火星の庭から帰ってきてコクテイルに飲みに行くと、狩野俊さんの『高円寺古本酒場ものがたり』(晶文社)の見本ができていた。
一九九八年、洋書の古書店「WONDER LAND」が閉店になり、退職金も貯金もなく、国立で店をはじめた。ちょっとデタラメな開店方法なのだが、そのあたりのことも詳しく書いてある。
あまりおすすめできる方法じゃない。でも何かをはじめるときって、後からふりかえると平気で無茶なことをやっていることがある。
開店当初、アパートと店の家賃払ったら、ほとんど金が残らない日々が続く。国立時代の常連だった人の話を聞くと、いつあいているのかわからない店だったという。というか、その常連さんが、勝手に休む狩野さんの代りに店番していたという話にはおどろいた。むちゃくちゃだ。
わたしがはじめてコクテイルに行ったのは、高円寺に移転してしばらくしてから。『彷書月刊』のMさんが「高円寺の古本酒場って知ってますか?」という電話がかかってきて、いっしょに行ったとおもう。
通いはじめたのは、あづま通りに移転してきてから。うちのすぐ近所。ちょうど夕方から夜の散歩コースにある。今の店に移転したころの事情もこの本ではじめて知った。
ある人の助言で店の移転を決めるのだけど、それですぐ行動してしまうところがすごい。
工務店の見積もりを「三〇分の一」におさえる方法も書いてある。これはお金がないけど、店をはじめたい人には、参考になるにちがいない。実行できるかどうかは別だが。
二十一世紀版の「就職しないで生きるには」みたいな内容になっている。
ほんの一、二年くらい前まで、店に行く前に今日営業してるかどうか電話してから飲みに行った気がする。定休日以外にも、急に休みになるから、待ち合わせには不向きな店だった。
今はそういうことはない。
あいかわらず、いいかげんなところもあるが、そのいいかげんさのおかげで、おもいつきでいろいろなことのできる場所になった。
あまりにも無計画だから、まわりの人がなんとかしようとする(もしかしたら、そこまで計算した上での深謀かもしれないが、たぶん、ちがう)。
前半の日記部分を読んでいると、いろいろおもいだす。
酔っぱらうために飲みにいってたつもりが、気がついたら、品切だった『借家と古本』を復刻してもらったり、『古本暮らし』の出版記念会をひらいてもらったり、店で古本を売らせてもらったりするようになった。
狩野さんのある種の大雑把さというのは、わたしもちょっとずつ影響を受けた。迷ったときに「とりあえず、やってみよう」とおもうことが増えた気がする。