2011/08/23

旅の記

 九月上旬に刊行予定の『本と怠け者』(ちくま文庫)の仕事が一段落し、ちょっとふぬけになる。すると、岡山在住の写真家の藤井豊さんから電話があり、「今度、トビさん(扉野良人さん)と山口の島に行くけえ」と知らされ、急遽、まぜてもらうことにした。

 ほとんど行き先も知らないまま、前日、岡山県浅口市の藤井豊さんの家に泊る。翌日、藤井さんの家の近所の岡山天文博物館(子供のころ、憧れの場所だった)、木山捷平の生家(長年、訪ねたいとおもっていた)を案内してもらい、鴨方駅で火星の庭の前野さん、めぐたんと合流し、みずのわ出版のネコ社長・柳原一徳さんのいる山口県の周防大島に遊びに行く。途中、広島の原爆ドームやオノ・ヨーコ展に寄ったりして、到着時間は大幅に遅れた。

 扉野良人親子、『クイックジャパン』編集長時代にお世話になった森山裕之さん一家も来ていた。旅館と柳原さん宅で宴会になった。子供がたくさんいて、にぎやかだった。
 周防大島は宮本常一の郷里でもあり、素晴らしくいいところだった。柳原さんの料理もうまかった。何より楽しかった。来てよかった。

 帰りは、藤井さんといっしょに倉敷の蟲文庫さんに寄り、そのあと藤井さんの家にまた泊めてもらう。藤井さんの息子と将棋を指す。この子は藤井さんが十年ほど前、高円寺に住んでいたころ、岡山で生まれて、赤ん坊のときに一度だけ東京で会っている(採用されなかったが、わたしも名前を考えた)。もう小学四年生と聞いて、時の流れをかんじた。まったく父親っぽく見えないが、藤井さんには小学二年生の娘もいる。

 翌日、藤井さんといっしょに学校のPTAの剪定作業に参加する予定だったのだが、雨で中止に。なんとなく、扉野さんと話し足りないとおもい、「京都に行こうか」とさそうと、藤井さんがすぐメールを送信する。岡山からJR赤穂線経由で京都へ。夜、写真家の甲斐扶佐夫さんが営む八文字屋で飲んだ。雑談しているうちに、わたしと上京中の藤井さんがいっしょに仕事をしていたときの共通の恩人と甲斐さんが古い知り合いということもわかった。
 次の日、六曜社、古書善行堂に行って、東京に戻る。
 
 ここ数年、旅慣れることをテーマにしている。もうすこしいうと「自由とは何か」という問いもある。
 わたしの考える自由は、行きたいときに行きたいところに行くことで、もちろん、それは簡単なことではない。
 仕事やお金のかねあいもあるし、体力と気力のかねあいもある。

 一泊二泊ならちょっとは無理もきくが、それ以上になれば、許される範囲でわがままになったほうがいいとおもうのだが、それがむずかしい。

 この数年でわたしが旅行中の失敗から学んだのは「食べすぎず、飲みすぎず、動きすぎず」ということである。旅先はその誘惑が多い。「せっかく、ここまで来たのだから」とついペースを崩し、うまいメシや酒を食いすぎたり、飲みすぎたりして、何度となく、旅の途中でダウンしてきた。
 この件に関しては、まだまだ課題が残る。

 周防大島に滞在中、藤井さんが「ここにはまた来る気がするけえ」といいながら、終始、上機嫌にすごしているのを見て、「これだ」という気がした。話しかけ上手で、どこに行っても、すぐ溶け込んでしまう藤井さんの真似はなかなかできない。
 わたしには無理だろう。
 
 旅慣れるというのは、「また来ればいい」とおもえることではないかとおもった。