水曜日、神保町。靖国通り沿いの古書店で『永遠の旅人 西脇順三郎 詩・絵画・その周辺』(新潟市美術館、一九八九年)を買う。そこそこ状態がいいのに均一台にあった。書き込みがあるのか——家に帰って調べる。蛍光灯の光が当たると、表紙に筆圧の強い字で手紙か何かを書いたような跡が見えた。おそらく図録を下敷にしたのだろう。これも“痕跡本”か。
西脇順三郎は一八九四年新潟県北魚沼郡小千谷町生まれの詩人。一九二四年に英国人の画家マージョリ・ビドルと結婚(後、離婚)。この図録にはマージョリの絵も何点か収録されている(離婚後の絵も)。
わたしは絵の良し悪しがわからない。
寺田寅彦、中谷宇吉郎『どんぐり』(山本善行撰、灯光舎)をゆっくり読む。寺田寅彦の「どんぐり」から、一篇はさみ、中谷宇吉郎の「『団栗』のことなど」につながる。いろいろ感想が浮んだが、今は余韻に浸りたい。
二十代のころ、寺田寅彦の短文をひたすら模写していた時期がある。
《思ったことを如実に言い現わすためには、思ったとおりを言わないことが必要という場合もあるかもしれない》 (『柿の種』岩波文庫)
わたしの「かもしれない」多用癖は、寺田寅彦の影響……かもしれない。
前にどこかに書いた気がするが(書いてない気もするが)、高校の物理の老先生が寺田寅彦の弟子の平田森三の元助手だった。授業中、何度となく寺田寅彦の名前を聞いた。わたしは居眠りして定規で「この庄助!」とよく叩かれた。寺田寅彦を読むとその物理の先生を思い出す。