一年をふりかえるにはまだ早いかもしれないが、今年読んだ新刊で印象に残った本を紹介したい。
堀内正徳著『葛西善蔵と釣りがしたい』(フライの雑誌社)は、ある一行がすごく心の深い部分に刺さった。その一行のためだけでも、この本を読んでよかったとおもった。
《一人の自由な行動や意思が許されない情況は、爆発しないで動いている原発よりいやだわたしは》(なかまのために捨て身であること)
原発再稼働について綴ったエッセイの一行で、この部分だけ抜き書きすると誤解をまねくかもしれない。
この本には堀内さんは釣り人の立場から、「原発の恐ろしさ、むごさ、とりかえしのつかなさ」を訴えたエッセイも収録されている。
東京電力の原発事故以来、自分の中でくすぶっていたおもいは、たぶん堀内さんの言葉にちかい。しかしわたしは言葉にできなかった。
『葛西善蔵と釣りがしたい』は、釣り人、そして釣り雑誌の編集者の身辺雑記である。
わたしは釣りをしない。この本は題名が気になって、手にとった。読んでみたら、葛西善蔵の話はちょっとしか出てこない。
フライの雑誌社の本は三年前、真柄慎一著『朝日のあたる川』という本の書評をした。この本はいましろたかしのカバーイラストに魅かれて手にとった。
ミュージシャンを目指して上京したが挫折。その後、フライフィッシングにのめりこみ、二十九歳無職男が釣りをしながら日本一周を試みる。
釣りに関する知識がほとんどないのにおもしろい。わたしは真柄さんのファンになった。
『葛西善蔵と釣りがしたい』もそうだった。
完全にタイトルで釣られた。
最近、私小説らしい私小説よりも、雑文(エッセイやコラム)という形式で書かれた“私小説っぽい文章”のほうが好きになっている。
そういう本を見つけたときが、いちばんうれしい。