トラヴィス・ソーチック著『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』(桑田健訳、角川書店)を読む。
《『マネー・ボール』でオークランド・アスレチックスが採用した指標は、今日の基準で考えるとかなり初歩的なものだった》
マイケル・ルイスの『マネー・ボール』は十年以上前——アスレチックスのGMのビリー・ジーンは、出塁率をはじめたとしたデータをつかって、貧乏弱小球団を再生させた。『ビッグデータ・ベースボール』は、守備の指標をとりいれ、二十年負け越しのパイレーツをお金をかけずに強化する。今のメジャーでは、従来の定位置とはちがい、打者ごとに極端なシフトをひくことが主流になりつつある。
守備を重視した結果、「よい投手」の条件も変わった。
三振をたくさんとる投手より、少ない球数でゴロを打たせてアウトにする投手が重宝される。もちろん、従来の防御率が低くて奪三振率の高い投手が「よい投手」であることには変わりないが、そういう投手は年俸が高くて、貧乏球団はFAなどで獲得するのがむずかしい。
限られた予算でチームを強くするためにパイレーツが選んだ戦略は、ビッグデータをつかって「失点」を減らすこと。
そこでパイレーツは、打率は低いが、ボール球をストライクにする能力(ピッチフレーミング)の高いキャッチャーの獲得に乗りだす。投手の投手の球数も減らせるし、防御率の向上にもつながる。
そこで二十年連続負け越しのパイレーツは、年々打率が下降し続けているキャッチャーと防御率五点台の投手をFAで獲得し、ファンや評論家を呆れさせる。だが、その補強がパイレーツの快進撃の原動力になる。
『ビッグデータ・ベースボール』のおもしろさは、数字の魔術だけでない。
どれほど優れたデータがあっても、それを使いこなせるかどうかは別である。野球経験がほとんどない分析官の意見を反映させるためには、チーム内の人間関係も鍵になる。
とはいえ、『マネー・ボール』のときもそうだったが、結局、新しい指標を取り入れたチーム作りのノウハウはあっという間に広まり、育てた選手やスタッフも資金力のある球団に奪われてしまう。
弱小球団は後追いをやっても勝ち目はない。だから、新しい試みをやり続けるしかない。
零細の自営業、自由業もそうだ。たいへんだけど、それしかない。