2007/12/10

文学共和国

 問:中村光夫の本で、今、新刊書店で買える本は何冊あるでしょうか?
 答:一冊。三島由紀夫との共著『対談 文学と人間』(講談社文芸文庫、二〇〇三年刊)のみ。

 ただし中野区と杉並区の図書館には中村光夫全集が揃っているようなので、とりあえず一安心だ。
 昨日から中村光夫の『今はむかし ある文学的回想』『文学回想 憂しと見し世』『戦争まで』(中公文庫)の三部作を読んでいる。
 学生時代に先輩の高見順から、文壇デビューしたあとの心がまえを教えてもらったり、小林秀雄や中原中也や青山二郎といっしょに飲んだりしている。そういう場所に居合わせることも才能だとおもう。
 この三部作は再読だけど、読みはじめると、この世界にずっとひたっていたいという気分になって、読み終えるのが惜しくなる。
 中村光夫は、学生時代に左翼文学の同人誌にかかわっていたことがある。でもしだいに関心が薄れていったという。

《要するに、そのころ僕が気付いたのは、世の中の不正や不合理は相変わらずであるにしろ、自分にとって革命とは厭世の一形式にすぎず、結局、年少な嫌人家である自分に、たしかな元手は自分自身しかないということです》

 そう考えつつも、中村光夫は「その元手が、あまりゆたかなものではなさそうだ」と悩んでいた。わたしは「元手」という言葉が好きなのだが、これは吉行淳之介の影響かもしれない。

『今はむかし』を読んでいて、印象に残ったのは「文学共和国」という言葉だった。
 中村光夫は、横光利一が「純粋小説論」を発表したころの反響を回想し、次のように語る。

《当時の僕は、国境と時代を越えたひとつの「文学」を信じていました。西洋という子供のときからことばで聞いているだけの世界を理解しているつもりでいました。同時代の多くの人々と同様に、世界の中心は西欧であり、日本は辺境と思っていましたが、文学という形のない共和国では市民はだれもが平等、少なくともそうあるべきだと信じていました》

 さらに中村光夫は、今の日本の社会を描くには、十九世紀の西洋を代表する作家たちの技術が必要で、近い将来、そうした技術をきちんと消化した作家がわが国にもあらわれるだろうと考えていた。

《当時の氏(小林秀雄)はやはり世界的な文学共和国の住人であり、その地図には横光(利一)氏や僕と大差なかったのです》

 そんな「文学共和国」を夢見ていた中村光夫だったが、そのころの純文学作家、批評家は貧乏だった。

《むろん、だからといって卑屈になったり、恥じたりすることはまったくなく、金はなくともみんなしたいことはしていたし、今では考えられない爽やかな貧乏でしたが、大体がその月暮らし、住居は借家で、電話はひいていない、というのが一般の状態でした》

 わたしは「世界の文学」ということはほとんど考えたことはない。むしろ中村光夫が批判しているような日本の私小説が好きである。私小説が世界に通用しないともおもわない。時代とか、読んだときの年齢とか、そうしたちがいは大きい。私小説の全盛期だったら、わたしも私小説を読まなかったかもしれない。
 中村光夫は時代をこえて読まれてほしい。中村光夫が夢見たような日本の文学も読んでみたい。

 話はかわるけど、中村光夫は、大学三年生くらいから文芸時評の仕事をしている。今では考えられないし、当時でも「早すぎる」という反対者がいたようだ。中村光夫自身、知識や経験不足でうまく書けないこともあったと述懐しているが、そういう失敗もふくめた場数をふんでいかないと成長しない。

 編集者はもっと冒険してもいいのではないかと……。