2015/06/30

もたない男と買わない男

 中崎タツヤ著『もたない男』が新潮文庫にはいったので再読する(この本のことは『書生の処世』でもとりあげています)。

 とにかくモノを捨てる。捨てすぎる。仕事場の写真を見ると、引っ越し前か後とおもうくらいガランとしている。
 しかも捨てるのと同じくらい買い物も好き。すぐに捨てたくなることがわかっているのに買ってしまう。いろいろ矛盾している。自分の原稿まで捨ててしまう(原稿をとりこんだパソコンも)。そこまでいくと怖い。その怖さもこの本のおもしろさである。

《捨てる、捨てないは、不安と自由に関わる問題です。
 ものを捨てれば、ものに縛られず、制約が少なくなって自由になりますが、どこか不安になるところがある。
 一方、もっていれば安心はするけど、ものに縛られる》

 わたしも常々この問題について考えている。モノは何もしないと際限なく増えていく。とくに本が増える。だから、どこかで歯止めをかけたい。
 ある時期から本棚からあふれた分は売って、読みたくなったら買い直すという方式に切り替えた。衣類も一着買ったら一着捨てる。食器もそう。ほどよい量をキープしたい。

 しかし「捨て欲」に火がつくと、後先考えずにモノを捨てたくなる。ゴミの日の前日、捨てられるものはないか部屋中を探しまわることもある。

 昨年、文庫化された鈴木孝夫著『人にはどれだけの物が必要か ミニマム生活のすすめ』(新潮文庫)は、新しい物をほとんど買わない(貰うか拾う)生活、そしてその思想を綴った本。単行本は一九九四年、二十年以上前に出ている。

《世界の「経済のパイ」を大きくするのではない。資源エネルギー、そして環境の許容度はもうこれ以上大きくは出来ない。途上国の生活水準を上げるためには、先進国が更なる経済発展を遂げ、そのスピルオーバー・エフェクト(余剰波及効果)に期待するしかないという、一部経済学者たちの考えは、地球というパイの有限性についての認識が全く欠如していると言わざるを得ない》

《大切なことは、私一人だけがやっても意味がないとか、たった一人の力で世の中の大きな流れを変えることなど出来はしないなどと、消極的にならないことだ。現在の社会が全体として向かっている方向、社会が毎日生み出している環境汚染や資源の浪費は、結局のところ私一人ぐらいがと思う極く普通の人が集まって作り出していることを忘れてはいけない》

 なるべく物を持ちたくない。古い物を大切につかいたい。
 その気持はわたしにもあるし、そうおもっている人は増えているような気がする。

 この考え方が、世の中の主流とまではいかなくても、一定の勢力になったとき、社会はどうなるのか……ということに今、興味がある。

2015/06/28

スムースまつり

 来月、スムースまつりが開催されます。スムース詩集をつくるということでわたしも書いた。たぶん「詩」になっていない。
 わたしが『sumus』に参加したのは二〇〇〇年の春、三号から。高円寺の「テル」(もうない)という飲み屋の常連だった岡崎武志さんに誘われた。最初は尾崎一雄の話を書いた。三十歳。アパートの立ち退き。ライターを続けるか、関西に行って、もういちど風呂なしアパートからやりなおすかどうかで悩んでいた。結局、高円寺に留まることにしたわけだが、京都に遊びに行ったとき、「こっちはもっと食えんで」という林哲夫さんの一言は大きかったかもしれない。
 もう十五年前か。前回、ブックマーク名古屋のスムースの会のときは、ほとんど喋れなかったので今回は前回の倍くらいは喋りたい。

7月11日(土) 16時〜徳正寺でsumus再結成トークライブを開催。林哲夫、岡崎武志、山本善行、生田誠、南陀楼綾繁、荻原魚雷、扉野良人の7人のメンバーが勢揃い。入場料1500円(おみやげ付)。定員七〇名(予約の方優先、ご予約はメリーゴーランド京都 mgr-kyoto@globe.ocn.ne.jp まで)。

7月11日(土)〜22日(水)まで、メリーゴーランド京都で林哲夫さんの個展が催されます。

詳しくは「ぶろぐ・とふん」にて。
http://d.hatena.ne.jp/tobiranorabbit/20150625

2015/06/24

『書生の処世』のこと

 新刊『書生の処世』(本の雑誌社)が出ました。『本の雑誌』の連載「活字に溺れる者」をまとめた本です。雑誌連載時は見開き二頁、単行本は四頁——『本の雑誌』二〇一一年一月号から二〇一四年十二月まで掲載された順番に並んでいます。担当編集者は『活字と自活』の宮里潤さん、デザインは戸塚泰雄(nu)さん、イラストは堀節子さんです。

 あいかわらず、本の話と身辺雑記なのですが、今回はこれまでの本よりも新刊本を多くとりあげています。書き下ろしのコラムも四本入っています。

 十代、二十代のころみたいに一冊の本を読んで自分の考え方が大きく変わる……というようなことは減った。『書生の処世』は、何もする気がしなくて、部屋でごろごろしながら、読んだ本の話が多い。でも三十代以降、暇つぶし、気休めの読書というものも奥が深いとおもうようになった。調子があまりよくないときに気楽にパラパラ読める本には、ずいぶん助けられてきた。『書生の処世』も誰かにとってのそういう本になってほしいとおもっています。

《まず、起きてすぐ流し台に行って給湯器の熱いお湯で両手の親指と人さし指のあいだをもみながら洗う。そうすると、からだがあたたまってきて、目がさめると教えてもらった》(トップストリートの病)

《金とひまの問題をずっと考え続けている。あまりにもそのことを考えすぎて、働いたり遊んだりする時間がなくなることもある》(ワーク・ライフ・アンバランス)

《我を忘れるくらい夢中になってはじめて面白さが味わえることはわかっていても、なかなかそういう状態にならない》(好奇心の持続について)

《何かをはじめたばかりのころは、やればやるほど、新しい技術が身についたり、記録が伸びたりする。ところが、半年か一年くらい経つと、練習や勉強の時間に比例して、上達の手ごたえをかんじることができなくなる。
 心理学用語では、そうした停滞期のことをプラトー現象(高原現象)という》(プラトーの本棚) 

 書き下ろしのコラムでは「ゼロからプラスではなく、マイナスからゼロへ。それがこの本のテーマのひとつではなかろうかと今、気づいた」と書いています。連載中は毎回読み切りのつもりで書いていたのですが、一冊にまとめることで見えてくるものがあります。自分で読み返していても新たな発見がいくつかありました。

 たぶん仕事で大成功したいとおもっている人には役に立つ本ではないなと……。

2015/06/18

世界の名画展

……髙瀬きぼりおさんから展覧会の案内が届く。きぼりおさんとは高円寺の飲み屋で知り合った。いつも話がおもしろい。陽気だけど、頑固。絵以外にも鞄とか財布とか木の箱の何かよくわからないものとかを作っているアーティスト。

キボリコキボリオの
【世界の名画展】
2015年6月20日〜28日(月・火は休み)

会場:ギャラリーみずのそら(〒167-0042 東京都杉並区 西荻北5丁目25−2)
http://www.mizunosora.com/

時間:12:00-19:00 (月・火は休み 最終日は17:00まで)
ギャラリーみずのそらを美術館にみたて、キボリコキボリオのふたりが模写した世界の名画を展示します。ピカソのゲルニカなら右と左から、フェルメールの真珠の 耳飾りの少女なら上と下から、といった具合にふたりが同時に画用紙へ描き進めるというスタイルで模写される名画。画材はほとんどクレヨン。とある19世紀 名画では金色の絵の具や金紙も。

巡回展
2015年7月2日〜21日
GLAN FABRIQUE ギャラリー(大阪府茨木市)

キボリコキボリオというのは画家の髙瀬きぼりおと、グラフィックデザイナーの島谷美紗子によるふたりユニット(ちなみに夫婦)。雑貨制作やレコードレーベル活動も。
http://kiborikokiborio.blogspot.jp/

2015/06/16

交流戦

 月曜日、雨天中止の振り替え試合、東京ヤクルト、千葉ロッテ戦を観に神宮球場に行く。
 ひさしぶりに内野自由席。いつもより安い。
 レフトスタンドのロッテファンの応援がすごかった。ずっと大合唱。ずっと跳ねている。ララララ〜角中。バモス、クルーズ、オオオオ、なんとかビクトリ、なんとかクルーズ。おもわず、一塁側にいるのに歌いそうになってしまった。あの応援は、守備側のチームにも多少影響を与えるのではないか。打球音がほとんど聞こえない。

 三回おきにジャック・ダニエルのジンジャーエール割り(内野一塁側の売店にしかない)をひたすら飲む。試合はロッテ勝ち。ヤクルトは交流戦負け越し。ただ、テレビやラジオではなく、球場で観ると負けても不思議と悔しくない。
 チャンスでひいきのチームの選手が三振しても、「あれは打てんわ。球、見えんもん」とおもってしまう。守備練習のときなら捕れそうな球を外野手が捕れず、三塁打になって、それが決勝点……。でも球場で観ると「いや、捕れそうなところまで追いついただけでもすごいわ」とおもってしまう(捕ってほしかったけど)。
 采配は結果論とはいえ、五回途中、一点リードの場面で先発の古野正人投手を変えたときは嫌な予感がした。五回までは古野が投げて、六回、秋吉、七回、ロマン、八回、オンドルセク、九回、バーネットの継投だったら、どうなっていたか。それでも負けていたかもしれないが、まだ納得がいった。

 帰りはすこし歩きたい気分だったので千駄ケ谷まで歩いた。

 今日は夕方から歯科医院に行った。麻酔をしたので、まだ口に違和感が残っている。昔とちがって、歯の治療はずいぶん痛みが軽減された。麻酔の注射自体が、あまり痛くないのだ。最初以外、途中から刺されているのがわからなくなる。

 一日中、クルーズ選手の応援歌が頭の中でくりかえし流れていた。名曲かもしれない。

2015/06/14

休日

 今月の『本の雑誌』の連載は「辻征夫の年譜を読みながら」。しめきり直前まで何を書くか決めていなかったのだが、黒田三郎の『小さなユリと』(夏葉社版)の解説を送った後だったので、その勢いで詩の話を書いた。

 黒田三郎と辻征夫は、比較して読んだわけではないが、詩のつくり方は似ているような気がしている。

 話は変わるが、今月、古沢和宏著『痕跡本の世界 古本に残された不思議な何か』(ちくま文庫)が出た。古沢さんは、喋り出したら止まらない犬山市の五っ葉文庫の店主。いずれは東海地方のスターになるでしょう。

 本に残された痕跡のおもしろさだけでなく、古沢さんの本の取り扱い方もちょっとおかしい。わたしは諸葛孔明の署名本の話がお気にいり。
 痕跡といっても、書き込みだけではない。本の状態(頁が折れていたり、変色していたり)から、その本の読者の癖、本がどんなふうに読まれたかを分析(妄想)する古沢さんの眼力も、その力をもっと他に使いようがないのかとおもうくらい冴えまくっている。

 日曜日、西部古書会館、大均一祭二日目。全品百円。値段を見ずに、一行でも読みたいとおもった本を買う。

 交流戦、セ・リーグ全敗……こんな日もある。

2015/06/13

しょうちゃん展

 金曜日、四谷荒木町の番狂せで『青木さんちのしょうちゃん展〜亡くなった父の隠し部屋から絵がみつかったので父に内緒で展示します』(六月三十日まで)を見る。

 数日前に、神田伯剌西爾で浅生ハルミンさんとばったり会って、今月の『新潮』の青木淳悟さんのエッセイのことを教えてもらい、読んだら、これはいかねばとおもって行ってきた。
 絵は期待(かなり期待していた)以上によかったし、おもしろかった。スーパーのチラシが透けていたり、やたらと女性の臀部が描かれていたり、絵から不思議な力がだだ漏れ。「Yバック姿でテニスプレイ」といったシュールなタイトルも素晴らしい。
 店では青木淳悟さんにお会いし、『匿名芸術家』にサインしてもらう。

 JRをつかわず、丸ノ内線で新高円寺で帰る。ひさしぶりに電車で寝てしまい、乗りすごしそうになる。

 土曜日、西部古書会館の大均一祭の初日(全品二百円)に行く。明日は全品百円。珍しく午前中に起きたのは、午前十時に歯医者の予約を入れてたから。最近、飲む回数が減っていたのは、前の晩飲みすぎて、歯医者に行くのは避けたいとおもっていたから。といいつつ、昨日は飲んでしまったのだが、そういうこともある。

 佐藤正午著『書くインタビュー』(小学館文庫)の1を読みはじめる。いろいろな意味で、怖い。

2015/06/11

途中下車(しなかったけど)

 旅行中に考えていたことをいくつか記しておきたい。

 新幹線で往復するのはやめようとおもったこと。予定がつまっていて、どうしても新幹線に乗らないと間に合わないというとき以外は、行き帰りのどちらかは鈍行か別の路線に乗りたい。途中下車、大事だ。

 郡山の古書てんとうふが、店舗をしめた。仙台に行った帰りには、かならず……ではないが、なるべく寄りたいとおもっていた古本屋だった。
 今あるからといって、いつまでもあるとは限らない。そんなことは四十五年も生きていれば、いやというほどわかっているつもりだったが、古書てんとうふはいつまでもあるとおもっていた。

 会津鉄道に乗ってよかった。平日の昼だったせいか、一両編成の車輌の四人掛けの席が余るくらいの人しか乗っていない。たぶん、乗客の平均年齢は、七十歳をこえている。
 福島と栃木を結ぶ野岩鉄道の経営もきびしそうである。

 鬼怒川温泉付近には、廃業した大型ホテルが並んでいて、電車の窓から見ているだけでも、かなり荒んでいることがわかった(「鬼怒川温泉」「廃墟」で検索すると、そういう画像がたくさん出てくる)。
 作ったはいいが、取り壊す金がなくて、そのまま放置されている建造物は、今、日本にどのくらいあるのだろう。観光地の駅前に、朽ちたホテルが乱立している状況というのは、かなり異様な光景だ。「失敗遺産」として、きちんと研究すれば、後世の役に立つかもしれないとおもったが、わたしの手には負えそうにない。

 つげ忠男の『自然術 釣りに行く日』(晶文社、一九九〇年刊)に、「奮戦・鬼怒川釣行」という釣行記がある。

《とにかく、鬼怒川と聞けば、わたしの脳裏にはとっさに溪流が走り、ついでに、温泉だの、団体旅行だの、サア、ヨイヨイの宴会だのが思い浮かぶわけだが、まさか、その川スソが別の表情を持っていて、そこでヘラが釣れるとは思いもしなかった》

 利根川水系の鬼怒川、さらにその支流の男鹿川は、釣り人にとって人気のエリアで管理釣り場もいくつかある。
 川が好きなのに、そこにどんな魚がいるのかわたしは知らない。川に「別の表情」があることも知らない。

 ただ、新幹線で往復していたら、鬼怒川温泉界隈のことを考えることもしなかった気がする。

 鬼怒川温泉からすこし先の龍王峡駅のちかくに、釣り堀があることを知った。龍王峡も途中下車したいとおもった場所だった。

2015/06/08

仙台と会津

 ひさしぶりに旅行した。仙台と会津若松。仙台はBook! BooK! Sendai——わたしの仙台通いがはじまったのが二〇〇八年の夏だった。book cafe 火星の庭で「文壇高円寺古書部」という古本コーナーをつくったもらったのもそのころである。
 あいかわらず、六月の仙台は心地いい。六日の昼すぎに着いたのだが、ちょっと寒いくらいだった。

 火星の庭の前野久美子さんに「仙台で文学を売りたい」といわれて、自分に何ができるかと考えた。「文学が売れない、どうしよう」ではなく、「売りたい」という言葉が前野さんらしいというか、本にかかわっている人間は、そうあるべきだとおもった。
 そのときに考えたのは、文学の世界の「入り口」になるような本を読んでほしい、知ってほしいということだった。本は一冊読んで終わりではなく、一冊の本が百冊、千冊につながっていく。
 そういえば、火星の庭でトークショーをしたときも、吉行淳之介と鮎川信夫の話をした。ひとりの詩人や作家を読んで、その同時代の人たちを追いかける。その人たちが影響を受けた前の世代の作家がいて、さらに影響を与えた作家がいる。追いかけはじめたら、キリがない。キリのなさが、おもしろい。

 吉行淳之介を読めば、当然、吉行エイスケを知る。エイスケを知れば、仙台にも縁の深い詩人の尾形亀之助にもつながる。昔、仙台の西公園には尾形家があった。亀之助がためこんだ飲み屋のツケを仙台の尾形家に行くと、亀之助のお父さんが、馬に乗って出てきたというエピソードが残っている。
 鮎川信夫を読めば、黒田三郎を読まないわけにはいかず、黒田三郎を読めば、黒田三郎が好きだった宮城出身の菅原克己にたどりつく。

 仙台にちょくちょく通うようになって、東北のことも気になりだした。本を読んでいても、自分が行ったことがある地名が出てくるだけで、近くにかんじる。
 知ってるか知らないかって、ふだんの生活にはたいして役に立たないことでも、それによって自分の関心や好奇心がひろがるということは、大切なことだとおもっている。

 今回のBook! BooK! Sendaiで、前野さんはいったん身を引くみたいなことをいっていたが、大掛かりなイベントではなくてもいいから、仙台とほかの土地の人の行き来する受け皿役は続けてほしい。

 Book! BooK! Sendaiのあとの打ち上げで飲みすぎ(訂正=打ち上げの前に行った焼鳥屋で飲みすぎ)、高橋創一さんの家に泊まる。翌日、広瀬川沿いを散歩する。仙石線が、五月三十日に全線復旧したと聞いて、何の用もないのに乗ってきた。石巻まで行く電車の時間は合わなかったので、高城町駅まで。そこから松島海岸駅まで歩いて、また仙石線に乗って仙台に戻る。

 火星の庭でコーヒーを飲む。店内にジャングルブックスさんもいた。火星の庭で見つけた福田蘭童の『わが釣魚伝』(二見書房)を読みふけっていたら、帰り際、挨拶されたのに気づかなくて、すみませんでした、ジャングルさん。

 夕方、仙台から会津若松へ。こちらも何の用もなかったのだが、今回の旅行は会津鉄道を利用して東京に帰るという目標があった。
 仙台から鈍行で郡山へ。郡山に着いたのは夕方六時前。この時間から会津若松に行って、大丈夫なのか。とりあえず、多少、土地勘のある郡山に泊まって、明日、会津若松に行くことにしようかと一瞬迷ったのだが、ちょうど会津若松行きの電車が来たので、かけあしで乗ってしまう。
 磐越西線の電車の窓からの眺めは、町からだんだん山になる。宿はあるとおもうが、店は営業しているのだろうか。こういうときに、携帯電話をもっていない身としては不安なのだが、こういう不安を味わえるところが、携帯電話をもちたくない理由のひとつである。

 午後七時すぎ、会津若松駅に到着——。駅前のビジネスホテルをおさえ、駅前でメシを食う。店内からはソースかつ丼を会津若松のご当地グルメにしようと画策している気配をかんじたのだが、ふつうのしょうゆラーメンを注文した。とりあえず、夜十一時半くらいまで飲めることもわかった。ホテルで温泉(スーパー銭湯みたいなやつ)の無料券をもらったので、そこに行ったら、旅の疲れがどっと出て、夜十時すぎに寝てしまう。

 会津若松からは、会津鉄道、東武線、JRなどを乗り継げば、東京に帰ってこれることだけはわかっていた。ホテルでもらった会津線の時刻表には、会津若松から新宿駅までほぼ直通の路線(特急スペーシア利用)もあることを知った。夕方五時くらいに東京に帰ることを考えると、特急を利用したほうがよさそう。

 翌日、まず会津若松から会津田島に行く。会津田島駅周辺を二時間くらいぶらぶらする。駅に会津鉄道の記念乗車券のポスターが貼ってあったので、「何の記念ですか?」と聞いたら、駅員さんがいろいろ説明してくれて、買わざるをえない雰囲気になって、「AIZUマウントエクスプレス号の鬼怒川温泉駅乗り入れ10周年記念」の乗車券を買うことに……。
 帰路、印象の残ったのは、会津田島駅から数駅の野岩鉄道の湯西川温泉駅(栃木県日光市)だ。トンネルの中に駅がある。すごく気になる。特急の切符を買ってなければ、途中下車したかった。昔の自分なら、特急券なんか買わなかったはずだから、降りてたとおもう。旅の勘が退化している。

(……つづくかも)

2015/06/06

書くことがない(けど)

 すこし前に、書くことのない日のことを書こうとして書かなかったことがあったが、書くことのない日というのは、たいていは仕事をしていた日だ。

 仕事のあいまに本を読んだり、家事をしたりしている。そのことは何度も何度も書いている。書くに値する変化はない。しかし、書くに値することなんてことをいいはじめたら、それこそ何も書けなくなる。
 今もそうだが、あえて書くに値しないようなことが書きたいときもある。
 日記ではなく、仕事の原稿でも、書いても書かなくてもいいことを書いてしまう。レイアウトの都合で文字数がオーバーする。そういうときは、その部分を削ればいいから楽だ。文章もすっきりする。しかし、書いても書かなくてもいいところこそ、残したいとおもう。

 昔は、よくそのことで編集者ともめた。
「どう考えてもいらないでしょ?」
「どう考えてもいらんから、いるんです」

 わたしが偉くなりたいとおもうのは、こういうやりとりをしたときだ。偉くなって威張りたいのではない。十人いたら九人は「この部分いらないんじゃない」とおもうことが書きたいし、残したいのである。偉くないのに、偉そうなことをいわせてもらえば、すっきりした文章を書くほうが、楽なのである。

 唐突な言葉が出てきたけど、何のフォローもなく、読んでいる側は、ほったらかしにされる。そういう詩が、昔からわたしは好きだった。意味不明や難解とはちょっとちがう。でもわたし自身、そのちがいをまだわかっていない。

 文章の中には書こうとおもって書いた部分と書く気はなかったのに書いてしまった部分がある。
 書き手からすれば、後者のほうが愛着がある。それこそ書こうとおもって書いた部分は、その気になれば、いつでも書けることなのだ。

 音楽を作ったり、絵を描いたりしている人と話をすると「そうなんだよ」と意気投合する。おおまかな括りで、表現者というのは、自分の創造性というものをコントロールしたくないという欲求がある。

 わたしは不安定で不鮮明な、もやもやもした気分がなければ、文章を書こうとおもわない。 

2015/06/04

自分が生まれなかった世界

 仕事が一段落したので、石黒正数の『それでも町は廻っている』の十四巻を読んだ。この巻で、自分が生まれなかった世界にまぎれこんでしまう歩鳥の夢かなんだかわからない話があった。歩鳥が生まれなかった世界で、消えてしまっていたものは……。これはけっこう考えさせられた。

 仮に自分がこの世に生まれなかったとしても、歴史が変わるわけではない。でも自分の本はなくなるし、今、やっている連載のスペースは、別の誰かが書いている。ちょっと読んでみたい気もする。
 自分のことをまったく知らない人には何の変化もなくても、いつの間にか知らないうちに、身近な人には何かしらの影響を与えていて、それによって、人生が微妙に変わることもあるのかもしれない。何も考えずにいった一言が、誰かの人生を左右することだって、ないとはいえない。

 子どものころ、学校の帰り道に、いつもとちがう角を曲がって、別の道を通ったら、運命が変わるのだろうかとよく考えた。大人になってからも、似たようなことを考える。
 どちらを選んでも、たいしたちがいのないことでも、小さな選択の差が積み重なると、大きなちがいになるのではないかと……。

 家にこもって仕事をしているときも、このまま原稿を書き続けるか、気晴らしに飲みに行くか、しょっちゅう迷う(だいたい飲みに行くのだが)。

 古本屋をまわっていて、疲れたから帰ろうとおもいながら、もう一軒、足をのばしたら、ずっと探していた本が見つかった。これまでそういうことが何度かあった。

 書いているうちに何の話がしたかったのか忘れた。  

2015/06/02

フライの雑誌の最新号

 今月末に発刊予定の単行本の追い込み作業をしている。『本と怠け者』(ちくま文庫)以来、四冊目の本になる予定だ。

 実は、『フライの雑誌』の最新号のプロフィールの欄に新刊の告知を載せてもらったのだが、単行本の初稿のゲラが出るか出ないかというタイミングで、タイトルが変更になってしまった。幻の題名が知りたい方は、ぜひこの号を見てください。正式なタイトルはまた後日……。

 105号の特集は「日本の渓流の『スタンダード・フライロッド』を考える」。仕事のあいま、『そして川は流れつづける』(フライの雑誌社、二〇〇二年刊)をすこしずつ読んでいた。『フライの雑誌』の創刊号から五号までのエッセイと釣行記をまとめた本。釣り素人のわたしは、この雑誌をエッセイがおもしろい雑誌として読んでいる。
 いつも真っ先に読むのは真柄慎一さんの文章である。この号の題は「コート掛け」。仕事が忙しかったり、引っ越しが重なったりして、解禁日がすぎても釣りに行けない愚痴を綴っている。

《「俺はなんのために働いているのだろう。」
と何も考えなしに思ってしまう。
 働かなければ生きていけないし、釣りにも行けないのだが、ふと口をついてしまう》

 特集の「対談 歴史に見るスタンダード・フライロッド』」には、日本のフライ市場は二十年前のフライフィッシング・ブームのころと比べて、百分の一に縮小しているという証言があった。
 つい最近まで、わたしは日本にフライフィッシング・ブームがあったことすら知らなかったのだが、市場規模が百分の一になる中、専門誌を刊行し続けているのはすごいことだ。

 それからこの号でいちばん熟読したのは横浜市のフライフィッシングなごみの遠藤早都治さんのインタビュー「“最初の一本”の選び方」である。

 遠藤さんは「僕は新しいことにトライしよう、愉しもう、という方のお手伝いをするのが大好きなんです」と語っている。
 このインタビューは、初心者向けの竿の選び方の話なのだが、そこにとどまらない。あらゆるジャンルに初心者はいる。たぶんベテランの相手をするより、夢と希望と勘違いだらけの初心者との接し方がいちばんむずかしい。甘やかすだけでなく、厳しさや奥深さも教えなくてはならないから。

 どんなにマニア向けの雑誌でも、初心者に門戸が閉ざしている雑誌はダメだとおもう。

ニュータウン

 世田谷ピンポンズの新しいアルバム『ニュータウン』が届いた。世田谷さん(という呼びかたでいいのだろうか)が、話をして歌っているところを見て、詩や文学(私小説)、古い漫画が好きな人であること、声がややかすれて割れていて、心地よかったことはおぼえている。しかし、どんな人なのかよくわからない。ミュージシャンにかんしては、わたしの第一印象はアテにならないことが多い。

 ここ数日、神経がひりひりする日が続いていた。世田谷さんの音楽を聴いてちょっと落ちついた。すごく緻密に作られた音であることもわかった。だから今のところ自分の印象とはそんなにかけ離れてはいないのだが、これからもっとヘンな部分が出てくるのではないか、と……。そういう余韻というか気配もある。

 しばらく聴き込むことになりそう。