先週末、音羽館に行ったら、『長谷川七郎詩集』(皓星社、一九九七年刊)を見かけた。
長谷川七郎は、高円寺に住んでいたこともある詩人で、アナキスト詩人の植村諦、岡本潤、また菅原克己とも交遊があった。
とはいえ、わたしはその名前を知るだけで、詩を読んだことがなかった。なんとなく、高円寺の詩があるんじゃないかと頁をめくっていたら「高円寺界わい」と題した詩があった。
看板は喫茶店だが
酒も飲ませたし
なにより女がごろごろしていた
ロートレアモンを気どったへっぽこ詩人が
目のまわりに隈のできた女を相手に
《毒素》とがなって酒を呷っている
潜伏中の共産党員が
度の強い近眼をしょぼつかせて
出稼ぎ女をねちこく口説いている
野獣派の絵描きくずれが
酒場づとめの女房から
飲み代をせびってくる相棒を待って
いらついている
洋服屋のひものうれない文士が
隅の方でとどいたばかりの《ヴォーグ》や
《アーバス バザー》を
女のためにせっせと訳している
絵描き 音楽家 文士 新聞記者 その他正体不明
見まわしてまともなやつはいない
いつもきまった顔ぶれで
がやがや夜が更けてゆく
この詩がおさめられた詩集『演歌』は一九八七年、長谷川七郎、七十四歳のときに刊行されている。
年譜によれば、長谷川七郎が高円寺の喫茶店に下宿していたのは一九三〇年代なのだが、そのころ中央線沿線にいたかもしれない「洋服屋のひものうれない文士」のことが気になる。
今はそれを調べる時間がない。