。
 その後、大学を中退し、アルバイトをしながら書評や音楽評などを書いていたのですが、三十歳のとき、商業誌の仕事を干され、ふらふらしていた時期にたまたま近所の飲み屋で岡崎武志さんと知り合い、『sumus』という同人誌に誘われ、古本エッセイをちょこちょこ発表するようになりました。「どうせ食えないんだったら、好きなことを書こう」と開き直った結果、今に至っています。
 そんなこんなで文筆三十年。
 来月JR中央線・荻窪の本屋Title(1階特設スペース)で「ライター生活30年と古本」というトークイベントを開催します。『古書古書話』(本の雑誌社)と高松発リトルプレス『些末事研究』第四号の刊行記念です。

 聞き手は『些末事研究』の福田賢治さん。福田さんは現在香川県在住ですが、以前は中央線沿線の荻窪に長く暮らしていた。年齢はわたしと同じで二十代のころ、『思想の科学』界隈にいたという共通点もあります。
 福田さんは矢継ぎ早に答えに窮する質問をしてくるので当日けっこう心配です。

○6月11日(火) 19:30〜
○場所 本屋Title 杉並区桃井1-5-2(八丁交差点すぐ セブンイレブン隣)
○料金 1,000円(+1ドリンク 500円)
○定員25名

◎申し込み方法
◎メール件名にイベント名「ライター生活30年と古本」、本文にお名前/電話番号/枚数(1人2枚まで)を明記して、以下のアドレスに送信してください。
title@title-books.com
(参加費は当日会場受付にて)

2019/05/21

旅の疲れ

 土日、一泊二日で広島の福山、岡山の矢掛宿などを歩く。広島と岡山は写真家の藤井豊さんといっしょに歩いた。福山は井伏鱒二、矢掛は木山捷平と縁のある土地だ。
 矢掛を訪れるのは二度目。前に行った宿場町のほうには寄らなかった。本陣も残っていて、町全体に歴史が根づいている。
 矢掛のことは岡山出身の河田拓也さんからも何度か話を聞いていた。木山捷平の生家付近を見て「矢掛=のどかな里山」だとおもいこんでいたら「あのあたり街道筋の宿場町があって、昔はすごくにぎわっていたんです」と教えてくれた。
 山陽道は瀬戸内海から離れたところに街道が通っている。翌日は藤井さんが運転する軽トラで昨年の西日本豪雨の被害にあった地域も回った。小田川はずっと見ていたい川だった。

 旅行中、藤井さんはフィルムのカメラを持っていた。藤井さんにはフィルムで写真を撮り続けてほしいとおもっている(たぶんデジカメは合っていない)。
 総社界隈(五重塔がある)を散策したあと、吉備線に乗って岡山駅へ。時間があれば、岡山の吉備路文学館にも行きたかった(以前、行ったことがある)。内田百閒の特別展が開催中だった。
 岡山駅から新幹線で姫路駅へ。
 姫路文学館の望景亭で世田谷ピンポンズの「文学とフォーク」のライブ。姫路のおひさまゆうびん舎が主催。
 木山捷平の「船場川」をもとにした曲が聴けた。木山捷平は姫路師範学校(現・神戸大学)を卒業し、小学校の先生をしていたこともある。姫路と縁がある。
 今、どんどん曲ができる時期なのか。曲の中に世田谷さん自身の固有の記憶が埋め込まれていて、それが詩の核になっているようにおもった。
 姫路の商店街を歩いて、茶房大陸(世田谷さんの歌がある)で焼きミートスパゲティを食べてから在来線で新大阪へ。新大阪から東京で新幹線で帰る。

 姫路は広くて半日では足りない。一泊二日の旅はむずかしい(月曜日の夜、仕事があった)。岡山から姫路に行くあいだの三石という宿場町にも寄りたかった。姫新線にも乗りたかった。こういう心残りはわるくない。また行けばいいのだ。

 近いうちに岡山〜兵庫の県境付近もゆっくり歩きたい。

2019/05/13

コタツをしまう

 日曜日、ようやくコタツ布団をしまう。今日はすでに暑い。室温は二十五度だ。仕事の合間、掃除をしなら、旅行の計画を立てる。時間があっという間にすぎてゆく。最近、TVのニュースをあまり観なくなった。

 四十代もあと半年ちょっと。もうすぐ五十歳。生まれ育ちその他、自分のおもい通りにならない部分はさておき、どうにかこうにか生きてきた。ふとした瞬間、「あと何年くらい仕事をするのだろう」と考えてしまう。自分のピークは過ぎてしまったのではないかともよくおもう。ただ、そこから先の手立てはないわけではない。
 あるていど手間暇をかける部分を絞る。体調管理(とくに休息)は四十代よりも五十代のほうが切実な課題になるだろう。
 気力さえあれば何とかなるのは三十代後半くらいまでだ。今は気力で乗りきった後、その反動がきつい。
 わたしは水木しげるの「睡眠至上主義」の信奉者なのだが、四十代以降、寝ても疲れがとれない日が増える。そういう日は無理せず、のんびりしたい。しかし、のんびりしていると、焦りが生じてしまう。

 焦りは自分の頭が作り出している。だから切り離すこともできる——これはわたしがスポーツ心理学で学んだもっとも有益な知識のひとつだ。たいてい焦りの大半は「勝手に不安になっているだけ」なのだ。

 二軍から一軍に上がってきた選手が、フォームを崩してしまうことはよくある。実績のある選手とちがい、与えられるチャンスは限られている。
 結果を出すことにとらわれ、ぎこちないフォームでボールに当てにいく。そうこうするうちにフォームを崩してしまい、再び二軍に戻る。
 ヒットが打ちたい。ホームランが打ちたい。打点を上げたい。しかし相手もプロだから、そう簡単には打たせてくれない。いい当たりが好守に阻まれることもよくある。
 打者であれば、いかに迷いのないスイングをするか。そのことに専念するのがいちばんいいのではないか……というのは、野球の素人の意見ですけどね。

 若いライターもかならずといっていいくらいそういう壁にぶつかる。わたしもぶつかった。ぶつかりまくっていた。別にお金にならなくてもいいから、ずっと取り組みたいとおもえることがあれば、ちょっとくらいの足踏み状態は気にならなくなる。

 時間をかけた小さな積み重ねがものをいう。そのことにもっと早く気づきたかった。

2019/05/08

本の整理

 毎年五月のだいたい連休中にコタツ布団を洗い、押入に片付けているのだが、今年はまだ明け方が寒くてコタツ生活を継続している。そのかわりカーテンを洗濯した。洗濯機の水が真っ黒になるくらい汚れていた。

 掃除をはじめると止まらない。本の整理もしたい。
 たぶんわたしは整理整頓欲というものが強い。といって、きれい好きなわけではない。どちらかと適度に散らかっている状態を好む。ただしその適度さを保つのがむずかしい。

 一度に大量に本を売ることは避けたいのだが、そうもいってられなくなってきた。
 何を残し、何を売るか。昔からそんなことばかり考えている。それでも残す本と売る本の仕分けは悩みの種だ。
 蔵書の整理は、部屋の本棚に並んでいる本と自分の心境や関心のズレを微調整できる効能はある。

 昔と比べると、生活の変化にたいして慎重(億劫)になっている。このままではいけないとわかっていても、おもいきった取捨選択ができない。

 目先の問題を片付けると次の問題が出てくる。次の問題にとりかかっているうちに別の問題が浮上する。
 ずっと人生設計を怠ってきたツケかもしれない。
 
 ゴールがあったほうがいいのか、ないほうがいいのか。むずかしい問題は時の経過に解いてもらうという方法もある。それも万全の方法ではない。

2019/05/06

商店街散策

 この数日、ブログを投稿しようとしても「読込中…」の表示が出たまま動かなかった。原因不明。

 この連休は読書野球掃除酒の日々。山浦正昭著『「歩き」の文化論』(経済界、一九八六年)が令和初読書。

《「歩くことは遅れたものである」というイメージこそ、もっとも遅れた人(国)の考え方であり、「歩くことをどう文明に組み入れるか」といったイメージを持つ人こそ、これからの文明をつくっていける人たちだと思う》

 八〇年代半ばに出た本だけど、これからの世の中は「徒歩」の文化が重要になるだろう。歩いて暮らせる町——だけでなく、町と町を歩いて行き来できるような社会になってほしい。

 二日、横浜の保土ケ谷へ。保土ケ谷は東海道の宿場町。今年に入って神奈川宿、保土ケ谷宿は何度か歩いていた。ほどよい距離で見所がたくさんある。
 今回はJRの保土ケ谷駅から相鉄線の天王町駅方面に歩いて、松原商店街に行った。商店街内はカートで移動できる(商店街は旧東海道とも重なっている)。

 ある東海道関係の本を読んでいたら、神奈川宿あたりの東海道について「街道の名残りがない」というような記述があった。
 著者は旧東海道ではなく、第一京浜(だけ)を歩いている。神奈川宿界隈の旧東海道は史跡だらけで前に進むのに苦労するくらいなのだ(幕末から明治にかけて諸外国の領事館だった寺社があちこちにある)。わたしもこういうおもいこみの失敗はよくやってしまうので気をつけたい。

 今、神奈川宿や保土ケ谷宿の町中には宿場関係の案内板などがたくさん出ている。
 昭和期は道幅の狭い街道は、どんどん拡張され、石碑、常夜燈、一里塚は消えていった。
 昭和に失われつつあった街道文化が、平成(二〇〇〇年代)になって保全・修繕の動きが出てきた。神奈川宿の案内板や地図なども二〇〇〇年代に作られたものが多い。
 八王子道の追分から江戸以前の東海道もすこし歩いた。八王子と横浜を結ぶ道は「絹」の道だった。
 そのあと横浜駅に出て、地下街(ジョイナス)を散策する。横浜駅の工事はいつまで続くのか。

 翌日はJRの東神奈川駅から東急東横線の白楽駅まで歩いた(けっこう近い)。イオンスタイル東神奈川(すこし前まではサティだった)で夏用の長袖シャツを買う。

 数年前まで、中野から阿佐ヶ谷にかけて、おっさん向けの衣類が(安く)買える店が何軒かあったのだが、どんどんなくなっている。服(靴下や下着も)は旅先で買うことが増えた。

 白楽は六角橋商店街がある。この商店街も活気がある。ごちゃごちゃした小さな路地が残っているのもいい。古本屋もある。
 六角橋は旧綱島街道で、この街道も今年に入ってからすこしずつ歩いている。階段を登り、篠原園地にも寄る。横浜は坂が多い。
 神奈川県も面白い街道がたくさんある県だ。
 活気のある商店街とシャッター商店街は、どこで差がついてしまうのか。

 帰り、久しぶりに東急東横線に乗り、渋谷駅へ。JRへの乗り換えが面倒くさい。改修工事によって不便になった。