2026/01/04

新年

 年末年始は横浜で過ごした。菊名から妙蓮寺あたりの旧綱島街道を歩いた。家を出る前に地図を見て、現地ではオイルコンパスのみで散策したのだが、坂道だらけで楽しかった。途中、富士塚という地名があったが富士山は見えなかった。道に迷いながら子安、新子安あたりまで歩いた。知らない町を歩いていると「生きているうちにまたここに来るのかな」という気分になる。

 大晦日は紅白、ぐるナイ年越しおもしろ荘!を見る。ゆっくりテレビを見るのは高校野球の季節か正月くらいになっている。たまにテレビを見ると、コマーシャルに出ている人がわからない。生きている人か死んでいる人か、わからなくなってきている。

 年明け、中村光夫著『知人多逝 秋の断想』(筑摩書房、一九八六年)を再読。「若い散歩者たち」は、何年か前から鎌倉に若い人が大挙して来るようになったという話から、こんな感想を述べている。

《彼らは、いわゆる「名所」に惹かれてきているのではなさそうです。(中略)では彼らは何に惹かれてくるのか、というとそれは低い丘の形で街の中心まで食いこんだ自然と、戦災を免れたために比較的古い建物の残った街との調和がもたらす、或る落着きと思われます》

 東京は一年も経たないうちに町の様子が変わってしまう。

《こういう場所に生れ、育った青年たちの心には、二十歳にならなくとも、故郷を失った老人に似た空虚感がある筈です》

『知人多逝』には「日記から(昭和四十九年)」も収録されている。この日記が気になって再読した。
 この夏から中村光夫はジョギングをはじめた。中村光夫は一九一一年二月生まれなので、六十三歳。ジョギングといっても「歩くのと駈けるのとの間ぐらいなスピード」だったらしい。

《六十をすぎてから、何故こんなことを始めたかというと、かなり身体の衰えを痛感したからです》

《思いがけない拾いものは、この単純な肉体運動の精神的効果でした》

 年をとり、予想外の寝起きの不快感をおぼえるようになった。それが十分くらい走ると解消されると……。

 わたしはジョギングはしていないが、一日二時間くらい散歩している。遊歩道や公園など、車や自転車が通らない道はすこし早足で歩く。体が温まってくると気分もよくなる。
 若いころはこんなことをしなくても仕事や趣味に没頭できたのだが、年をとると何をするにも体調管理が避けられない。

 平穏無事。むずかしい。