2007/08/10

どこかに書いてあった

 八月十一日(土)から下鴨納涼古本まつりとガケ書房の下亀納涼古本まつりに合わせて、京都に行きます。
 毎年暑さでぼーっとなるので、今年はおでこにアイスノンシートを貼って挑むつもり。忘れないようにカバンに入れとこ。
 あと十一日(土)には「sumus友の会」もあります。
 時間 午後六時〜
 場所 Dylan-II(ディラン・セカンド)
 京都市中京区木屋町蛸薬師上ル下樵木町192 樵木ビル4F
 TEL 075-223-3838

 荷造り終了。あとは電車の中で読む本を選ぶのみ。

 青柳いづみこ、川本三郎監修『「阿佐ケ谷会」文学』(幻戯書房)を持っていきたいが、ちょっと重いので断念する。この本は中央線沿線の喫茶店めぐりをしながらゆっくり読んだほうがいいだろう。
 ちょうど新刊の常盤新平著、中野朗編『国立の先生 山口瞳を読もう』(柏艪舎)を読み終えたばかりなので、一冊は山口瞳の本を持っていきたい。

『酒呑みの自己弁護』(新潮文庫)か『月曜日の朝・金曜日の夜』(新潮文庫)か、上下巻だけど『世相講談』(角川文庫)もそろそろ再読したい。『旦那の意見』(中公文庫)も捨てがたい。迷うなあ。

 最近、新刊本を読んで、古本が読みたくなることが多い。
 長年お世話になっている重里徹也さんの近刊の『文学館への旅』(毎日新聞社)を読んだときも、黒岩重吾の『どぼらや人生』(集英社)と『どかんたれ人生』(毎日新聞社)を再読した。
 黒岩重吾のエッセイは、二十代のときの夢中で読んだ。わたしの切実な読書体験のひとつといってもいい。

『どぼらや人生』の「あとがき」には、「人間が苦難の道を持つことがいいかどうかは、私には結論が出し難い。喰べることが脅かされる生活というものは、人間の心をどうしても浅ましくする。そして、それは場合によっては、その人間にとって二度と立ち上がれない程の危険を伴うものである」と記している。
 黒岩重吾は、貧乏だけでなく、二十七歳のときに大人の小児麻痺にかかり、手足の動かない生活が三年くらい続いた。

《全身麻痺の大病に罹って以来、私は憔悴し、精神的にまいり掛けると、こん畜生、馬鹿にしやがって、と自分の衰弱に対して、猛然と腹が立って来るのである。
 つまり、“どかんたれ奴!”と衰弱に対して闘志を燃やすのである》 (「書けない夜」/『どかんたれ人生』)

 『文学館の旅』によると、二〇〇五年九月に、奈良県立大宇陀高校内に「黒岩重吾の世界」室ができたそうだ。
 土、日は一般公開だから、十二日(日)に京都から近鉄電車で田舎(鈴鹿)に帰る途中、寄れるかも。でも夏休み中もあいているのだろうか。いちおう電話番号と住所をメモしておこう。

 山口瞳が『男性自身』シリーズ(たぶん)のどこかで、黒岩重吾のことにふれていて、小説になる題材をエッセイで書いているのがもったいないといような記述があった。それがどこに書いてあったのかわからない。記憶違いかもしれない。
 また山口瞳のエッセイの中で「小説の勉強がしたい」と書いていた。それもどこに書いてあったのか見つけらずにいる。

 文章の勉強がしたい。その勉強の方法がよくわからない。それがわかれば、苦労しない。単純に考えれば、いい文章をたくさん読むことに尽きるような気もするが、たくさん読むよりも、一冊の本を時間を書けて読んだほうがいいのかもしれないともおもう。

 部屋にこもって本を読んでいるより、外で遊んだり、友だちと酒を飲んだほうが勉強になることも多い。
 つまり、わたしの考える勉強というのは現実逃避とほとんど同じ意味である。

 今、ちょっと山口瞳の『男性自身 素朴な画家の一日』(新潮文庫)をぱらぱら読んでいたら、わたしが探していた文章とはちがうけど、次のような記述が見つかった。
 山口瞳が二十代のころ、同人雑誌の仲間としゃべっていて、「病気になったほうが勝だなあ」という話になった。

《病気になりたいというのは、病気になれば本が読めるからだった。勉強できるからだった。そのように、私たちは生活に追われていた。アクセクして働いていた。また、本好きでもあった。(中略)ここ三年間病気をすれば、確実にアイツを抜ける。そんなふうに思った。小説家にかぎらず、病気に罹って、就職せずに、読書家になり、博覧強記の人になってしまったという例は多いのである》(「病人になりたい」)

 ああ、なるほど。やっぱりそうか。たしかにそうだ。
 山口瞳は、随筆は小説のように、小説は随筆のように書けというようなことを書いていた。
 これまたどこに書いてあったかわからない。